第92話 第四の形態 その一
王杖に呼ばれて魔法陣の隅に連れてかれたわけだが、王杖第三席のサドン・バーストはどちらかというと困惑していた。なのでオレの方から話を切り出した。
「止めますか、オレを」
窺うように観ていたのだが、サドンは声を低くして頷いた。
「それは止めますよ。ここでは魔法は使えないはずですよ、王子」
「あー、なるほど、…………迂闊でした。魔石でも使用したということで」
オレは謝罪をしてるように見えるよう頭を下げた。そして挨拶をする。
「クレツキによるとオレには立場とやらがないようなのでね。捨てたも同然の名前だが改めて王族として口上を述べましょう。フォルテの第七王子、ヒュー・フォルテ・ハーグローブです」
「ライムの王杖第三席、サドン・バーストです」
「それで、いいのですか、あいつは?」
ここに呼ばないだけでも不満を募らせそうだ。
「正直、売る売らないとか的外れなことを言い出してますからね。そんな説得する時間が惜しい。彼の急ぎ方と我らの急ぎ方はちがうと思われますが」
「なるほど、話がずらされますし、まずは敵のやり口について共有したいのですね。わかりました。急ぎましょう」
「その前に一つ、星読みの塔が動いたのは王子がしたのですか? 魔法か召喚魔法で?」
「魔法でも召喚魔法でもありません。特殊スキルです」
「ああ、異界渡りで身につけられた例の勇者スキルですか、変身とか云う」
「勇者はよして下さい。特殊スキルということで」
「わかりました。ではそのように」
「ご明察通り、その特殊スキルで塔を回しました。くるっと百八十度回転させるという形で」
「それはまた…………変身とは色々な変わり方があるのですね。私が聞き及んでいた話だと、王子のスキルはてっきり生物に変身するスキルだとばかり思ってました」
「変身にも色々あります。こういう事も出来るということです」
「すごいですね」
「それだけ攻撃的なスキルではないということですよ。フォルテでは外れスキルと言われてました」
王杖は首を振った。
「でもそのスキルで時間を稼げたのでしょう。外れなどではありませんよ。要は使いようです。ところで王子のそのスキルでこの魔法陣を無害化できませんか?」
サドンが石の床をタンタンと靴の先端で叩いて靴音を鳴らした。
「これにですか」
オレは足下の先に流れる魔法陣を見下ろした。魔力がゆるやかに廻りながら深紫の煙を繊細に立ち昇らせている。この煙が横に流れてずれる速度が、魔法陣の中を回っている魔力の速度なのだろう。
「正直、魔法陣に手を加えた途端に爆発でもされたら、枢密院殿が大変なことになるので試したくないですね」
「ということは解読は問題なくお出来になる、と。ではスキルではどうでしょう。スキルでも難しいですか」
「いやいや、安請け合いは難しいということです。これでも苦労してるのでね。確証がないままに動くにしては枢密院殿の命が重すぎるというのもあります」
「なるほど。それはそうですね。やはり何はともあれ魔法陣の解析が先、ですね」
「それと会話についてなのですが、廻りには対等に話してると思われるやも知れませんが、そこはサドンさんから許可したという事でよろしく頼みたいのですが」
「わかりました」
オレと王杖は頷き合って二手に分かれた。
魔法陣には流れがある。魔法陣の要となるべきその場所から魔力を込めて術者は己の意をその魔法に与える。だがこの魔法陣はすでに閉じられた状態にあり、魔力の供給も流れの変更もありえない。
だがこの魔法陣は初期設定において、この魔法陣の上にいる魔力を持つ者から魔力を抜く効能を与えられている。
さきほどまで尿意に苦しんでいた枢密院殿の小便には魔水が含まれており、その一滴の魔水にさえも魔法陣は反応していた。深紫の煙が捕らえて魔力を抜こうとするのだ。
それがどこに溜め込まれるのか、その場所を探してるのだが流れるばかりで貯蔵する場所がない。
この魔法陣観察は難儀なことになりそうだと、片っ端から読み解くつもりで行くかと心を決しかけると、向こうからサドンに呼ばれた。星読みの塔の階段を上らずに、そのまま大広間側をあるいて数歩のところだ。
「こんなところにあったのを、よくすぐに見つけられましたね」
この場所だと階段を上るためだけに近寄る場所であり、それ以外の意味は持たないところだが、ここに王杖は目をつけて実際におかしな陣組を発見していた。
透明な燐光の中に、ときおり魔力が通過することで文字が煌めき、そこに刻まれた術式そのものが光に当てられて美しく石の床に浮かび上がる。
「俺には読めないのだが、どうだね」
「オレにもすべては読めませんね。ですがある程度なら読み解けるような」
「ほう、ぜひ聞かせてほしいね」
「読み解けない理由は王杖もご存知でしょう。わけのわからない言葉とその言葉に対応する術式が組み込まれているからです」
