一節ブレイル・ホワイトスター10
路地裏から大通りに出て、暫く。
ブレイルは男を三人抱えたまま、右往左往する羽目となった。
というのも、あの後。街ゆく人に事情を説明して、警吏の場所を聞こうとしたのだが、何故か拒絶。
「そんなものは無い」そう言われて逃げられてしまった。
それでもめげず、様々な人に声を掛け、漸く
「この地域を守っているのはエルシュー様で、警吏をしているのはゲレル様」
――と、いう情報をゲット。
そのゲレル様とやらの居場所を教えて貰おうとしたが、また逃げられて。
三度目の挑戦。やっと簡単な地図を貰ったものの、結局迷ってしまったからである。
「い、いや、俺のせいじゃないし。地図が悪すぎなんだよ、絶対」
だからこうして片腕で男三人を抱え。
片手に握りしめた地図と睨めっこしながら、街中をうろついている訳だ。
「つーか、ゲレル様って誰だよ…」
そもそも今思えば、そのゲレル様とやらの事を聞き忘れていた。
「様付け」されるぐらいなので、偉い人物なのは間違いないだろうが、分からないものは分からない。
「ゲレル様」とやらの特徴ぐらい、屋敷の特徴ぐらい聞いておくべきであった。
しかし、もう仕方が無い。話を聞こうにも、町民には逃げられるのだ。自力で辿り着くしかない。
ブレイルは歩みを止め、あたりを見渡した。
側に「メイデル」そう記された看板が立っている店がある。
地図を見れば、地図にも同じ名前が記されている。それは分かった。
問題は此処から。
地図上では、その店から更に真っすぐ先に進んで、三つ先の角を曲がった先に、ゲレル様の館があると記されている。
ブレイルは顔を上げて、目に見える道を確認。
「メイデルの店」その先。確かに曲がりが角は存在する。
大きくはないが小さくも無い道が3つと、目に見えて分る程に大きな道が3つ。それが見事なまでに交互に並んでいる
――さて、三つ先の角。いったいどれの事だと言うのか。
「わかんねぇよ!もっと詳しく書けよ!」
なので、ブレイルは叫ぶしか無い訳だ。
どうしてこの地図はこうも適当なのか。どうして道を聞いても逃げるのか。ブレイルの憤りは最もだ。
ただ、町民の視点からも考えて見て欲しい。
少年が、だ。10代後半の子供が、大の大人を三人軽々と抱えていたら、普通に怖い。
剰え彼が担ぐ男達には嫌な刺青も付いているのだから。
というか、地図は結構しっかりとした物で、細かく記されているのだが。
ブレイルはソレらに気が付かない。ただ、地図を睨みつけるしか出来ないのである。
「そもそもこの街広くない?同じような建物ばかり並びやがって!目印ぐらい用意しとけよ!」
「………二つ先の路地裏です」
「――!!?」
ぽつりと、真後ろから声が聞こえたのは正にその瞬間だった。
あまりに唐突な出来事で、ブレイルは飛び上がるほどに驚く。
思い切り振り返る。
振り返り、そこに立っていた人物を確認したのち、ブレイルは直ぐに胸を撫でおろしたが。
「な、なんだ。お前かよ」
ブレイルの目に映ったのは、つい先程と変わらない真っ黒に身を包んだ一人の“少女”
先程別れた筈の、名も知らない“彼女”がブレイルを静かに見つめていたのである。
「お、驚かせるなよ!」
“彼女”を前に、つい先程会ったばかりだったが、ブレイルは緊張したような口ぶりで、ぎこちない笑みを浮かべた。
まさか、こんなに直ぐに再会するとは思ってもいなかったし。”彼女”はいつも唐突に現れるから心臓に悪い。
ただ悪い奴では無いから無下に出来ないし、あからさまに怖がるのは流石に失礼だと分かっている為、コホンと咳払いを一つ零して、改めて“彼女”を真っすぐに見た。
“少女”はそんなブレイルとは反対に、俯きフードを深く被ってしまうが。
“彼女”は目を逸らしながら、細い指で一つの路地を指す。
「………あそこ、連れて行ってください」
「え?あ、ああ!そういう事か」
何処までも静かな声に、漸く“彼女”の真意に気が付いた。
”この子”はどうやら、道案内してくれるらしい――と。
―― あれ?俺が目指す場所、知っているのか?
