第93話 第四の形態 その二
「魔気、魔水、魔素に次ぐ第四の物質か。さすがだなヒュー君」
「発見したのはあなたですよ。オレじゃないです」
「読み解いたのは君だぞ」
「魔法で何が出来るのかがわかってないオレでは魔法陣に仕込まれた魔法と言うだけで、その真髄は見抜こうともしなかったろうし、見抜く努力もすることはなかったですよ。これはあなたがいたから得た、いや蓄えになった情報です」
テロリストに対してどう運用するかはライム次第。世に出すかどうかもライム次第。提供した時点でもうオレの手からは離れている。
それでも読み解いたことがオレの手柄だというのなら、それはオレを外に出させてくれたリアとアンナさんに自治領で暮らすことへの安泰という、その手のささやかな保証をもたらしてくれたら良いなと思った程度だ。
「それにしても新たな魔法の媒体ですか。テロリストの背後には実験をしたい国家や組織でもあるのでしょうかね」
「それは…………」
考えが及ばなかった。
さすがは王杖。そしてこの事実が明らかになればケルプ中が大騒ぎになることを見越している。フォルテとてその騒ぎには巻きこまれるだろう。なにしろ第四の物質の形態なのだ。
それはどれほどの物なのか。魔法と召喚魔法の関係は変わるのか。召喚魔法の脅威となり得るのか。
その答えを求めて新たな媒体での召喚実験も当然行われるだろう。ビコ・ビーのいる第三騎士団とモートレーのいる王廷守護八番隊あたりは率先して実験をするだろうな。
「実験といえば」
「ん? 何かありましたか?」
「そういえばの話なんですが、ソマ村で一戦やった時に、高山で炎魔法をしても大気が薄いから威力が出て来ないと盛んに言って、乙女の祈り魔法士団のルイ小隊長とスミエさんとポルカさんが右だったか左だったか手足をもがれました」
「テロリスト相手にですか」
「はい、敵の首魁の名はアルバスト。女エルフで、これはもう小耳に挟んだかもしれませんが、会敵しています。枢密院殿に命じられてオレとサマースも応戦に参加しました」
「それは初耳です。乙女の祈り魔法士団の小隊は?」
「今はサマースが炎の再生魔法をして治してしまいましたから大丈夫です。フィッシュダイス騎士団と合流しています。本題はそこじゃなくて、アルバストはその高山での戦闘中に炎魔法の威力が弱くなると言ってたのです。そのくせ自分は高山での戦闘に炎系を用意していたことになります」
「どういうことですか」
「プラズマでは炎も扱います。むしろ高い所でほど威力が増すのではないかとオレは考えます」
「それはまた、アルバストとやらは随分と嘘つきですな」
「はい」
「なぜそう思うのです。裏打ちは?」
◇
サドンがそう問うた。途端に若き王子が返答に困っていた。
ここまで手の内を剥いてくれたことは素晴らしい。
向こうの優位性を崩せる。ここで咒札を使ったことによって、奴らはアドバンテージを捨てたのだが、それは王子が捨てさせたとも言える。
ハロルド様からもアルバストの使った魔法、四人組の使ったダガーのこと、闇収納のことも簡単な報告を受けている。
そして第四の名前はプラズマ。
マのところが魔かもしれないが今は些事だ。
つまりそんな敵の虎の子の手札まで切らせている。
俺の直感はぶっちゃければ簡単だ。
この王子はどこまで深く洞察してるのか、それを知りたいのだ。
本人はフォルテを追い出されたはぐれ者のようだと口辺の端々に匂わせているが、もしかしたらそれは、彼がフォルテにおいても異質すぎて周りの者の理解が追いつかなかっただけかもしれない。そんな疑義に、胸の内が大きく傾いている。
ただの直感だ。
だが王杖第三席としての直感だ。
◇
「できれば根拠を知りたいですな」
「それは、うちの攻廷騎士団を思い浮かべていただきたいのですが」
「はい。十四団からなる攻廷騎士団」
「そこの聖なる風の精霊騎士団のムーリ・ハーグローブ団長の召喚獣ミーカの放つ召喚魔法、それに近い魔法かもしれないと、そう思ったからです」
「かの次期公爵の…………、風属性を標榜してますが無属性の究極ではないかと謳われてる正体不明扱いの召喚魔法じゃないですか。他の五大国だってムーリ殿の召喚魔法の正体はつかめてないはずですよ」
オレは沈黙してあらゆる反応を返さなかった。
「なぜそれを私に教えるのですか」
「王室外交ですよ。フォルテはライムに敵対していないという誠意を伝えるためです。痛くもない肚を探られるのは面白くない」
