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第99話 孤剣 その一

 おかしなところがある。

 異変が起きた初動時に、本当にコペルニクスが調べて秘奥の間に何もなかったのなら、原因は外にあることになる。だが実際はこの魔法陣の中枢にあの深紫の闇があるから起きたと想定される。

 深紫の闇がこの王都で起きた魔法が使えなくなる現象の主因ならば、最初に調べたコペルニクスに発見されてなければおかしいはずなのだが、コペルニクスがそんな物を知らないと言うのなら、この深紫の闇はコペルニクスが作った物という考え方も出来ることになる。

 魔法士団の団長だから、そうとは信じたくないのだが――。

 オレをコペルニクスをチラ見した。


 こいつは副団長のクレツキの上司なんだよなぁ…………。


 クレツキは思い切り宰相派であった。最早宰相派であることを隠そうともしていなかった。だから国政会議で宰相を捕まえた我ら枢密院殿の一行は、露骨に煙たがられている。どころかオレは初対面時に何度か殺されかけている。

 団長であるコペルニクスは、そんな事があった後だというのに枢密院殿からの信頼も厚く、宰相派の一味である可能性など有り得ないとばかりに仲間だと枢密院殿から断言なされていた。


 そのコペルニクスから目礼が来た。

 なんだ?

 なぜ枢密院殿をすっ飛ばして、いち従者にすぎないオレに目礼をしてくるのだ。

 まさかフォルテの王子がいたからコペルニクスはライムの案件にしたわけでもあるまい。驚きつつも立場が下であると偽装している以上、上役側から挨拶をされたなら返礼をせねばなるまい。

 オレは恐縮した体(てい)で頭を下げた。


 すると眼下にある魔法陣に深紫の光が走った。

 深紫の光は魔法陣をすべるように流れてオレの左側へと一瞬で通り過ぎ、そして目的地に到達したらしく光が拡散した。


「そういうことか」


 入り口から統括部の人間がまたやって来ていた。魔法士団統括部の部長までいる。


「離れろ! 今ここは緊急事態だ!」


 コペルニクスの警告が飛んだが統括部の者達は秘奥の間に足を踏み入れた。

 ライム案件ではなく、サーバの魔法士団としての統括部として自分たちの方が立場が強いと誤認してるのだろう。


 だが今は違う。


 フェンリル魔法士団はライムの魔法士団であるが、サーバの魔法士団統括部は宗主国のライムとは全く関係ない組織なので、コペルニクスが判断した以上、命令権は統括部にない。

 普段の日常活動において、魔法士団統括部がフェンリル魔法士団にあれこれ口を出せるのは、属国になる前からフェンリルがサーバの魔法士団だったから、他の属国にフェンリルを移してない以上、じゃぁちゃんとやれよと宗主国のライムがサーバにフェンリルを運用することを許している形にすぎないのである。

 つまり、宗主国のライムから属国のサーバに遣わされた魔法士団は四つあるのだが、その四つの魔法士団に任務が重なることがないよう、魔法士団をサーバの中で効率的に運用するため統括部にその役割を与えているだけなのである。

 だから統括部が各魔法士団に指示を出せるのは平時の時のみであり、緊急事態においては各魔法士団は団長が宣言したのちは、属国サーバの一組織にすぎない統括部など無視して宗主国ライムのために働くことになる。


