二節フリバー・ライヘルド9
フリバーは静かに眉を顰めた。
彼からすれば、この少年は今初めて会ったところだ。
そんな初対面の少年に“神”との会話を邪魔された。不快に思わないはずがない。
しかしブレイルの方は一瞬フリバーに気を取られたモノの、彼を押しのけるようにエルシューの元に駆け寄る。いや、土下座しているエルシューに若干ブレイルも戸惑ったが。
反対にエルシューからすればブレイルは救いの神だ。――誰か言ってやってくれお前が“神”だろうと。
エルシューは一気に身を起こし、笑顔を浮かべる。
「ブレイル君良かったよ!!救いの神だよ君は!!」
「は?――おい!それより、“死”が出たって本当か!どこだ!どこに出た!!」
「お、おちついてよ。それに関しては僕もさっき報告を受けたばかりだよ……。それに彼女が出たのは5日前。『インヴェンションの広場』だ。今もそこにいるか分からないし、インヴェの所にはここから一日掛かってやっとなんだよ。多分もういないよ」
「それでも行く価値はあるだろう!!行ってくる!!」
フリバーの側で二人の話が勝手に進んでいく。まるでブレイルにはフリバーが見えていないようだ。
それに関しては気にしていないが、嫌でも話を耳にすることになったフリバーは大きくため息を付いた。
「――おいそこの煩い奴。…”死の神様”を探しているなら、少なくともその情報はもう古いぞ」
「――!」
フリバーの言葉を聞いて、初めて金色の眼が此方に向けられる。
ただ、さすがに彼も初対面のフリバーに警戒したのか僅かに眉を顰めた。
しかし、それも僅かな事、直ぐに彼はフリバーへと詰め寄る。
「おいお前!それはどういう意味だ!お前もあったのか!タナトス…”死の女”にか!」
全く無遠慮に詰め寄ってくる様子にフリバーは更に眉を顰めたが、「ああ」と呟く。
「『タナトス』『モルス』。そう名乗った黒いフードを纏った男のような”嬢ちゃん”だろ。――会った、二日前このエルシュー街でな」
「――!!どのあたりだ!」
金色の目が変わる。
掴みかかってくるブレイルにフリバーはついには小さく舌打ちを繰り出して、その手を振り払った。
「もう無駄だろうよ。二日前だ。探しに行っても見つからない可能性の方が高い」
「っ!!それでもいい!!探しに行く!どこだ!!」
「――ああ、もう本当にうるせぇなお前!!『カルトの町』の近くの大通り、オードリー質屋がある通りだ!さっさと行ってこい!こっちはこっちで、この馬鹿との話終わってないんだよ!!」
それでもしつこく聞いてくる、ブレイルの様子にフリバーも流石に声を荒げる。
探しに行くのなら止めない。そもそもエルシューとの会話に無理やり入ってきたのはこの男だ。むしろ早く出て行ってほしかった。
しかしだ、勇者は首をかしげた。「どこだよ、其処」と言わんばかりに。
そして、そんな二人を止めたのはエルシューだ。
彼からすれば、ここでブレイルに出ていかれるとフリバーと二人きりに戻る訳でもあるから避けたい。だから、慌てたように、ブレイルを足止めするように二人の間に入ったのである。
「まって、まって二人とも!二人とも同じ境遇なんだ!取り敢えず仲良くしてっ!」
「「――は?」」
――と。
勿論驚いたのは少年二人だ。
言い争っていた二人は同時に声を漏らし、一度エルシューを見ると、次はお互いを見る。
ブレイルは全く理解できないと言う様に、フリバーは「まさか」と言わんばかりに。
そんな二人を前に、にこやかにエルシューは、2人の間に意気揚々と入ると。
自信満々に、漸く『彼』と「彼」に手を向ける。
「いいかい、こちらはブレイル君。ブレイル・ホワイトスター。君とは違う世界からやって来た勇者様だ」
まずは、フリバーに。
緑の髪と金の瞳の少年、ブレイルを。
「そして、こっちはフリバー君。フリバー・ライヘルド。同じく違う世界からやって来た凄腕冒険者だよ」
そして、ブレイルに。
茶髪に黒い目の少年、フリバーを。
ごく普通に、当たり前に紹介するのである。
◇
一瞬の間。フリバーとブレイルの間に奇妙な間が流れる。
当たり前だ。いきなりお互い異世界人ですとか言われても唖然とするだけだ。
ただ、数分もしないうちに、先に我に返ったのはフリバーだ。
彼は状況を理解したうえで、改めてブレイルを見て眉を顰めた。
他の世界の『異世界人』だと、信じられないからじゃない。
むしろ、その「可能性」――自分以外にも転移者がいる可能性は高いと推測はしていた。
それが、自分が住んで居た『世界』とはさらに別の「世界」の住人で合ってもおかしくはない。
