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第98話 フェンリル魔法士団

 魔法が使えない。


 そんな会話が城塞都市のあちこちで交わされていたが、人々はまだそこまでの危機感は持っていなかった。

 ただ王都のあちこちで急に座り込む人が増えていた。ある者は急な脱力感にどうしようもなくなり、またある者は立っているのも億劫になり、道の脇で、家の中で、自らの身体の急な変調に対して自衛をしていた。中には自らに癒やしの光をかけようとして、魔法を使うどころか魔力切れを起こしてることを知り、その回復を図るため、自ら手を止めて進んで休む者もいた。


「ちょっと休もう」「ちょっと様子を見よう」

「これを頼めるか」「ちょっと無理そうだ」


 そんな会話があちこちで交わされ、助け合うこともままならず、自分に何が起こっているのか、人々はその解決策を自分の中に探っていた。王都在住の者も、王都へ所用があって来た者も、そこに差異はなかった。

 そんな魔法の使えなくなった城塞都市サーバ、その王都の上空に、まだ昼間だというのに煌々と光を放つ物体が打ち上がった。王都に住む住人も、たまたまやって来ていた商人も、大人も子供も老若男女もこぞって空を見上げてつぶやいた。


「魔法だ」


 自分たちは何故だか魔力を編み上げることも出来ないというのに、さすがは王都にいる魔法使い、誰だかは知らないが魔法を使える人材がいるのだという事に、理由もわからず人々は安堵した。

 その安堵は日常がまだ残っているという人の営みへの愛情から来ているのだが、苛立ちを持つ者もいる。


「くそ。何だってんだ。そんなことする暇があるならさっさと元に戻しやがれ」


 そう言ってその男は魔法が使えなくなったことで隙の出来た八百屋からオレンジをひとつ掠め取っていた。


「では早速元に戻そう」


 いきなり囁かれた声に、盗みを働いた男が驚いた。


「ふぇ、ふぇんリル」


 つぶやき終えた時には男はその場に坐りこんでいた。

 フェンリル魔法士団団長、コペルニクスがそこにいた。


「なんで」

「なんでも何も、魔法が使える者がいることは空を見てわかってたくせに、随分とまぁ馬鹿なことをする」

「お、お前らがだらしないから」

「ほう?」

「ちち、力を補充しようとしただけだ」

「店主がお前への補充を決めたか? 決めたのはお前の中だけでだろう。対価を払え。許可を求めろ。だらしないのはお前の心持ちだ」

「ふざっ」


 その時には男は昏倒していた。

 コペルニクスの手からオレンジは元の場所へと戻され、動けなくなってる店主に代わり、野菜の荷運びで使っていたと思われる縄で盗人を拘束して、あとで警邏隊に引き渡すよう指示を出した。


「あ、ありがとうございます」


 礼をいう店主に頷き返してから、コペルニクスは改めて空を見上げた。


「発光弾、それから赤の煙弾か…………。警邏隊からの魔法士団の出撃要請か。しかしあそこは居城辺りではないか」


 あんな所まで入り込まれたのかという思いがコペルニクスにはあった。王都のほぼ中央、言ってみれば城塞都市の一番固いところである。そんなところでも対処できないほどの案件が発生したのかという思いと、こんな信号弾が打ち上がる以上、すでに中央でももう魔法は発動できないことが窺えた。


 中央から外殻に向けて、王都を順繰りに異常がないかを確認してきたのだが、一時中断するのもやむを得なかった。コペルニクスは杖入れの鞘から魔熊の大腿骨から削り出した短杖を手に取る。


「天高く伸びろ、氷雪魔法、氷柱」


 直径四メートルほどの氷柱を足下に作って上空百メートル程までせり上げると、ほぼ並行している発光弾を横に見、自分以外の他に動きがないのも確認した。

 すると街からワッとして熱気が押し寄せてくるのがわかった。

 城塞都市の人々に、氷の塊がいきなり現れて、そんな事が出来るのが誰なのか一発でわかったのだろう。

 希望の歓声がコペルニクスの元にまで届いてきた。


「まぁこの氷柱を見れば団員も現地に集まるだろう」


 そのまま短杖をくるりと振るうと、氷柱が城塞森林公園に向けて氷が伸びていった。その先端に乗って移動してもいいのだが、出撃要請ということは警戒も必要だろうとコペルニクスはわざとひと呼吸遅らせ、作りだした氷上の先端に索敵を割り振りつつ、自らは自らで間を置いて一気に滑り降りだした。

