一節ブレイル・ホワイトスター11
それは先程の事だ。
先ほど路地裏での一悶着の後、“彼女“はアドニスと共にそそくさと去っていった。
また暫く会う事も、見かけることもないだろうと思っていたが。
予想外、街で困っていたブレイルに声を掛けて来たのは“彼女”だ。
一旦アドニスと別れ、その後に偶然困っているブレイルを見かけ声を掛けた。
その可能性も十分あり得るが。何故かこの時ばかりは、『“彼女”はブレイルの為にわざわざ戻って来た』そういう謎の確信があった。
なら、なぜ彼女は戻って来たのか。コレが疑問なのだ。
「余計なおせっかいするでしょ、貴方」
「え!?」
この問いに返って来たのは、これまた思わず声が漏れる答えであったが。
“少女”は、一瞬だけチラリと後ろのブレイルに視線を送る。正確には彼が抱えている男たちに。
「アドニスさんは『目の前にのびた暴漢たちがいても普通は放っておく』と言ってくれましたが、ブレイルさんでしたら、正義感からわざわざゲレルの所に連れていくのではと思いまして。案の定でしたので声を掛けさせて頂きました」
「あ、そ、そう。」
「それと、仕事もありますから」
ブレイルの言葉を彼女は否定しなかった。
どうやら、ブレイルの「彼女は自分の為に戻って来た」この考えは正解で。戻って来た理由も唯ブレイルの為だったようだ。
「余計なおせっかい」は少し酷い気もするが。結果、助かったのは事実だ。
――ふと疑問が頭を巡る。
あれ、この子、なんで――。
「ここです…」
しかし、その疑問を口にする前に“少女”は突如として立ち止まる。
話に夢中になって気が付かなかったが、目的地に着いたようだ。
気づけば、暗い路地の道。ブレイルは顔を上げる。
目の前には大きな古ぼけた屋敷が一つ。白煉瓦ではなく、木造作りの屋敷。
玄関前には、屋根付きのテラスがあって、小さなテーブルが一つ。
しかし全てがボロボロ。手すりなんて今にも壊れてしまいそうだ。
その外装は、確かに「屋敷」と表すのに相応しいが、ボロボロ過ぎで周りの雰囲気とあまりに合わない。
ここが「ゲレル様」のお屋敷と言うのか?
思わず、本当にここかと、ブレイルは“少女”を見つめた。
だが、”彼女”はもう何も言わない。それ処か“彼女”は中に入る気が無いらしく、屋敷の前に置いてあったボロボロのベンチに向かうと、腰掛け小さく丸まってしまう。
――どうやら、中には入らないが、待ってはくれるらしい。
その様子だけで、何を言っても梃でも動かない意思が感じられて。ブレイルは仕方がなく再度屋敷を見上げる。
魔王は出ないが、魔女やらお化けは出てきそうだ。
ごくりと、生唾を呑む。
いや、しかし此処で臆していて何が勇者だ。
お化けとか魔王軍のゾンビ軍団と比べれば可愛い物だ。
そう心して、ブレイルはボロボロ屋敷へ足を進め、錆びだらけの扉のノブに手を掛けた。
……少しだけ開いただけで、ありきたりに「ぎぃ」なんて軋む扉の音。
おもわず、肩が跳ね上がる。
スキマから、中をのぞくが、暗くて何も見えない。
しかし、と。ブレイルは再度決意する。
「――ええい!ままよ!」
そんな音にビビっていられるか!