 裁量はフェンリル魔法士団のコペルニクスにあるのだ。

 ましてやコペルニクスは次期王杖を約された男でもあるらしいから、よりライムのワッカイン王の勅命に近しいものになる。


「お呼びじゃないの」


 枢密院殿が言った。

 オレも全く同感だ。そして案の定、魔力を抜かれてその場に座り込んでいる。これに耐えられる者でなければ無理なのだ。

 もしくは魔法陣の餌食にならない者、なぜか、魔力を維持できている者。

 そんなものは召喚士以外では敵の息がかかった者だからとしか思えないが、例外が目の前にいた。


「どうされます、枢密院殿」

「儂に出張らせたいのか」


 あ、その手もありましたな。

 魔力のない者となると枢密院殿だが、それはあちらが許さないだろう。事実、統括部は我らをまるっきり無視していた。


「雇い主殿にさせるわけにはいきませんな。枢密院殿も星読みの塔とは違うことは百も承知のはず」

「ふん。ならば待機じゃ。あちらも動くぞ」


 枢密院殿の警告にオレも腰を落とした。何が起きても対処できるよう秘奥の間に入って来た統括部の連中から枢密院殿をかばう位置に立つ。

 そしてやって来たばかりの統括部の新部長、ガブラがろくに周りも確認せずに叫んだ。


「咒力(じゅりょく)同期」


 浅いが深度一に潜る。

 まずいな。これは他の者には対処できない。

 オレにも何か吸い込まれるような感覚がして、と同時に統括部の連中の目がトロッとしてから力が入る。何人か倒れた。


「大丈夫そうな者もいる…………。全員が全員、敵なわけじゃないのか?」

「その可能性が高いの。殺すなよ」

「了解しました」


 枢密院殿の立場なら調べないわけにはいかないだろう。

 そして浅いが深度一に入ったのだ。枢密院殿がなぜ喋れる。


(ヒュー、異常は?)

(大丈夫だ)


 小太郎から心配した声が届いた。

 何か吸い込まれるような感覚があったが、とりあえず大丈夫だ。それよりも奴らだ。統括部の面々の表情が一変していた。


「枢密院殿」

「なんじゃ」


 普段通りの声がした。無事なようだ。


「オレの後ろから動かぬように」

「うむ」


 敵味方をも昏倒させる何かをしたらしい。

 星読みの塔で体験した深紫の煙とはちがう。

 そしておそらく枢密院殿には天道神さまか時量師神(ときはかしのかみ)さまが力を貸して――。


(バカめ。お前の忍者刀がぶった切ってるんだよ。そういう意思を込めて自分から彼(か)の御仁の前に立ったろうが)

(お、オレか?)

(降霊召喚状態ではないが、我らが召喚の場にいることも忘れるな。異界渡りをしてるのは、何もお主だけではないのだ)

(何を言っている)


 だが師匠は何も答えなかった。


(ふんっ)


 前を見ろとあごをしゃくっている。もうそういう話をしてる場合ではないのだ。

 枢密院殿がガブラに話しかけた。


「そなたらに、魔法陣から力が流入しておるな」


 ガブラと、無事だった統括部一党が驚いた顔をした。目のトロンとした者は力も入らないままに追随している。


「だからなんだ」

「堕ちたの、宰相派」


 貴様、と統括部の職員が怒りの声を上げたが、まぁ待てとガブラがそれを止めた。


「咒力が同期もしてないのに何故動ける」

「それは魔力のある奴の話じゃ。儂のような老いぼれには縁のない話じゃ」


 枢密院殿がそう思うのならそうなのだろう、枢密院殿の中ではな。


「では前の奴はなぜ動ける」

「儂の用心棒じゃ」


 ガブラが眼を鋭くした。枢密院殿の言うことは端(はな)から信じてない感だ。それともバカにされたとでも思ったか。

 オレはずいと剣を抜いた。


「オレからも訊きたいことがある」

「物を尋ねる態度ではないな」

「警戒はするもんだ。用心棒なのだからな」

「ふん」


 憎しみの眼がオレに向いた。


「そういえば貴様が捕らえたのだったな」

「何の話だ」

「統括部長の話だ」

「貴様が統括部長であろう。何を言っている。先程偉そうにふんぞり返っていたではないか」

「そこまで愚弄するか」


 後ろから、前任のランプを捕らえたのはお主じゃぞ、と助け船が入った。


「そうなのですか? もう忘れました」


 この声が聞こえたのか、ガブラがぎりっと歯がみした。

 だが魔法陣に動きはない。深紫の光も流れてる様子もない。一部統括部の人と警邏隊の人は、完全に浅い深度一に囚われて時の流れが遅くなっているようだが、コペルニクスは…………。