 ごうごうと魔気が風鳴りとなって耳元でうなる。

 眼下では動く者がいなかった。皆その場に留まって回復を待っているようだ。

 魔素を普段から持ち歩いてる者でなければ、そうなるのもやむを得ない。王都で魔法がその力を発揮しないのだ。こんな事を想定している者自体がそもそも居ないだろう。自分以外に動ける者もいないようだ。

 その視界の端に動く者達が映る。

 ニヤリと野太い笑みを見せて、コペルニクスは先を急いだ。



 ◇



「あれがヒュー・エイオリー」


 そんなひそひそとした声が魔法陣の中枢付近で待つ警邏隊の隊員達の口の端にのぼった。

 あの国政会議の日、オレとしては枢密院殿とサマースの影役に徹したつもりでいたが、たった三人で宰相派の野望をくじいた一人として、手柄のないはずのオレでも名前が出回ってしまったようだった。

 じろじろとなめ回されるように見られるのは気持ち悪い。警邏隊は人を疑うのが仕事でオレの風体を記憶したいのかもしれないが、一般の世界においても中々無礼なことではないのだろうか。

 よくわからん。

 とりあえず王族の立場であったら、咎めていたかもしれない。とりあえず居心地が悪いので真正面から顔を見せないよう、隣にいる枢密院殿に話しかけた。


「戻って来ませんな」


 すると枢密院殿がフンと鼻を鳴らした。


「さてあの女エルフが来る前に間に合えばいいがの」

「はい?」

「なんじゃ、お主もか。お主が失念しておったとはお主らしくもないの。奴らの会話を盗み聞きして秘奥の間に用があるとわかったのだろうが」

「あ、そっちの警戒もいるんですね」


 枢密院殿が無言で頷いた。


「でもこの場所への入り口は、統括部からだけですよね」

「どうかの。魔力はここから縦横無尽に城塞都市を流れておる。入り口も出口も魔力を通せば自由自在じゃ」

「でもそれなら入って来れません。で、実際の所は?」

「統括部だけじゃ」

「秘密の抜け道は?」

「儂は聞いたことがない」


 枢密院殿の立場でないのなら、ほぼないだろう。


「ならば安心です。一本道だったことは枢密院殿も見た通り」

「うむ」


 だが枢密院殿は納得はしていないようだった。その気持ちもわかる。フォルテならば王室からの抜け道は絶対に用意させるし、それがサーバでも行われていないとは言えない。こうなるとオレがサーバの王室について詳しくないことが痛い。

 宗主国のライムの王室に関してならわかるが、属国の王室は正直関わりになる時が来るとも思っていなかった。


「一本道でなくともあの深紫の闇があることが気がかりなのですか」


 枢密院殿は返事をせずに首肯した。


「ここは宰相派の巣窟であることをお忘れなく。テロリストがこの場に入る必要もなく細工をすることも出来ます。ソマ村でさるお方がテロリストと一緒に居たお姿は見たでしょう」

「そうじゃの。この場の誰が味方かは保留じゃ」

「はい」


 つまり不意を打たれても対応しろと、そう命じられたわけだ。用心棒の責任は重い。

 この枢密院殿を無事に自治領に送り返さねば、オレとサマースが心待ちにして望む給金が支払われることはないということだ。

 オレが溜息を飲みこんでいると、秘奥の間に至る通路を誰かが駆けてくる音がした。その足音はあっという間に近づいて来る。オレは一応枢密院殿を入り口近くからこちらに引き寄せて防波堤となって前に立ったのだが、やって来た男はそんなことは毛ほども考えていなかったらしく、一刻も早く伝えたかったのだろう、何をいうでもなくその顔が雄弁に朗報を携えてきたと伝えていた。

 その顔は見た顔でも会った。先程までこの秘奥の間にいた警邏隊の一人であり、入ってくるなり周囲を見回して興奮気味に声を張った。


「魔法士団が来たぞ。コペルニクス団長だ。団員もぞくぞく集まって来てる」


 ワッと警邏隊が喜び、魔法士団統括部の面々も余裕のある笑みを浮かべて頷き合っていた。

 しかしコペルニクスが先に来たか。

 オレはてっきり王杖が来るものとばかり思っていた。

 そのコペルニクスが秘奥の間に入ってくると、魔法士団統括部がご苦労とでも言わんばかりにコペルニクスを迎え入れた。

 我らには一顧だにしなかった奴らが、現金な物である。


(コペルニクスとやらに怪しいところはないぞ)

(む、小太郎か)


 召喚の場から小太郎に呼びかけられた。


(安心しろ。観てるのはオレだけじゃない。天道神さまも時量師神さまもいるんだ)


 降霊してないとは言え召喚の場には留まってくれているのだ。依存する気はないが、心強くはあるな。


(それよりおいヒュー。お前はアイツのことを何か知らないのか?)

