一節ブレイル・ホワイトスター14
「お…い!大丈夫か!」
駆け寄って直ぐ、2人に声を掛ける。
パルはアーノルドに寄り添いながら何度も頷いた。
膝を付き、2人を見たが、少なくともパルにケガはない。ただ、アーノルドの額には僅かに血が流れている。怪我はないようだが。
「大丈夫。私にケガはないわ。でも逃げる時に人に押し飛ばされて、アーノルドさんが少し頭をぶつけてしまったの。でも、もう大丈夫だから」
「……あ、ああ。僕も大丈夫だよ…ありがとう二人とも…」
安心させるように笑顔を浮かべるパルと、アーノルドも頭を押さえながら小さく笑みを浮かべる。
その様子に安堵した。
話を聞く限り、パルがアーノルドの怪我を直したのだろう。ソレは良い。
安堵の後、ブレイルは直ぐさま立ち上がる。
まだ、油断は出来ない。
今は化け物の姿はもう見えないが、いきなり飛び出してきて襲われる可能性はある。
少なくともアーノルドだけでも安全な場所に連れて行かなくてはいけない。
怪我はないようだが、頭を撃った影響か、彼の視点は合っておらず。何処かボンヤリしている。
「アーノルドさん。ここはまだ危険かもしれない。どこか近くに安全な場所とかないか?」
「え…ええと…ダチュラなら…」
「?ダチュラ…?」
「あ、いや、私の研究室の事だよ…あ、いや、まって…」
問いただすも、やはりアーノルドは朦朧としているようだった。
ブレイルはパルを見る。しかし、パルは小さく首を振った。
「ごめんなさい。コレばかりは……」
「そうか。うん、大丈夫だ。ありがとうパル」
パルに笑みを浮かべながらも、直ぐに表情を変える。
アーノルドの様子から、尚更安全な場所に連れて行かなくてはいけない。
ブレイルはあたりを見渡す。――匂いが酷い。化け物のだろう腐った肉の匂いだ。
せめて、この匂いが届かないような場所は無いだろうか。
嫌でも目に付くのは目の前の、この大きなお屋敷だが。
ふと気づく。屋敷を囲む障壁に屋敷の主であろう名前が彫られている事に。そう、「ゲレル」と――。
つまりだ。このお屋敷は元から目指していたゲレル様のお屋敷という訳だ。
「そこはだめ。鍵がかかっているの。その、お留守みたい」
しかしブレイルが提案する前にパルが首を横に振った。
この非常時に留守とは。町の警吏をしているらしいが――役に立たない。
それでも確認の為、ブレイルは屋敷の敷地に入る。
敷地に入った途端思わず驚く。鼻が曲がると思う程漂っていた匂いが消えたのだ。
どうやら。名だけで想像していただけだが。確信に変わる。ここもやはり一応、神の御屋敷らしい、と。
ここなら休むのに適しているのには違いないだろう。
だから期待を込めて扉の前に立った。朝顔だろうか。扉の上に花の紋章が一つ。いや、朝顔だけじゃない。水仙やリコリス、スズランの紋章が美しく彫られている。
ただ今はあまり気にしている暇はない。
思い切って扉をたたく。しかし、案の定か。物音ひとつしない。
一応扉を引っ張ってみる。ビクともしない。
「あー……ゲレル様は、今日は居ないよ?……明日まで戻らない……」
極めつけにアーノルドの一言である。
流石にブレイルも顔をしかめた。
こんな騒ぎが起こっていると言うのに。
今日一日いないどころか、神様は戻ってくる気配がないと言う事実。
エルシューにアクスレオス。今日で二人の神とやらにあったが、神様とやらは何処か問題を抱えているのではないかと思えてしまった。
「父さん!!」
そこに声がもう一つ。
屋敷の敷地を一度出て見てみれば大通りがあった場所からリリーが走って近づいて来るのが見える。
待っていろと言われたが、我慢できずに追って来たのだろう。
リリーは父であるアーノルドを見たとたん、泣きそうな表情をして、父に駆け寄ると抱き着いていった。
「よかった……!良かった父さん!わたし――」
「……大丈夫、大丈夫だよ、リリー。ブレイル君とパルさんが助けてくれたから、ね」
抱き着いて来た愛娘を宥めるようにアーノルドが優しい口調で語りかける。
リリーはアーノルドの話を聞いて、ブレイル達に今にも泣きそうな顔で見上げた。
「あ、ありがとう二人とも…!」
「――いや、いいんだよ!これぐらい当然だ、言っただろ?リリーたちは心配しなくていいって!」
ブレイルは満面の笑み。
彼女を更に安心させるために、心から笑顔を浮かべる。
そんなブレイルの言葉にリリーは僅かに微笑んだ。
何時もの、気の強い眼差しじゃなくて、どこか期待した眼差し。
初めて彼女にそんな視線を向けられた、そんな気さえした。
今まで黙って見ていたパルも小さく微笑む。
雰囲気は何処か和やかになった、それでもだ、今は此処から離れなくてはいけない。
パルはリリーを見た。
「あの、リリーちゃん。アーノルドさん、先ほど少し頭を打ってしまったみたいで、治療はしたのですがどこかで休ませてあげないと…この近くでどこか休めそうなところはありませんか?」
「――!そ、そうね…ゲレル様、今日いらっしゃらないんだもんね。……………分かった。少し離れたところに広場があるの、そこへ行きましょう」
