進攻の恐怖
「な、なんやてっ!?」
アースが扉を開けると同時に、コハクの驚愕に震える声が響く。
「――すまない、遅れた。……コハクの反応を見るに、余程の大事らしいな」
「アースか、エレミアが迷惑をかけたな。すまないが火急の件なので皆には先に話をさせてもらったぞ」
アースが会議用の部屋に入ると、既に人が集まっていて、レオナルドが話を進めていたようだった。
先程アースと一緒にいた面々の他にも、領民の代表者数名がその場に居た。
「ああ、構わない。レオナルド、すまないが俺にも簡単に説明を頼めるか?」
「そうだな……この件はアース、お前に深く関わっているだろうからな」
「――俺に?」
レオナルドの意味深長な言葉に、アースの不安感が一気に高まる。
「帝都での謁見の際に、偶然ではあるが聞き捨てならないことを耳にしたのだ。それは、魔王軍の陸軍部隊がこちらの地域に向けて進軍しているとの情報だ」
「魔王軍が……!? 一体何故……」
アースの知る限りでは、魔王軍は帝都へ向けて真っ直ぐに進軍していたはずだった。
それが急に方向転換し、こちら側の地域へ移動する理由がわからない。
帝都からは遠ざかるし、主要な軍事施設などは存在しないのだ。
「それが、非常に言いにくいのだが……目撃者の談によると、アース、お前の名を叫んでいた者が魔王軍にいたらしいのだ」
「――っ!? 俺の名を……!?」
魔王城での一件で、アースは反逆者として処刑された扱いになっていた。
それは、あの時あの場にいた全員がアースが死んだと思っていた故の処置だろう。
だが何らかの理由でアースの生存を知った魔族の者が、追手を放ってもおかしくはない。
元々四天王であったので、魔王軍の機密などを人間族側に流出してしまう恐れがあるからだ。
それに、処刑をした体裁であるのに、『実は生きていました』では民の信用を失う結果になってしまうだろう。
「まさか、俺が……俺の抹殺が目的……なのか……?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。現状では判断のしようがない。ただ、進軍しているのは竜人族で構成された精鋭部隊だとの情報も聞いている」
「精鋭部隊……フレアルドの部隊か……!」
「フレアルド……? 確か、魔王軍の四天王の一人だったな。となると『滅戯竜隊』か……!? あの伝説的な部隊が我輩達の領地に攻めてくると言うのか!?」
滅戯竜隊は、過去の戦いの中で数々の逸話を残していた。
それ故にその存在は、戦争が行われなくなった今でも人間族の間で語り継がれている。
そんな部隊が攻めてこようものなら、今のリーフェルニア領の戦力では、到底太刀打ちできないのは明白であった。
アースもその戦力は知っていたので、ある考えに至る。
「おそらく――いや、間違いなく奴らの……フレアルドの目的は俺にある。だったら俺が大人しく投降すればこの街には何もしない可能性が高い。俺の身柄一つで事が収まるのならば、そうするべきだ」
アースには確信があった。
魔王軍、いや、フレアルドの目的が自分にあることを。
フレアルドが自分に向ける目には、明らかな殺意が込もっているのを度々感じ取っていた。
そんなフレアルドがアースが生きていたことを知れば、向かって来るとしても不思議はない。
(おそらく、コンクエスター領での出来事が原因で、俺の居場所が知れたのだろうな……)
仕方がなかったとはいえ、派手に動きすぎたと今更ながらに、アースは激しく後悔する。
しかしこうなった以上、自分が犠牲になることで被害を最小限に抑えられるよう、フレアルドを説得してみるしかないとアースは考えていた。
「そんな!? 兄貴を引き渡すだなんて……! 駄目ッスよそんなの!」
「せやで! それに相手の目的があんちゃんにあったとしても、その身柄を確保したところで、あんちゃんと長いこと一緒にいたウチらも消されるのがオチやで!」
コハクとガウェインは、アースの提案を即座に却下する意見を出した。
その中でもコハクの言うことはもっともだと、アースは思った。
アースが魔族だと知らなかったと白を切ったところで、信用などされずに、アースと関わった者全員を証拠隠滅のため殺すのが普通だろう。
「コハクの言う通りだ、アース。魔王軍の目的が不明な以上、我輩らには防備を整えるぐらいしかないのだ」
「すまない……確かに浅はかな考えだと思う。だが、俺には確信がある。魔王軍の目的は俺にあり、間違いなくここに来るだろう。そう考えると、やはりこのリーフェルニア領を存続させられる可能性が一番高いのは、俺が投降することだ。――どうか理解してほしい」
静寂がその場を支配する。
誰もが下を向き、悲壮感漂う表情をしていた。
その場に現れたただ一人の人物を除いて。