だから使いたくもない王子の名を使ってるのだ。
「いいのですか? そこまで明かして」
「だから王室外交なのですよ。下の者に伝える際には、これでそちらも情報を慎重に扱ってもらえるでしょう?」
とは言えオレにも目算はある。ムーリとサドンは同じ風系統ということでライバル同士だったはず。少なくともムーリのオッサンは王杖第三席をライバル視していた。戦いあえば互いの国を滅ぼし合う殲滅戦となって痛み分けになるとも云っていた。
そしてムーリの召喚獣ミーカは小さな精霊体にもかかわらず、ちょちょいと過電流やら恒星風やらとわけのわからないことを言って、あらゆる対象を一瞬にして消滅させたりするのを見せてくれた。
にこにこしながら指一本を動かすだけでそんな感じなのだ。
おまけにダブルリグレットとは旧い馴染みのようで、それだけでミーカの持つ潜在能力とやらが実際はどれほどのものなのかが推して量れる。
そしてその炎の風の弾けて消し飛ばす感じが、さきほど深度一で実験した第四の物質によるプラズマの放つ波動に似ていると思ったのだ。
風にも色々な風がある。冷たい風もあれば熱い風もある。構成する物が違っても風は風だし、その奥深さはオレ以上にこの王杖第三席はよく知っているはず。
王家でもないのに雷帝の二つ名を異論なく名乗れ、誰からも納得されている男なのだ。
だからプラズマという第四の物質を認識していなかったこれまでの間ででも、サドンなら自身の魔法陣で概念もないままにそこへ到達しているはずなのだ。
なのにこの反応はどうなのだろう。
もしかして腹芸は得意ではないのか?
だがこれすらも第三席のすっとぼけたやり口かもしれない。
やりづらいな。
何を見ているのかがわからない。風魔法の風から派生させて雷はできるから、そういうことを共通の理解として持っていたと思っていたのだが、オレの知らない何かがあるのだろうか。
あるのだろうな。
だから王杖はプラズマとい第四の物質を知ったとしても、実はサドンには既知の感覚だったのかもしれない。
だがこちらの打てる手はない。王杖から裏打ちを求められたのだ。
オレが下手を打てばライムからのオレたちへの待遇が変更されるかもしれないし、現状オレが思いついたことを伝えることでしか、その手のリスクを回避することは出来ないのだ。出し惜しみをしてる場合ではない。
「ですがムーリもおそらくこの魔法陣は読めないでしょう」
「ムーリ殿も?」
「理論以前に身体が読み解いてしまうんですよ、あのオッサンは。そしてあの人は言語化は得意ではない」
「それはまた、王子でなければ相当不穏な発言ですぞ」
「どうということはありませんよ。よく知ってる相手ですし。と、言語化が得意でない話でしたね。こちらは簡単です。ムーリはあくまで報告を聞く立場であって、報告をする立場ではないからです」
「あー、そういうことですか」
「おそらくこの魔法陣を読めるとしたら王族では父と、オレとリアぐらいかもしれませんね。もっとも今リアは眼を失っている状況なので、特殊な方法でしか読み解くことはできませんが」
「フォルテの王族でもたった三人ですか。こちらには万能のイメージがあるのですが」
オレはその言には首を振った。
「形では理解します。それはもう完璧に。そこは召喚魔法士なら最も得意とするところでしょう。でも読んだ形をこういう形だったと説明しても、その魔法陣の性能を識ったわけではありません。仮に識ったとしても、伝えるということと理解させることとは、また別でしょうし」
「それはどういうことですか?」
「わかっていても伝わらないこともあるのです。いや、伝えられなかったのかな、オレが未熟すぎて。
恥ずかしながら、体系的に話さないと公の場では失敗をするんです。目の前の結果だけを話しても、それがどう応用されたのかの説明がなされなければ、真に理解されることはないんです。そして往々にしてバカにされることになる場合が多い」
オレは自罰的に首を振った。
「なるほど、よくわかりました」
何をだろう。プラズマの説明をまだしていないのだが。
色々な形があるとしか説明をしていないし、精霊体のミーカがやったことの事例を挙げてもいない。
「しかしヒュー王子、魔法への評価なんて実践で示されればすぐに覆りますよ。そこから理解されることもまたあることです。むしろ敵ほど相手をよく理解するのではないですか? 私は同盟国なので敵ではないですけどね」
サドンがウインクしてきた。