 コペルニクスはその位置で微動だにしていなかった。さて、これをどう捉えるべきか。


「しかしまぁ」


 さすがはサーバの御座城の魔法陣と言ったところか。

 そしてこの魔法陣の中にはこの状況をもたらした力が隠されてるわけで、おそらく施された咒札があるものとして、その咒札は対象を深度一に浅いとはいえ潜らせることが出来たのだ。

 そしてこんなことが出来る心当たりは、オレにはひとつしかない。


 リアのセプティリオンだ。


 この魔法陣のどこかに埋設されてるのか、封じられてるのか。

 リアは緑眼だが、オレは紫眼だな、などということを徒然と思った。


「しかしまぁ、何じゃ」


 まさかの後ろから急かされた。

 咳払いをひとつして、ガブラに仕切り直した。


「オレが思うに、魔法士団統括部なら秘奥の間の魔法陣に対しても、何か特別な権限がもたらされていてもおかしくないとオレも思う」

「死ね」


 話の途中だったが、不穏なことばと共にいきなりガブラの脇から火炎輪が飛んで来た。大きさがオレの遊びで作ってた炎輪の数倍はある。オレの身体ぐらいは容易く切れる大きさだ。

 切って燃やして息の根を止める。

 そういう性能に特化した魔法をぶつけて来たのだろう。さすが魔法士団統括部。行政の事務仕事要員だけでなく、きちんと魔法使い上がりの人もいるらしい。

 だがオレはその攻撃を叩き落とした。オレの後ろには枢密院殿がいるから避けるわけにはいかなかった。


「おおっ」「やはり手練れ」


 斬り捨てた炎輪の名残が魔法陣の各地に散って、それがゆっくりと魔法陣の中に吸収されていくのが視界の隅に映る。


「だがな」


 オレは剣を残心から日の本でいう青眼の構えにかまえなおし、むりやり話のつづきを続けた。


「いつからライムの魔法士団統括部はクレッシェの咒札(じゅふだ)を導入するようになったんだ?」

「咒札など使っていない」

「それは失礼。だが咒札といかにも関係ありそうな文言を聞かされては、さすがにこちらとしても疑義を抱(いだ)くわけだ。そうですな、枢密院殿」

「うむ」


 ガシャンガシャンと重い音がした。鎧のこすれ合う音だ。それが急ぎ近づいて来る。

 魔法士団統括部の面々がこらえきれない笑いをその頬のたたえていることからも間違いはないだろう。

 騎士団統括部からも乱入して来たのだ。


「あやつらまでもか。確かに両部長を捕縛したがここまでするとは」


 だが人数が少ない。騎士団統括部からやって来ただろう応援は、三人ほどしかいなかった。


「キエーーイ」


 入って来た途端に撃ちかかられた。


「問答無用ですか」


 降りかかる火の粉は打ち払う。こちらに剣戟する気がなくても、向こうには思うところがあって、そのドロドロとしたものを容赦なくオレに打ちつけて来る。

 一瞬にして距離が縮まり、オレと騎士は踏みこみながら剣を交わし合った。騎士の剣がわずかに速かった。おそらく騎士はオレを斬り伏せたと思ったに違いない。騎士の口が笑い出すように吊り上がった。だがつぎに騎士は驚愕に眼をみひらいたまま魔法陣に膝を落とし、そのまま前にがっくりと斃れ伏した。