すでに一回転生を果たし、二回目に転移を経験したフリバーだからこそ、すんなり受け入れられる事実。
加え、目の前のブレイル。
確かに彼は驚いているモノの、エルシューの唐突な言葉に、怪しんでいる様子が見受けられない。少なくとも、ブレイルも既に他の『異世界人』に出会っているのではないかと考える事が出来た。
そもそも、馬鹿だが仮でも”神”が自ら、そう紹介したのだ、ブレイルも異世界人なのは間違いないだろう。
なら何故眉を顰めたかと言われれば、それはエルシューが彼の事を「勇者」と紹介したから。
フリバーの世界には、皆が想像する『勇者』と言う存在は居ない。
そう名乗る者は何人かいたが、それは自称だ。
勇者として倒すべき巨悪は、フリバーの世界には存在していない事になっているので名乗ることは無い。
だから、あまりに当たり前に勇者と紹介されたものだから、つい眉を顰めてしまった。それだけだ。
ただ、ブレイルが身に着けている剣はフリバーの世界では見たこともなく。
それも何か特別な存在と言うのは、冒険者の感であるが、何となく一目で分かった。
そんなフリバーの様子に、ブレイルも気づいたのか眉を顰める。
「おま!その目、信じてないだろう!言っておくが俺は本当に勇者で――!」
「……いや、俺の世界では勇者なんてモノいなかったからな。異世界なら本物の勇者もいるんだろ。気分を害したなら謝る」
フリバーはすんなりと謝罪を言葉にした。
思わずとはいえ、眉を顰めて彼を見てしまったのは確かであるし、ブレイルがどのような存在であれ、ここで彼と言い争うのは時間の無駄だと判断したからだ。
それにブレイルはフリバーにとって、重要な存在になりうる。今はまだ険悪な状況には陥りたくない。
「――あ、い、いや……俺も、いきなり掴みかかって悪かった……」
ブレイルも、目の前の少年があまりにもすんなり謝罪したので何も言えなくなる。
ついでに少し頭が冷えたのだろう。先ほどの自分の行動を思い出したように素直に謝罪を口に。
ブレイルは少し何か考えたように目を泳がし、改めてエルシューを見た。
「エルシュー、こいつもお前が呼んだのか」
ブレイルの問いにエルシューは笑顔だ。
「うんそうだよ。君と同じ理由で僕が連れて来たんだ。違う世界からね」
「……『無理やり』連れて来た、だよな?」
「……は、はい。ごめんなさい……」
エルシューの馬鹿げた言葉にフリバーが許すはずもないが。
エルシューの笑顔が一瞬で泣き顔に変わったところで、ブレイルは小さく首をかしげたが、直ぐに安堵したように表情を崩した。
ブレイルからすれば、別世界の住人であれエルシューに同じ目的で連れて来られた者同士だ。期待する目で見るのは仕方がない。
――その様子を見てフリバーは反対に小さく息を付くことになるが。
つい先程のエルシューに対しての様子。そしてこの反応。
少なくともこの「勇者」はエルシューの頼みごとを引き受けた存在だと理解出来たからだ。
しかも、この勇者。見るからに感情のままに動くタイプ。直情型。
フリバーがこれから口にする発言に煩く吠えまくる姿が目に見える。
それでも、此処まで来たなら言うしかあるまい。
「そうか、ならお前も、俺と同じだな。だったら話は早い、俺と――」
「勝手に話を進めるな勇者。――言っておくが俺は、この馬鹿神の頼みを完全に引き受ける気はない」
フリバーはブレイルの言葉を遮って、冷徹に言い放つ。
その言葉にエルシューは悲しそうな顔。反対にブレイルは一瞬驚いたのち、何故か怒りにも似た表情へと変わった。
「――……お前!!なんでそんな簡単に言い切れるんだ!あいつのせいで、この世界の住人がどれだけ苦しんでいるのか分かっているのか!!」
激情しながらブレイルはフリバーにもう一度掴みかかった。
フリバーからすれば「知ったことじゃない」の一言でしかなく、思わず舌打ちを繰り出す。
慌てたようにエルシューがブレイルを止めた。
「まって、ぶ、ブレイル君。あのね、彼にはまだ目的をちゃんと話してないんだ…」
おそらく、喧嘩させまいと思っての行動だろうが、その様子にフリバーは腹が立つ。
説明不足なのを自覚していた事に、自覚していた上で自分を巻き込もうとしていたことに。
まぁ、そちらはもう良い。怒っても無駄である。
「――エルシュー、お前の言う『助けて欲しい事』は把握している。だからあえて言わせてもらう」
だからフリバーはエルシューと、ついでにブレイルを見据える。
眉を顰めたまま、しかし決意のこもった黒い目が二人を映していた。
二人を前に、フリバーは言い放つ。
「――俺は”死”を殺すことは手伝わない」
『エルシューは何を望むのか』




