一節ブレイル・ホワイトスター12
ばたんと、目の前しまった屋敷の扉。その前でブレイルは呆然と考える。
ブレイルは暴漢たちを、街の警吏を務めると言う、ゲレルなる人物の屋敷に向かっていた。
――……これが最初から、今までやり遂げようとしていた目的だ。
そして、結果的に“少女”の案内により、この屋敷についた。
そして、屋敷の主人に引き渡すことはできた。ある意味目的達成だ。そこまでは良い。
しかし。
この屋敷の男、あの男、仲間の姿をして医術の神を名乗ったアクスレオスと言う男。
彼はこの屋敷が「医術の診療所」だとか抜かした。つまり、ここは、「ゲレルの屋敷」ではない。
そもそも、もちろんあの男、この屋敷の主人であろう男ははっきりと「アクスレオス」と名乗ったので「ゲレル」な訳もない。
つまり――。
ここは目的地でも何でもない。
つまり――。
案内してくれた“少女”に騙された訳である。
ここまで三分。…長かった。
◇
「おまえぇぇ!!だましたな!!」
勿論、ブレイルは事実にブチギレる訳で。
我に帰るや否や、屋敷に入る前に彼女がいた場所に、それはもう凄い形相で振り返ったのである。
そもそも、迷わずここに連れてきている時点で。“少女”は、ゲレルの屋敷に連れて行くつもりは、端から無かったようだ。
なんにせよ、騙されたことが腹立たしい。
一言怒鳴りつけて、げんこつ一つくれてやらなければ気が済まない。
そんな勢いでブレイルは“少女”に顔を向け。
そして。
ただの一瞬で、身体が固まったのである。
屋敷に入る前と変わらず、屋敷の前のベンチの上で小さく丸まる“少女”。
その前に、その“彼女”をギョロリ、ギョロリと――。
――只ひたすらに例えようがない、“化け物”が見下ろしていたのだから…
◇
ブレイルは、ただただ息を呑む。
その場の時間が、止まったような、そんな気がした。
ぎょろぎょろの大きな沢山の目玉とか。
縦に大きく広がった涎が垂れ流しの大きな口とか。
肩にいれられた鈴の花とか。
金色の物体とか。
皮膚が無い血管むき出しの緑の身体とか。
手が異様に太かったり細かったり。
足が三本で、指がうねうね沢山あったりとか。
ぱっくり開いたお腹から内臓が触手のように蠢いているとか。
少し動くたびに背中から蛆がぽろぽろ落ちてくるとか。
人間じゃない。モンスター?
でも、こんな存在見たこともない。
そんな存在が“少女”を悍ましく、物欲しげに、見下ろしている。
意味が分からない。意味が分からない。意味が分からない。
あまりに展開が急すぎて、頭が全く回らない。
だって、いままで、平和すぎるぐらいな、街だったのに。
――ごああああああああああああああおあああああああああぢあああああああああああああああえぇ
化け物が叫びをあげる。意味も分からない声を上げる。
血走った目で、“少女”を見下ろしたままに、大きく腕を振り上げる。
――ブレイルの身体は自然と動いていた。
頭が理解に追いつく前に。
地面を蹴り上げ、聖剣を抜く。
屋敷の手すりに手をつき。勢いよく飛び上がれば、身体はふわりと宙に浮き、障害物を軽々と飛び越える。
眼光はすでに化け物の首をとらえていた。
振り下ろされた手が、“少女”に触れる前に、2人の間へ。刃を振り上げる。
その刃は、手を振り下ろす化け物の、その腕を抜け。緑の膨れ上がった首へ。――迷いはない。
そのまま、グチュリという嫌な感触のままに首を撥ね飛ばす。
化け物の頭は勢いのままに、飛び上がる。
空中で、くるくる回って、少し。
まるでトマトがつぶれるように、ブレイルの足元に潰れ落ちた。
首からは血しぶきの様なモノは出なかった。
ただ、無くなった場所から、ドロドロとろみの掛かった黄色い液体が流れていくだけ。
化け物の身体は、そんな液体の中に膝から崩れ落ちていく。
ぐしゅり、ぐちゅり。何もかもが嫌な音。
ブレイルの足元に、倒れた化け物は、酷い匂いを放つ。
「………」
そんな様子を“少女”はただ無言で見つめていた。
いつの間にか、ブレイルの隣迄来ていて。
ただぼんやりと、もう動かなくなった。緑の身体と。
まだ、小さく何かをつぶやき続ける異形な頭を。
「……グレイス………」
黒い瞳がただ静かに見つめ、空中で、指を小さく動かすのだ。
――化け物は声も出さなくなった。
沢山あった目は、みるみるうちに白く濁り。唇の動きも止まる。
完全に死を迎えたのは確かだった……。
ひどい悪臭が漂う中、ブレイルは大きく肩で息をする。
聖剣についた黄色い液体。それを見て、何とか間に合ったのをわずかに実感する。
しかし、けど、でも、今のは、本当に、ちゃんと、刃は通ったのか?
だって、ほら、かんしょくが、てごたえ、おかしい、なかった。
あまりに勢いのまま、ただ身体だけを動かしたから、頭がまだ上手く回っていない。
大きく息をしながら、必死に酸素を身体に巡らせながら、やっと我に返る。
そう、“彼女”。あの“少女”は無事なのか。
「おい!!おまえ!!大丈夫か!!」
ブレイルは“少女”の肩を掴む。
“彼女”はぼんやりと佇んでいた。
ただ、その視線は化け物へと注がれている。
液体を垂れ流して、つぶれた頭。ただ、それをじっと見つめている。
「――!!見るな!」
ブレイルは“少女”の頭のフードを深く被らせる。
あまりに異常で、恐ろしくて、女の子には見せるべきでないと判断したのだ。
“彼女”は何も言わない。ただ、大人しく従うようにフードを深く被る。顔を俯かせ、その場を離れていく。
再び、ベンチの上で小さく丸まった。そんな“少女”を見て、ブレイルはようやく安堵した。
“彼女”には、ぱっと見だが、傷一つない。間に合ったのは違い。
――きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
そんな安堵している暇もなく。叫び声が響く。
此処からではない。恐らく路地を出た大通りからだ。
それに、この声。
「リリー!?」
それは間違いなくリリーの物だ。
ブレイルは一瞬“少女”に視線を送るが、唇をかみしめて駆けだす。
「お前はそこの神様の所に居ろ!!」
それだけを叫び伝えて。
ブレイルは叫びが上がった大通りへと走る――。
◇
「……」
そんな騒ぎの後、診療所の扉が開いたのは直ぐの事。
屋敷から出て来た。男は静かに化け物の残骸を見下ろす。
その目に映るのは、金色のネックレス――。
彼は愕然と、ただ、絶望に染まって、唇をかみしめ、
最後に“少女”へ、その鋭い視線を向け――。
『――勇者は戦った!』