 何合か撃ち合ったわけだが、フルプレートの腰の革部分を深々と斬り裂かれていた。血が止めどなく溢れ出している。


 深紫の煙が突然わき上がって咄嗟にオレは枢密院殿を押し出す形で後退した。

 転びそうになる枢密院殿を回り込むようにして受け止めると、そのままくるっと背後に回ってもらう。と同時に、


「来るぞピュー」


 わかりましたと返事をしつつ、剣をよこなぎに振り払う。ザザッと距離をとらせて不意打ちはどうにかしのぎきった。


「やるなぁ」「誰か一人ぐらい当てろよ」「お前が当てろ」「…………」

「お主らか」


 騎士団統括部の残るふたりの騎士ではなかった。

 見た顔である。

 星読みの塔で撃退したアルバストの四人の配下であった。奴らがついにここ秘奥の間に姿を現したのだ。

 魔法陣からセプティリオンらしき技が見え隠れしてた時点で油断はしていなかったが、何というか、敵ばかりが増えてゆく。


「でも」「そうそう」「俺も思った」「…………」


 オレは距離を取れたことを幸いに、この時間を有効に活用する。

 とは言っても枢密院殿の前に立ち塞がるだけだが、これもいつものことだ。これがオレのお仕事である。

 そしてひっそりとアルバストが奴らの後ろに姿を現した。

 奴らも奴らでアルバストが深度一から浮上する時間を稼ぎたかったわけか。


「やはりあの時ほどの強さはないな」「さっきは痛かったからなぁ、うんうん」「親指を切るなんて酷いよね」「…………」


 何というか…………。

 返す言葉もない。


(ふっ)


 憎たらしい声が召喚の場から聞こえて来た。

 要はあれだ。オレの腕が小太郎より下手くそだと客観的な視点からダメ出しをされたということなわけだ。

 オレは毎日アーサー流の稽古をして来たというのに。

 アーサー流など欠片も囓ったことのない小太郎が、忍者刀でもないアーサー流の剣でオレ以上の腕前を披露した。

 それが気に喰わんのだ。


(ふふん)

(ふふんじゃねーよ)

(バカが。だからお前は王子気質が抜けんのだ。きちんと警戒しろ。周囲を観察しろ。何が動いて何がどうなろうとしている)


 お、いかんいかん。それは全くその通りだ。


 オレはいいとしても枢密院殿は違う。いや、宰相派の面々もアルバスト達の登場には驚いてるようだな。乱入してくるとは聞かされてなかったのだろうか。いや、アルバスト達は、きちんとした深度一から透過してここに登場した。だから誰も気づけなかったのだ。


(意識の外から来たぞ。天道神さまも時量師神さまも、おっ、と驚かれておられた)

(本当かよ)

(嘘を吐いてどうする)


 ということはセプティリオンをいよいよ使い出したか。

 リアの召喚獣セプティリオン。


 だがしかし、見た限りではアルバストからセプティリオンの姿は影も形も見受けられなかった。

 やはりまだ信を置かず、いや、深度一からやって来たのだな。

 そして今は、疑問を挟むところではない。


 オレは新たな乱入者たちを観察した。

 手には何も持っていない。それぞれの手に何もだ。


「ふう」

「ピュー?」

「ご安心を、枢密院殿。敵が何人増えようとも、枢密院殿をお守りするのが用心棒のお仕事ですので」


 それにしても機械生命体を暗器扱いか。

 暗器の扱いは難しい。出しどころと相手の虚を突く使い時を、過(あやま)たずに見極めなければならない。つまりはそれだけ暗器に精通しなければならないのだ。


 アルバストは自然体のままに秘奥の間の中ほどに立っていた。


 思いの外、セプティリオンを使いこなされているようだった。



 ブクマと評価ありがとうございます。ヒューくんのお話も99話まで来ました。私個人としては感慨深いですが、これも小説家になろうというサイトがなかったら、書くことも読んで頂けることもなかったお話なんですねぇ。

 赤子は生まれた時には右も左もわからず、親や周りを観て物を覚えて行くものですが、当方がまさにそんな感じで、未だサイトの機能も使いこなせてない部分も多々あり、赤子には使いこなせませんぜと親に文句、げふんげふん、いえ、この場を借りて小説家になろうさんには最大限の感謝を捧げたいと思います。


 さて、ようやく第三章の回収に入り始めましたが、更新速度が落ちたことはお許し下さい。実は来月にもう一度手術をする必要があるのです。道行きはゆるりと行くことになりますが頑張ります。

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