(そうだな)


 面識という面では全く知らない。だが聞き覚えという点では少しだけ聞き覚えがある。

 コペルニクスはフェンリル魔法士団の団長を務めるライムの誇る魔法使いだ。そして魔法士団としては海戦でも手強い実力を持つ魔法士団だと云う事を伝え聞いたことがある。

 ライムの沿岸部はフェンリル魔法士団の縄張りであり、海から襲ってくる魔物はそのほとんどがフェンリル魔法士団によって討伐されているという話なんかもあっただろうか、それは多分オレはドム兄(あに)さまから聞いた覚えがある。

 フォルテにおいても海と陸の狭間は遠近織り交ぜられて魔物から攻撃され、その防戦時には海戦か陸戦かの選択で難しくなることが多いと聞かされたが、そんな難しい沿岸での戦闘を一手に引き受けているというのであれば、その実力は推して知れる。


 ――そのフェンリル魔法士団を率いる団長、コペルニクス・ボーリンがいま再びオレの眼前にいるわけか。


 確か冒険者に頼むより効率が良いというようなことを言っていたか。

 何の効率がいいのかは知らないが、おそらく例の無属性魔法、クロック・ストップが猛威を振るっているのだろう。


 オレは小太郎への説明をやめて、魔法士団統括部に説明を求めるその立ち姿を眺めていた。小太郎も相槌を返さないのでもういいだろう。それよりコペルニクスだ。彼は統括部にはろくな情報がないと見切ったか、今度は警邏隊の方へと情報提供を呼びかけに向かっている。


 キビキビとして実務に長けてそうな人物だった。


「…………」

「なんじゃ、ピュー」

「いえ、敵か味方かと」

「味方じゃ、間違いなく。お主も気に入られただろう」


 それはどうだろうか。


 オレが不意を打たれた相手、手も足も出なかった相手、である。

 枢密院殿はオレが彼(か)の御仁に気に入られたようなことを言ってたが、オレはそうは受け止めず、いつでもオレを殺せると示してみせた恐るべき相手と、そういった認識でいる。

 枢密院殿とは認識が違うのだ。

 雇い主と用心棒の関係のように。

 オレは警戒を解くわけにはいかない。

 そういえばクロック・ストップはドム兄さまが感心していた覚えがある。召喚士が遭遇戦での撃ち合いになったら負ける可能性のある相手として、彼の御仁の名を挙げてたような…………。


 まいったな。


 こんなことなら疎まれようが邪険にされようが攻廷騎士団に顔を出してライムの情報を集めておけばよかった。後の祭りだが。


「何だこれは」


 コペルニクスが突然につぶやいた。


「何でこんな物がある」


 深紫の闇に、コペルニクスが釘付けになっていた。

 それからすばやく秘奥の間に眼を配るコペルニクスに、枢密院殿が質問を寄せた。


「深紫の闇とここでは呼称しておる」

「深紫の闇…………」

「ところでじゃが、それをコペルニクスが知らんのかの」

「はい。俺は真っ先に供給元を調べ、それから外殻へと調査の輪を広げていったものですから」

「ふむ。ではどういうことかの?」


 枢密院殿はわかってて言ってる節がある。これが枢密院殿のお役目だからだろう。そもそもこういった認識の共有化は、あとで齟齬で逃げられることのないよう言質を取っておく意味もあり、特に宰相派の巣窟の中にいる今の環境下では本当に大切だ。

 やはり存外に腹黒いお人なのだとオレは思う。そんな雇い主殿の腹芸に付き合わされつつ、オレは用心棒らしく素知らぬふりで警戒をした。


「どうもこうもない。俺が調査に出てから誰かがこの秘奥の間に細工をしたということになるでしょう」

「ほう。ではどうするかの」


 何だろう。姿勢を正して枢密院殿に向き合ったコペルニクスだが、その視界の片隅でオレのことをチラ見してるような気がしないでもない。


「簡単なことです。これよりこの深紫の闇の調査はフェンリル魔法士団が執り行うこととします。これはこの場における権限を属国のサーバに貸与せず、宗主国ライムの権限として事態を引き上げることを意味します。サーバの国民として秘奥の間にいるあなた方はこれより一切の外出を禁じさせて頂きます」



七夕です。皆様はどんな願いをするのでしょうか。

当方は直裁に願うようなそんな単純な感じには動けず、連綿とつづいてきた人の営みに、それぞれの人が持つ苦悩や願いを解放する優しさを、この七夕という行事に覚えます。

気弱になってる時は染みるんです。


「今月は良い月になりますように」


それとブクマして頂いた方、ありがとうございます。


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