ほんの僅かに、ブレイルの頭に疑問が浮かぶが。
口に出す暇はなく。スタスタとブレイルを追い越して“少女”が歩き出す。着いて来いと言う事なのだろうと、ブレイルは慌てて“彼女”を追った。
まあ、一連の出来事を知っているんだ。俺が目指す場所ぐらい見当ついているんだろ。
――なんて、簡単に判断して。
其れよりも丁度良い。“彼女”とは話がしたい。
「えーと。少しいいか?」
「………」
歩きながらブレイルは口を開く。
ブレイルの問いに“彼女”は何も反応はしない。
この様子からすれば、何も答えない可能性が高い、と思いつつもブレイルは続けて口を開く。
「お前さ、名前――」
「名乗る必要ありません。名乗りたくないです。どうしてもと言うのならモルスとでも呼んでください」
一発目から拒絶だった。いや、答えてはくれたが、今のは明らかに偽名だ。今考えたに違いない。
しかし、そんな人物もいるだろうと自分に言い聞かせる。
問いに答えてくれるだけで十分だ。―― 次の質問にうつる。
「えー、さっきの、さ。アドニス……だっけ?お前はあいつと一緒にいるの?」
「……はい。先ほどは、彼が其方の方々を相手にしてくれました」
ちらり、“彼女”がブレイルに視線を向ける。
正確に言えば、ブレイルが担ぐ男達に。
――やはり、先程は随分と「アドニス」に迷惑をかけてしまったようだ。
ブレイルは頬掻く。続けて少女が言う。
「貴方も私を助けようと追いかけて来たようですね。一応礼を言っておきます」
「い、いや」
先ほどの礼だと言わんばかりに、小さくペコリ。
正直あまり感謝されている感じはしないが。
ブレイルは目を泳がせるように上へと向ける。
「さ、さっきのアドニスってやつに、改めて俺が謝っていたって伝えておいてくれるか……?」
「……後で伝えておきます」
とりあえず伝言は伝えておこう。“彼女”はすんなり応じた。
「私からも、一ついいですか?」
さて、次の質問はと考えているとき。“少女”が遮る様に口を開く。
ブレイルが視線を“彼女”に戻す。――直ぐに逸らされてしまったが。
「なんだ?」
そう問えば、“彼女”はゆっくりと口を開いた。
「……先に言っておきます。私はそちらの方々を罰したいとも、罰しようとも考えていません。ですので、その方々に罪はありません」
「――は?」
“彼女”の口から出た言葉は理解が出来ない発言であったが。
ブレイルは、考える。“彼女”と担ぐ男を交互に見る。「罰したいとも、罰しようとも思っていない」
それは、もしかして自分は彼らに対しての怒りは無いから見逃せ、と言う事だろうか?
暴行未遂とは言え、“彼女”は被害者だ。そして彼らは被疑者。
被害者が許すと言うのなら、見逃すべきなのか?
いいや。“彼女”が何を発言しようとも、婦女暴行しようとしていたのは事実であるし、今後同じ事を仕出かさないとも言い切れない。
さすがに、見逃す事は出来ないのだが……。
それを見越したように“少女”が、また口を開いた。
「その方々に罪はありません。少なくとも、牢屋に入るほどの咎はありません」
はっきり言い切る。相変わらず目は見えないが、無駄に圧を感じる。
その視線に、ブレイルは考え。少しの間を置いてから、頭を掻いた。
「――分かったよ。『お前には、まだ何もしていなかった』。ゲレル様だっけ?そいつにはそう証言してやる。けどな、暴行未遂については話させてもらうぞ!前科持ちだったらどうするんだ!」
これが、ブレイルに出来る唯一の妥協。仕方がないので、彼女への暴行未遂は見逃すことを約束する。
本当の所は、許せない事なのだが。ブレイルが引き下がらない結果、“彼女”が「案内止める」と言い出したら、それは困るからだ。だから、これは唯一限界まで引き下げたブレイルなりの答え。
ブレイルの答えに“少女”は何も言わなかった。顔が見えず表情は見えないが、不満そうな様子は感じ取れない。
ただ、何故だか呆れたような視線が浴びせられているのは分かった。
そんな視線を送られても、ブレイルは判断を変える気はない。コホンと話を戻した。
「他に何か言いたいことはあるか?」
「……ありません」
だが、“少女”からはこれ以上、何も聞きたいことは無いようであったが。
少し待ったが、やはり“彼女”が何かを口にする様子はない。
それなら、ブレイルは自身の質問にもどる。
「じゃあ、質問に戻るけどいいな?」
「……」
やはり何も言わないが、肯定と取り、ブレイルは口を開く。
一番聞きたかった事だ。
「――お前さ、なんで、あのアドニスってやつと一緒にいる訳?」
危険かもしれない。その言葉を押し込んで質問する。
アドニスと言う男は危ない。ソレは違いない。
“彼女”と彼が一緒に居るのは心配だ。何かあるなら助けたい。その一心で問いただす。
「持ちつ持たれつ」
「え」
しかし“少女”から返って来たのは、意外な言葉だった。
“少女”はそのまま口を閉ざす。
――持ちつ持たれつ?