第三席ということで警戒しているが、それでも感じのいい人だ。こういう態度能力を取れる立場のある人をオレはそんなに知らない。だからライムでも重宝されてるのだろうか。癖がないから表に出しやすい一面もあるのだろうし――。
「どうされました」
「いえ、伝え残しはないかなとそう思いまして。ほら、同盟国ですし。裏にフェルマータやクレッシェが潜んでいるのなら尚更です。友好を示さないと」
「ははは。その場で交渉できるなら同盟国としては十分友好的だと思いますよ。むしろ教えてもらい過ぎなぐらいです」
「そう言ってもらえると助かります」
「実際何かお返しをしないといけないなと考えるぐらいですよ」
「それは…………」
安寧さえ保証してくれれば十分なのだ、リアとアンナさんの。
「とは言っても俺が出来るのは魔法ぐらいですか」
「王杖の魔法ですか」
「お」
「すみません、食いつきすぎました。しかし魔法の教本を買って学ぼうかと思ってる矢先でしたので、つい」
「いいですよ。王子の魔法は特殊なようだが魔法は奥深い。もっとも、どれだけ失敗しようが俺は手加減しませんけどね」
「ははは。失敗だらけのオレにはかなり手厳しい言葉ですよ、それは」
「で、五大国のうちの二カ国を王子は口に出されましたね。あなたとしては敵はどこら辺だと目算をつけてるんですか」
「どちらもですが一番はフェルマータですね。フェルマータが一番怪しい。こちらの属国であるキボッドにオスニエル王子を匿うふりをして、その間にもフェルマータ領を通らせていました。ちょこちょこ影をちらつかせて、実にイヤらしい距離感を常に保ってる。テロリストのトップだって女のエルフだった」
エルフの居住域は基本フェルマータである。
サドンが頷いた。
「それから咒札を提供したクレッシェ。冒険者から流れたかもしれないが、こんな第四の物質を扱った咒札が冒険者ギルドを通っているなら、このプラズマの情報をオレたちは既に手にしていなければおかしい」
「だが手にしていない、と」
「そうです。さすがにオレも今回のような咒札は見たことがない。こんな咒札を冒険者ギルドを通さないのなら、そこはもう国家が関与してるとしか思えないし、クレッシェが何の理由もなしに貸し与えるとも思わない」
「国家の秘密を計らずも冒険者もどきに開陳させたわけか。有り得ませんね。しかし敵はフェルマータ、それからクレッシェも背後にいる、か」
五大国が割れたなと、サドンがボソッとつぶやいた。
「サドンさんはどう思います。この塔でも奴らは根こそぎ古書を奪っていきました」
「神がいた時代を探ってる可能性も考えられそうですね。旧い時代からこれから迎える新しい時代までを網羅したいのかな」
「それでテロを仕掛けますかね」
「何かはあるんでしょうね。そこへ来て新たなる魔法の系統樹の発覚。まぁ俺たちライムに戦争を仕掛けるのだから奥の手を隠し持つのは当然か」
「あ、オレは同盟枠でお願いしますね」
「それは無理でしょう。ハロルド様の用心棒をやる限り」
「あー、そうなりますか」
「こき使いますよ、あの御仁は。だが王子のおかげで敵の切り札の手口がわかった。これは大きい。ちなみに無茶を承知で訊ねますが、召喚魔法に類する魔法陣ではないですよね」
「違います。召喚魔法のように移動したり喚び寄せたりは出来ない。あくまで設置型、その場限りでの魔法です」
「なるほど。これは冒険者が動いてないのは、大分助かりましたね」
冒険者の姿を見かけないから、他の可能性を切り捨てて考えられるのだ。
「たぶんアーサー騎士団のダンケ先輩とオードリー先輩、それからトライデントとサマースのおかげだと思います。枢密院殿がそう言ってました」
「ほう、ここでもトライデントが動いてるのか。しかもアーサー騎士団付き。ならば接触してこないということは、既にアート王は確保した可能性が高いですね」
「トライデントが?」
「ええ。王に関してはもう大丈夫でしょう。あいつだけでなくアーサー騎士団もいるなら合流先は自ずとわかりますし」
「はあ」
ならばやることはある意味なくなったとも言える。
アート王の確保がこの城塞都市へやって来た主たる目的であったのだ。
しかしトライデントからは王都に来る途中に貴族という告白は聞かされたが、随分とまた王杖からの信頼が厚いようだ。
合流する場所も定めてないのに、サドンは向こうはその気になればすぐオレたちを見つけられるとも考えてる節もある。
「のこる喫緊はハロルド様ですね」
