二節フリバー・ライヘルド8
いや、当たり前である。普通に当たり前である。
フリバーは異世界なんて知るか。勝手に助かっていろと、エルシューの言葉を拒絶したのだから。
拒絶を受けたにも関わらず「てへぺろ」して、この異世界に無理やり連れて来たのだから当たり前である。
むしろ「待っていた」とかどの口である。
さて、ここで、少しだけ、エルシューの視点にしよう。なに、僅かだ。負けたら戻る。
フリバーから拒絶を受けたエルシュー。
思わず、余りに冷たいフリバーの目に泣きたくなる。
なんで、こうも「異世界人は皆こわいんだよ」なんて心では泣きべそ。
だが、エルシューも此処で引き下がる訳にはいかない。
彼には彼で、どうしてもフリバーにやって欲しい事がある訳で、無理をして連れて来た訳だし。
僅かにでも泣こうものなら、相手の逆鱗に触れることは学んだので、泣くのを我慢し、息を吸ってフリバーを見た、手を広げて――。
「フリバーく――」
「先に言っておく、俺はお前に手を貸さないとはっきり言ったはずだ」
「……それは――」
「それなのにお前は有無を言わさず連れて来たな。ああ、それは良い」
「!――ゆるしてくれr――」
「どうせ、こう思っていたんだろ?『断られるはずない』って『今まで断られた事ないから俺も引き受けてくれるに違いない絶対そうだ。うん。だから転生魔法発動しておこう(てへ)』神ってやつはそういう物だ」
「あの…」
「慣れているから、よーく分かっている。無茶難題を押し付けるだけ押し付けて何もしないのが何故か神ってやつだ。むしろ俺の世界の神と同じ思考で呆れたぐらいだ」
「………――」
まさかのマシンガントーク。
フリバー、エルシューに質問の暇さえ与えない。
それでも此処で負けてはならない。エルシューも負けない。
「あ……あのね――」
「そういう神はな、次は大概こう言う。『自分の願いを、叶えてくれるまで元の世界に返さないよー。やってくれるよね、やらないと帰れないもの。……ね?』等と。全くふざけていると思わないか?」
「え、あの。は、ええ――」
「心底腹が立つ脅し文句で、自分たちにはできない無理難題を、例えば『自分たちですら叶わない敵を倒せ』――だとか?」
「――はい、あ、あの――」
「何故だか自分達より遥かに弱い存在の人間に無理難題を押し付け、手は貸さない。貸す気も無い」
「――僕は……」
「もし負けたら情けない呼ばわりで、頑張って成し遂げたら何もしてない癖に笑顔で『ありがとう。この世界は救われました。世界に帰る前に何か願い事をなんでも一つ叶えましょう』はっ…!脅しといてどのくちだよな?」
「……あ……う……」
「俺からすれば、そんな力があるなら自分で何とかしろよ、って心底腹が立って仕方が無い」
「……う………ん」
「普通、そう思わないか?ご褒美とやらを、ありがたく受け取って皆笑顔で帰っていくと思っているのか?」
「………」
「少なくとも俺は帰れないなぁ」
「……………」
「――ああ、でも願いが叶うなら、俺ならそんな糞野郎を一発ぶん殴る」
エルシューの目に映るのは、フリバーの飛び切りの良い笑顔。
「うん、実に良い願いだ」
「…………」
笑顔の後は凍り付くほどの無表情。
フリバーはエルシューに殺気を向けた――。
「……さて、エルシュー。てへぺろ野郎。俺には二発、三発ぐらいは権利があると思っているが、話ぐらいは聞いてやろう。――俺に言いたいことはあるか?」
……
…………
……………。
「…………アリマセン」
――エルシュー負けた。
フリバー、見事なまでのマシンガントーク。
言い訳出来ない程に、泣きつく暇さえ無い程に負けた。完全敗北。