つまり、それは、何かしらお互いに助け合っていると言う事か?
そう言えばと思い出す。アドニスも言っていた「彼女には借りがある」と。
それが何か分からないが、結果的に協力し合う関係になったと考えるべきか。
ブレイルの疑問に少しして、“少女”は渋々と言うように口を開いた。
「――私は彼に住居と飲食など『暮らし』と言う提供をしています。それに対し、アドニスさんは私の『護衛と手助け』をしてもらっています。私一人だと暮らしづらい事もありますので、お互いに利益ありと考えた上での関係です」
その答えを聞いて、漸く「ああ」と納得できた。
つまり“少女”とアドニスの関係は、ブレイルとリリーと同じ関係だと。
アドニスは自身を『異世界人』と言った、ならば自分と同じく行き成り“異世界”で暮らすには無理がある。1人で暮らすより、「こちらの世界の住人」に手を借りた方が一番楽だ。
彼はその「住人」を“彼女”に決め、見返りとして用心棒を引き受けたのだろう。
そして、今の話からだとこの“少女”は一人暮らしのようだ。”少女”にとっても男手があると色々と便利。
「持ちつ持たれつ」――が合っているかは不明だが。お互い協力関係なのは違いないだろう。
少々人選に問題があるのは、間違いないが。
……やはり心配なので、こちらも聞いておく。
「アドニスってやつ大丈夫か?ほら、辛い事とか…」
「特には。提供した住まいにも何も言いませんし、出す食事は文句なく食べてくれます。それ以外の身の回りの事は自身でしてくれますから、お互い適度な距離で過ごせています」
「そ、そうか…」
気になる点はそこじゃないのだが。聞きづらい。
だが、少しして”少女”は「ああ」と呟いた。
「もしも、それ以上の物を提供されているのではないか、と思っているのならご心配なく。彼は一人の大人ですから、私の様な子供を性的な目で見る事も、行為も求められていません。というか絶対無理があるでしょう」
「――!!?」
「もう少し言いますと、厳しく恐ろしい方ですが、暴力で言いなりにされている事もありません。私がミスすると、呆れて軽く頭を小突くぐらいです。たんこぶ一つできません。時折……恐ろしい目で睨んでくるぐらいです。でもそれは……それも私のミスから起こる事ですから気にしていません」
「ちょ!!」
思わず、ブレイルは少女の言葉を遮るように声を漏らす。
そんなブレイルに“少女”は小さく首をかしげた。
「聞きたいことはこういう事でしょう?」と――。
いや、そうなのだが。
そうだったのだが。
こうもスラスラ口にされると困るものがある。
しかし、まぁ、すこし安心する。
こうも当たり前に、怯える様子もなく言葉に出来るのだ、アドニスとは、ただの普通な協力関係と見ていいだろう。
アドニスという男が異常人物なのは確かだと思うが、協力関係になった相手には、そこまで危険な人物でないと言う事か。まだ、それなりに健常な判断が出来る人物なのだろうと判断した。
その事実に胸を撫で下ろす。
とりあえず、一番気になっていた一個目の問題は解決できた。
ブレイルは、再び咳払いを一つ。
再度質問に戻る。
二つ目、これもまた気になっていた問題。
一息ついてから、ブレイルは口を開いた。
「――じゃあさ。次なんだけど、なんでお前戻って来たんだ?ほら、俺に声かけたのはなんでだ?」
ブレイルのこの言葉に、”少女”は僅かに視線を向けた。
『”彼女”は何を語るのか』