なんて、「ありきたりの音」を打ち消す様にブレイルは声を上げて、思い切り扉を叩き開くのだ。
……べつに怖いとかじゃない。
「ばん」と大きな音が響く。
衝撃で、はらはらと天井から砂埃。
一番に目に入ったのは。
「…くそうぜぇ…」
眼鏡をかけた一人の“男”であった。
◇
目に映るのは不機嫌と言う言葉を形にしたような、険しい顔をした男。
長い黄緑の髪に、スラリと整った顔立ちには、形の良い鼻と薄い唇。鋭い灰色の瞳に眼鏡をかけ、真っ白な白衣を纏った、そんな容姿の“男”が、待ち構えていたように扉の前で立っていたのだ。
「え、ええええ!!?」
これにはブレイルは驚くしかない。
――いや、“男”が待ち構えていたからじゃない。
「ラスク!!?」
その“男”が、ブレイルの偏屈な魔法使いその人であったからだ。
だから当たり前のようにブレイルは、その仲間の名前を叫んだ。叫ぶしかなかった。
お前もこの“世界”に来ていたのか、なんで此処に居るんだ、とか、声にしようとして。
しかし、その違和感は直ぐに訪れる。
彼の此方を見つめる冷たい眼。自身より背が高くて、ブレイルを見下ろすその目。
こちらを見降ろす目があまりに冷たいその眼は、まるで初対面のソレだ。
「患者、そこに置け。ほらそこの床で良い。早く」
そんな冷たい目で、目の前の“仲間”がこれまた冷たい声で支持する。
しかし、ブレイルは呆然とするしかなく、ただ立ちすくむ。
その様子に“ラスク”は大きく舌打ちを繰り出した。
「とんま、聞こえないのか。ぐず。――抱えている患者、そこに置け!!役立たずになりたいのか!」
「――!!」
あまりの暴言にブレイルはやっと我に返る。
驚いたまま、言われるままに屋敷の中に入って、抱えていた男たちを指された床に降ろす。
「……タナトス信者か、最近加入したばかりだな」
途端に“ラスク”はブレイルを押しのけると、膝を付き男たちに手を伸ばした。
腕に入った刺青を確認してから、次に何かを確認するように彼らの頭に触れる。
”彼”の、その様子は、まるで診断しているようだ。
少しして、”ラスク”は再び舌打ちを繰り出した。
「まじか容赦ゼロ。骨イッてんじゃねぇか!仕組み知って面倒になって力任せにやったって所じゃねぇだろうな?異常者が!――あー、それと、おい緑の馬鹿ガキ」
鋭い眼がギロリとブレイルをにらんだ。もしかしなくても、緑の馬鹿ガキはブレイルである。
“ラスク”はブレイルを睨んだまま、言葉を発する。
「おまえ。こいつらの事この状態で馬鹿みたいに担いでここ迄やって来たのか、テメェの世界は応急処置一つ知らない馬鹿か?それとも魔法でなんでも出来るおめでたい世界か?それにしては魔法なんぞ掛かってないように見えるが?」
「は?え?」
応急処置?いきなりそんなマシンガンのごとく問われてもブレイルは何も答えられない。
頭を掻いて、困惑するだけ。そのブレイルの様子に“ラスク”は再び思い切り舌打ちを繰り出した。
「つーか、おまえどう見ても医者じゃなければ、そう言った魔法も使えないだろ。切り殺す事しか能のねぇ、ぐず。」
「――!」
何という暴言なのだろう。
ここ迄言われて、ようやくカチンと頭にくる。
何故ここ迄言われなくてはいけないのか、腹立たしくて、何か言ってやろうと口を開く。
「おまえ――!」
「うるせぇガキ!!こちとら呼ばれたんで向かってみれば患者は居ねぇ!頭蓋叩き割る異常者と、ちゃんとした判断が出来ない馬鹿!!『異世界人』ってのは異常者と馬鹿ばかりか!!言っとくがな、馬鹿ってのはテメェの事だ『異世界人』!!!!!」
――けど、その剣幕に何も言えなくなってしまった。
屋敷中に男の怒鳴り声が響き、頭がきーんとする。
どうして此処まで、この男が怒っているか分からないが、これだけは分かる。
“彼”はどう考えても“ラスク”じゃない。
ラスクは偏屈であったが、こんなに暴言を吐きまくる性格ではない。
それに、よくよく聞けば目の前の“男”の声はラスクと違っていた。
つまりだ、目の前に居るのは完全なる別人。
しかし、その容姿は似ていると言う物じゃない。
この“男”の容姿は一寸の違いもなく、いや、よーく見れば、身長と年齢が違う気もするが。
なんにせよ、目の前の彼がラスクその人であるのには違いない。
いや、というかこの人物。この屋敷の主であろうこの人物。
彼こそが“ゲレル”様とやらなのだろう。何故だか、確信した。
――“ラスク”…否“ゲレル”もう何度目かも分からない舌打ち。
「……もういい。患者は受け取った。処置にうつる」
相手にしていられないと。”ゲレル”が当たり前のようにブレイルから目を逸らしたのはこの時。
その瞬間からブレイルに興味を失ったようで、“ゲレル”はビニール手袋を手にはめると、気を失っている男達へと手を伸ばした。
淡く“ゲレル”の手が輝く。
そのまま輝く指先が、一人の男の頭に触れた。
いや、「触れた」じゃない。
僅かに頭に触れたかと思えば、その瞬間、”彼”の指先はすぶりと男の頭に食い込んでいったのだ。