エルシューは、いそいそと椅子に戻ると、ちょこんと座り直して、
小さくなって俯いて、
少し顔を上げれば、冷徹な殺気が一つ。
嫌に静かな中、フリバーは口を開いた。
「じゃあ、エルシュー。もう一度言うぞ。――俺を元の世界に戻せ」
「――む、ムリデス」
「ほぉ、無理か。この機に及んで凄い度胸だな。それとも、まさかと思うが、本当に無理って事じゃないよなぁ?…帰す力が無いとかじゃ、ないよなぁ?」
「そ、っそそ。ち、ちちが――」
怖い。目、黒いフリバーの眼がマジで怖い。
いや、ほんとに怖い。怖い。
こわ、こわい。――恐怖しか感じられない。
でも怖い目が語る、
――嘘、ついたら、ゆるさない――って。
「――すみません!!!い、いいい今は返せないんです!!!許してください!!!世界を救ってくれたら、かならず返しますからぁぁぁぁぁ!!!」
「…………」
――椅子から飛び降りた後、素晴らしい土下座であった。
もう恥とか、恥とか恥とか恥とかプライドとか?かなぐり捨てたらしい。
泣く暇もなく心の底から叫びエルシューは土下座をした。
そんな神をフリバーは無表情で見下ろすのだが。
さて、フリバーは腕を組む。
ああ言ったもののフリバーは、別にもうエルシューをころ……殴る気はない。
彼は昔から神様に散々な目に合わされてきたのだ。
どうせ何を言ったって、無駄な事ぐらいは既に承知済みである。
「タダで元の世界に返してくれる」――なんて無い事ぐらい知っている。――それが神だもの。
だから先に出来るだけ簡単に、この“異世界”について調べて置き。
出来る限りの、この先の生活準備を考えた上で、エルシューに会いに来たのである。
ただ、無理やり連れて来た件は一切許すつもりは無いので、エルシューと再会した時。
腹立たしい事を言われる前に先に脅しをかけて、その神々しさやら神の威厳やらを剥してやっただけである。
それは完全成功。よくやったフリバー。
プライドを投げ捨て土下座をしたエルシューに、神の威厳はもう無かった。
フリバーは「ふん」と鼻を鳴らし、満足げに笑みを一つ。
――この男、少なくともあの、”死の少女”と”光り輝く少女神”と比べれば格下だ。
絵本には「原初の神で生命の神、エルシュー神」とか書かれていたし、この世界の住民からは慕われているようだが、フリバーからすればそこまで偉大な神じゃない。
そりゃ、大体の存在に負ける。人間に縋りたくなるのも納得だ(笑
というか、神の情けない姿を見て、ちょっとすっきりできた。
フリバーにコレだけの迷惑を一方的に押し付けておきながら、あれぐらいのマシンガントークで何も言えなくなる神とか。こいつは考えなしの馬鹿だ。普通はもう少し言い訳ぐらいは考えておけばいい物を。馬鹿め。
――フリバー心の中でガッツポーズ。
言いたいことも言ったし、もう十分である。
これからは本格的に、元の世界に帰る事だけを考えよう。
ただ、だからと言ってこの“神”の願いを叶えるかは別の問題であるが。
「――それとなエルシュー、俺は――」
「おいエルシュー、話がある!!!」
フリバーの声が一人の男の声に掻き消されたのは同時の時。
何事かと視線を後ろへと向けた。
広間の入口、フリバーの真後ろ。そこには男が一人立っていた。
ここまで走って来たのだろう。
額に汗を浮かべ肩で荒く息をする、自分と同じ年ほどの少年。
ツンツンとした深い緑の髪に、正義感が強そうな吊り上がった眉と、金色の瞳。
鞘に美しい細工模様が入った『聖剣』を腰に差した――。
――ああ、そう。
勇者ブレイル・ホワイトスターがそこに立っていた。
『こうして、冒険者と勇者は出会ったのです』