「ええ」
「ひとつはプラズマ、そう書いてあります」
「やはりそんな感じですか。しかしそれはまた聞き慣れない言葉ですよね」
「はい、おそらく新しい概念かと。そうですね、例えば普通の魔法陣は、魔気、魔水、魔素以外の何かを対象にしていますよね」
「ええ」
「ですがどうもこの魔法陣は、物質の三態、それ以外の形の物を対象にしてるように思えます」
「物質の三態…………それ以外の形?」
「新たな物質の形態ですよ」
「まさか」
そういってサドンが眼を剥いた。
王杖が驚くとは珍しいものを見てるのではなかろうかと、そんなことを思いつつオレはサドンを待った。
「固体、液体、気体、これはフォルテから持ち込まれた概念ですな」
「はい、オレの母ですね。まあ聞いて下さい。世の物はすべて魔気、魔水、魔素、物質はこの三態から出来ていると、これがケルプの常識です。ですがこの咒札から生まれた陣組は第四の物質の形を提示していると、オレは読み解きます」
「根拠はあるのですか。いや、そのことを問うこと自体、もしかしたらフォルテの禁忌に触れるのかもしれませんが」
「読めませんか、本当に?」
「魔気から何かに持ち上げてるのはわかりますが、そのまま消えてしまうのでは読めませんよ」
そういってサドンは深紫の煙を観た。
たしかに実際としてその第四の形態があるとするなら、魔法陣を巡る魔力によって、陣内の魔気から持ち上げられたそれが中空に消えてるようにも見える。
だがそれが落とし穴だとオレは思う。対象の感知と魔力を引きずり込む二つの要素を併せ持つ深紫の煙は、このあと脱化という工程を経てふたたび魔法陣に帰陣している。
だから常識のある人には読めない。類推から断じることも出来ない。そう思わせられるのである。
この咒札を作成した人物はよく人間を観察している。王杖でさえ、動きとしてわかっても理解は出来ずにいる。だがオレには召喚魔法の特典でもある、位相をずらす深度一がある。
試みに潜って、実際にこの術式を試してみると、脱化をふせいで魔気を浴びせた途端に突然に魔気が弾けた。あとには魔気で再現した魔法陣がかけらも残っていない。
小太郎と天道神さま、それから時量師神さまが召喚の場から観ておられるが、特に何かを言ってくることもない。オレも独りごちた。
(随分と高火力だな。そして箱に手を突っ込んだ枢密院殿の推理が当たっていたことも実証された)
未だ爆発の余韻でプラズマがスパークしている。
このプラズマ、確かに爆発と同時に四囲にはじけた。しかも高温、高圧、高威力と三拍子そろっている。
オレは急いで通常空間へと戻る。そのうえで予測という形で王杖に伝えた。
「このプラズマですが、おそらくですが相当な高温、高圧、高威力になると思います。たぶん、この魔法に相性が良いのはサドンさんになるのではないでしょうか」
「私が?」
「はい。魔気からでしか読み解いてはいませんが」
王杖があごに手を添えた。そして尋ねる。
「魔水ではどうなると予想します?」
「おそらく方向性が違います。液体を凍らせるのとは逆に物質の状態を誘導してるような気がするのですが、うーん、ちょっとわかりません」
魔法陣からの陣組では、プラズマへの枝分かれは魔気からしか組み上げられていなかった。他の状態からのプラズマ化だとどうなるのかは確かにオレも興味はあるが、高温な状態なので固体からにしても液体からにしても、いったん気体になってからでないとプラズマになれないのではないかと思う。
オレならあの魔法陣をそう読み解く。
しかしそれをここで言う必要はないし、敵の手札の読み解きという部分では十分であるはず。
「少ない時間ではこの辺が限界でしょうか。申し訳ないです」
「なんの。ここまでわかっただけでも上出来ですよ」
そしてサドンは魔法陣を視界におさめながら、ヒューに笑いかけた。
ライムでの歓迎式典の時に比べて、随分とやつれの色がなくなったように見える。
このまだうら若き青年は、異国の地に流れて来てからというもの、サーバの国政会議以降頻繁に目にし、耳にする。こうしてかたくなに己の存在価値を提示し続けているのだ。その懸命に立つ姿をみて思う。
ここに敵への切り札がある、と。
テロリスト達にとっては、咒札によるこの魔法陣は伏せたままで見破られるはずのない魔法陣であったであろう。だがその陣組を、このうら若き青年はわずかな時間で読み解いてしまった。
テロリスト達の念頭にないフォルテの召喚魔法士の存在。
敵からすればただの枢密院の従者に過ぎないはずの彼の存在が、敵にとっては大いなる誤算なのだ。
ヒューにわらいかけてた笑みが、いつの間にか自分への自信の笑みにすり替わってることに気づいて、王杖は自らに苦笑した。
一万字を越えてたので二つに分けます。読みやすく感じていただければ良いのですが。