呆然としていたブレイルも我に返り、これには身体が動く。
「何してるんだ!」
叫びながら“ゲレル”の肩を掴もうと手を伸ばす。
しかし、伸ばした手は肩に触れる前に止まった。
その異様さに、気が付いたのだ。
目の前の光景。
男の頭には“ラスク”の指が第一関節ほどまで深々と突き刺さっている。
違う。正確に言えば、それは頭に突き刺したと言うより、まるで男の頭が“ゲレル”の指を飲み込んでいると表した方が正しい。やわらかな砂に指を押し込んだ。そういえばイメージしやすいか。
頭には指が深々と押し込めれているのに、血は一滴も溢れていない。
「……頭蓋の罅、修復完了。外側はコレでいい。……脳は……よしこれで良い。……首は、むち打ちだけか、神経もやられてない。運が良いと言うか、まさか手加減してコレってことか?」
“ゲレル”が何やら呟いている。
その様子は正に治療を施す、医者と呼べそうな「何か」だった。
いや、“彼”は確かに男たちを治療しているのだろう。その様子が異常なだけ。
どんなふうに治療しているかは変わらない。「見えない」から分からない。
ただ人間の頭に指を埋め込ませて。「そうやって治している」それは嫌でも理解した。
“ゲレル”が治療を終わらせたときには、男の顔色が見てわかるほどに良くなっていたからだ。そのまま“ゲレル”は次の患者にうつり、同じように治していく。
これは魔法の類か。しかしブレイルの世界では、こんな魔法は見たことも聞いたこともない。癒しの魔法が得意とするパルでさえこんな魔法は使えない。
いや、そもそも“ゲレル”のそれはどう見ても魔法に見えない。
それは正に、ああ。そうだ。
――“神の領域”だ。
ここで漸くブレイルはエルシューの言葉を思い出す。
リリーも言っていたじゃないか。この世界では神様は沢山いる。
知っている限り少なくとも、生命の神、太陽の神、愛の神、恋の神、そして——光の神。
光を司る様な神であるならば、人間の治療なんて当たり前に行えるのではないか、つまりだ。
ゲレルという、目の前の“男”は光の――。
「おい、ゲレル…でいいんだよな!お前——」
「は?ゲレルだと?――ただの“光”が人間を治療できるはずねぇだろ。俺は“医術”だ、見て分るだろウスノロ!」
――間違えた。
ゲレル……否。目の前の“医術”と名乗った男はすさまじい形相で睨み上げて来た。
びくりと震えるブレイル。
“医術”は舌打ちを繰り出して、目の前の患者に意識を戻す。
いや、ブレイルの推理は間違えていないと言えば、間違えていないのだが。
治療が終わったのは数分後の事だ。
全ての治療を終えた“医術”を名乗った男は。ようやくと言わんばかりに、立ち上がると酷く険しい顔でブレイルに再び、身体ごと視線を移す。
見て分るほどに彼は怒っている。何故か怒っている。何故怒っているかは分からない。
ただ、ブレイルからすれば。「知り合い」が向けた事もないような怒りの表情。
そんな「友」を前にブレイルは口を噤んでしまう。なにを言っていいのか分からない。
あまりにブレイルが情けない顔をしていたからか、少しして大きなため息が一つ。
険しい顔をしつつも、“医術”と名乗った男は静かに口を開いた。
「人違いをしたんなら、謝れ!!俺はアイツ等が大嫌いなんだ!!」
出たのが怒号。――……アイツ等とは?
もしかして「ゲレル」とか言う、“神”の事か?
「わ、わるい」
とりあえず。思わず流れるように謝罪を声に出す。
ただ、思う所は勿論ある。
なんで、其処まで怒っているのか――……は、置いておいて。
ゲレルでないのなら、この男は誰だと言う事。
「あ、あのさ。じゃあ、あんた。だれ?“医術”って言ってたけど」
おずおずと問う。
男は僅かに顔を顰めた。まるで「知らないのかよ」と言わんばかり。
それも瞬間だ。舌打ちを、また一つ。
“医術”は改めて、自身を名乗るのだ。
「――俺はアクスレオス。腹立つがこう名乗ってやる。――“医術の神”アクスレオスだ。そしてここは俺の……『医術の診療所』。光、の神『ゲレルの警備屋敷』はこの裏路地から二つ先の大きな道にある屋敷だ」
自己紹介のついでに、新事実を添えて。
ブレイルは放たれた言葉に着いて行けず、呆然だ。
なにせ、今まで自分は「ゲレル」と言う存在の屋敷に居ると思っていたのだから。
「――」
「お前、案内にまんまと騙されたな。違和感、感じなかったのか?ま、勝手な行動したのはお前だし、これも御心だ。これはもう俺の患者だ。善人だろうが咎人だろうが関係ない。――邪魔だからお前はでていけ」
無言のブレイルに、アクスレオスと名乗った“神”が不機嫌そうに言い放つ。
静かで、しかしまるでゴミか何かを見つめるような目だったと言う。
――そして。
未だに状況がつかめていないブレイルの首根っこを引っ掴むと。
もう、用は済んだと言わんばかりに。
そのまま、ブレイルを想像以上の力で引っ張り、すぐ傍の扉へ。
ポイッと診療所の外へ投げ捨ててしまうのだった。
『この世界の神様は』