そう言ってサドンが枢密院殿の方を見た。
何というか――。
最初はオレとクレツキが殺し合わないよう大広間の隅っこに連れてこられたと思ってたのだが、随分と様子が違ったとオレは思った。
「つかぬ事を伺いますが」
「なにか?」
「王杖から見て召喚魔法はどんな魔法ですか」
「移動魔法、もしくは時空魔法を含んだ複合魔法といった感じでしょうかね。契約後も拒否されたりと出現が必ずしも約束されない難儀な一面もありますが、発動した暁には最後、絶対の勝利が約束されている魔法といった感じですね」
「そうですか」
咒札から召喚魔法の流れを汲んでないかと問われて、どんな印象を持ってるのか気になったのだが、世間一般の認識とあまり離れてはいないようだ。だが果たして王杖第三席の魔法の系統樹に召喚魔法は入っているのかどうか。
「王子はどうしてそんなことを?」
「召喚魔法は魔法なのだろうかと、ふと思いまして。呼び名は召喚士、あるいは召喚魔法士。フォルテなら調べる手段があるかもしれないが、今のオレには無理な話ですね」
「俺が召喚魔法の中身に触れなかったのは気づいてますよね」
「ええ」
「召喚魔法は召喚獣との出会いが大切です。出会えなかったら召喚契約できないのですから。しかも実力がなければ召喚契約もしてもらえない」
「はい。ですがそこは先達が紹介したり、先祖の召喚獣を引き継いだりとかもありますしね」
「それですよ」
「はい?」
「これからはそういう流れを辿らないといけなくなるのかもしれませんね。テロリストや姿を見せない二大国が源流と、今後の流れについて調べているのかもしれない」
フッと王杖が笑った。
「ここで第四の物質が識られたと知ったら、テロリスト達はどうするんでしょうかね」
「手札を切るつもりはなかったんでしょう」
「でも実際問題、切りましたよ」
「それはあいつらが見立て違いにもオレのことを勇者と誤解したからですよ」
「勇者?」
「そうです」
「別に誤解でもないのでは? 現在ケルプにいる人材で、異界渡りをしたことのある者など無いにも等しい」
「無い、ですか」
「ええ」
フォルテでは能無しという意味で無いと云われてきたが、そう言われてもサドンの方は困るだろうな。オレが今こうやって交歓しているのは王室外交だ。相手を困らせるための外交をしてはならない。
「ヒュー王子」
「はい」
「それならそれでいいじゃないですか。向こうは手札を晒しても大丈夫だと思ったのでしょう。ただの勇者だと思ったのでしょう。だが実際はあなたは異界を往復した人物であり、フォルテの王子であり、勇者を喚ぶ側の人間であった。そういうことですよ」
「しかし」
「しかしも何も自身ですら二度も異界渡りをした人材なのですよ。そんな人物がここサーバにいたのが奴らの運の悪さなんです」
「いや、逃げるために慌てて手札を切らざるを得なかっただけでしょう」
「追い込んだのは王子とハロルド様ですよ。ハロルド様が止めた、王子が解読できた。向こうもまさかこの魔法陣を止められるとは思っていなかったのでは」
「いや、止められる前提でしたよ。足止めをかけるつもりでこの咒札を使ったのでしょうから。むしろキッチリ罠にかかって喜んで逃げた節があります。むしろ雇い主である枢密院殿がキッチリ防いでくれて、奴らは肩の荷を降ろした感さえありました」
「ほう。足止めなら良し、爆発して死ぬのならなお良しとしたわけですか」
「ええ。ですが足止めが本命ですね。交渉というか会話に乗って来ましたから。まだ何かを狙ってるようでしたが、それはきっと、こんな感じなのでしょうね」
オレが指先にパリッとプラズマを灯した。
バチバチと閃光を放つが、一定の範囲を飛び越えることはない。第四の形態が完全にオレの制御下にあった。
「オレも、枢密院殿も死にませんでしたけどね」
「まったくあなた、いえ、あなた方と来たら、国政会議以降いくら報奨が出てもおかしくないような活躍をなさりますな」
「国政会議ですか…………。そう上手く行くといいのですが」
キャベツが増えてもしょうがないなと思ったのはオレだけで、たぶんサドンはそのままの報奨を思い浮かべてるのだろう。
「私とフォルテの王子がここにいることを知らなかったことが奴らの失態ですね。ここまで明かしてくれたフォルテの第七王子に誓いましょう。ライムの王杖第三席として、必ずこの傷口を彼らの致命傷とします、と」
サドンが腰から短杖を取り出して胸元に置くと、厳かに誓いを立てた。