少しの間。リリーが少し離れた路地を指差した。あの先に広場があるようだ。
勿論危険が無いとは限らない。ただ、選択肢も無い。
ブレイルは聖剣を手にしたまま、リリーの指差した方向を見る。
「分かった。じゃあ、俺が先行するから付いてきてくれ」
今、魔力は殆ど使ったために魔法の類は使いたくない。
しかし剣術ならまだ十分にいける。
小さな危険なら、ブレイルが取り払える。
ブレイルの言葉に三人は小さく頷いた。
こうしてブレイルを先頭に4人は路地へと入っていく。
ブレイルは先頭に立ち、リリーとパルはアーノルドに肩を貸して、ゆっくりと。
建物の隙間から先を見る。
まだあの化け物が居ないか気を張っていたが、見る限りこの先に化け物は居ないようだ。
先に進む。
気を緩めることなく、常に気を張り巡らしながら、ゆっくり前へ。
暫く、5分ほどして、開けた場所に出た。
心配と裏腹に化け物は出て来なかった。もういないのか。
騒ぎの影響か、広場には誰もいない。小さな噴水とベンチが置かれた小さな広場。
ここがリリーの言っていた広場であるのは間違い。
確かに、ここでなら休めそうだ。
リリーとパルは、肩を貸していたアーノルドを一番近いベンチに横にさせる。
ここまではあの酷い匂いはしない。後はあたりに危険が無いか、だが。
広場には通路が二つあったが、ブレイルはどちらも確認して、危険が無い事を確かめる。
確認の後、少しだけ安心して、ブレイルは噴水へ。
側に腰かけるリリーに改めて声を掛けるのだ。
無駄な気はするが一応聞いておかなくてはいけない。
「リリー、さっきの化け物、なんだか分かるか?」
ブレイルの言葉にリリーは少しして首を横に振った。
「初めて見た。この神の街であんな存在いるなんて思ってもしなかったわ…」
まぁ、それはそうだろうなと思う。
あの化け物の正体はブレイルもさっぱりだ。
今まで数多くのモンスターと戦ってきたが、あんな怪物は初めて見た。――いや、似ている存在は知っているが、アレとブレイルが知る存在とでは形状が違うとか、そんなレベルじゃない。
エルシューはこの“世界”にモンスターはいないと断言していた。
で、あるなら、ソレを信じるならアレは自然から生み出されたモノじゃない。
――だったら、あれは、いったい誰が用意したのか…。
また少しして、ブレイルは「じゃあ」と口を開く。
「――お前たちの言っていた“邪神”の仕業……とかじゃないよな?」
――リリーは黙った。
リリーたちもエルシューも恐れる“邪神”と呼ばれる存在。
存在は分からない。だが、邪神と呼ばれるぐらいの存在なら「可能性」があるかもしれない。
そして、その「可能性」はリリーにも思い立ってしまったらしい。
だから彼女は何も言わないのだろう。
とりあえず、あの化け物は今の所すべて倒したが。
――アレを作ったのは高い確率で“邪神”。
そう、決定付けられた。
先程の化け物の戦闘能力は皆無に等しい。
対峙したから分かる。不気味で恐ろしい容姿で、ただ人間に襲い掛かっていただけ。
しかし、そんな化け物を生み出す事が出来るなら。
この先が心配だ。“邪神”と呼ばれる存在がさらに強い化け物を生みだすのなら、パルと二人で対峙していけるか。
ふと頭にアドニスと名乗ったあの男が浮かぶが直ぐに首を振る。正体不明の危険な奴には借りを作りたくない。むしろ彼は最初から協力しないと拒絶していたし。
いや、こんな状況だ。話せば協力してくれるかもしれない。――だが、どこにいるかも分からない。
あの黒フードの“少女”を伝手に探してみるのもありだが、“彼女”、今度はすぐに見つけることが出来るだろうか……?
その不安が渦巻き、だからこそブレイルは大きくため息を付くしか無い――。
「これからどうするかな……。こんな事件が起きるなら早く“邪神”を見つけないと……そもそも邪神、邪神って名前も知らねぇし、リリーその邪神様の名前って何なんだよ。なんの神なんだよ!」
「――。それは…」
思い出したように、ブレイルが問いただした。
そもそも、その“邪神”の名は?いったい何の“神”と言うのか。
リリーは口籠る。真っ青な顔をして。俯く
口に出すのが恐ろしいと、言う様に。
「――――――。へぇ。今回は隠すことにしたんだ…。はい、納得しました」
リリーの言葉を遮る様に、その“少女”の声が広場に響き渡った。
――カツンっと静かな靴の音。生暖かい風がゾワリと吹き抜ける。
唐突な声に、ブレイルも、その場にいた全員が驚き、声がした通路に顔を向けた。
自分達が入ってきた場所とは反対の通路。
ただ驚いたのは一瞬だけ。
ブレイルは変わらず、また引き攣った笑みを浮かべる。
驚かされたのは4回目。
相変わらず、“彼女”はいつ現れたかさえ、気づきもしない。
黒い、黒い。
頭からつま先まで真っ黒に染め上がった。フードの“少女”――。
「今度は」……なんて言ったが、今度も直ぐに見つけることが出来たらしい。
――いや、今回は、付いて来てしまったらしい、と言うべきか。
そこにいたのは一人の“少女”だった。
『少女』




