第51話 ロッド先生からのお達し
「貴公ら、酒臭いぞ」
「すみません」「え、わかるんだ」
バカ、とサマースにこそっと怒られた。が、その声もよく聞こえたようだ。
「並べっ」
耳をピクピクと動かしたオードリー先輩に整列させられた。すると街の向こうから息せき切って駆けてくるもう一人の先輩の姿があった。
ダンケ先輩だ。
「どこを見てるにゃ!」
「はい」「は」
それからオードリー先輩に、こんな場所で剣を振りかざすとは何事かと説教を受けたわけだが、ダンケ先輩の足は十分標準的な速度は出ているのだろうが、遅い。頭を何度も上げ下げしながら、早く来てくれないかなとオレは思った。
心なしかどこかから「あ」と驚いたような声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。リアがここいらに居るわけがない。
そして更なる小言を幾つかいただいて、ようやくダンケ先輩がこの場に辿り着いた。
「まぁまぁ、オードリー。俺から言い聞かせておくから、先に先生に一報を入れておいてくれっ、ないかっ」
息を切らしながらダンケ先輩が言った。猫人族に振り回されたら大変だったろう。なにしろオードリー先輩は道場でも一、二を争う俊敏性を持つ人だ。
「わかりました」
そういってオードリー先輩が目礼し、サッと身を翻して道場の方に駆けていった。
ふう。
ダンケ先輩のおかげで助かった。
「さて」
そう言ってひと睨みされた。
「剣を佩け」
「佩け?」
「腰に差せってことだ」
「ああ、吊るすってことですか」
「もっと格調高く言えい。アーサー騎士団を目指してるんだろうが」
いや、別に目指してないのだが。
それに練習用だから胴着袋と一緒に肩に担ぐんだが。
知らんわけでもなかろうに…………。
「わかりました。腰に差します」
サマースがペコリと頭を下げたので、オレもそれに倣った。
胴着袋が存外に重い。肩に担げずに手で持たざるを得なくなると、地味にずしりと手と腰に負荷がかかる。懲罰なのやもしれぬとオレは思った。
「佩いたなら行くぞ」
「え、どこに」
「道場だ」
「あ」「あ」
オレとサマースが申し合わせたようにアイコンタクトしかけたのだが、双方とも振り返るのを封じられた。ダンケ先輩がにこやかに、もうひと睨みして来たのだ。もっともここで目配せを交わせたとしても、お前どうにかしろと互いに火花を散らすだけだったのだろうが。
しかし今日は道場にとっても行きづらい。なぜならさぼってラガーを飲んだからだ。それも二回…………。
猫人族のオードリー先輩には見抜かれたが、人族のダンケ先輩には匂わぬようだ。雨よ、ありがとう。
「話を聞かせろ」
ダンケ先輩がにこにことコンドルのように両手を広げてオレたちの肩をガッシリとつかみ、万力のような馬鹿力でアーサー道場に連れてかれた。
その後こってり怒られた。
午後の道場の練習が終わり、練習生も三々五々に帰っていく。先輩方にこってり稽古を付けてもらったオレたちが汗みずくになってアルコールを飛ばされ終えると、オレたちの元へロッド先生がやって来た。ロッド先生はあちこち身体を腫らしたオレたちの姿を見やると苦笑しつつ、穏やかに話しかけて来た。
「バイコーンが出たのは本当か」
どうやらロッド先生から雷は落ちないらしい。オレとサマースはホッとして返事をした。
「はい」
「二人でやったのか」
「あー」
とサマースがオレに「どうする」という眼を送ってきたので、
「はい。サマースが頑張ってました」
と返事をした。
うむ。サマースが頑張れと声援を送ってくれてたのは間違いない。するとサマースに咎められる眼を送られたが気にしない、気にしない。
手柄はすべてお前のものなのだよ、サマース。
あんな馬一匹、どうということもない。
何せオレはこの地を離れる気はないのでな。リアが一番なのである。
「やれやれ、困ったものだ。王位継承の儀式もあるというのに、こんな時に魔物の活性化が間違いなくなるとは」
「バイコーン一匹でそんな大事になるんですか?」
「ああ。ただし一頭ではないだろうな。世界各地に出てるはずだ」
トライデント以上に知ってるはずと思ったロッド先生は詳しい説明をしてくれなかった。騎士団案件というやつなのだろう。
気を取り直して、サマースが訊いた。
「バイコーンの数え方って頭なんですか?」
言われてみればそうだな。
「匹でも間違いじゃないが、バイコーンは馬の魔物化だからな。アーサー家では頭が普通かな。馬は農作業や移動でも活躍する親愛のある存在だし、お前も今後貴族とのつきあいが出来るだろうから格調高く頭と数えた方が侮られずに済むぞ」
「俺がですか?」
「今は枢密院が抑えてるが、サマース、お前は目立ちすぎた」
そう言ったロッド先生が、何故かオレに鋭い眼を配った。
「何でしょう、先生」
「ヒュー…………。まあいい。お前達、さきほどロランさんの橋の袂で稽古をしてたそうだな」
「はい」「あ」
「見せてみろ。ついでに噂の元となった背反世界とやらもな」
「わかりました」「はい」
サマースが返事して、ロッド先生がなぜか驚いていた。
「サマース?」
「はい」
「いや、いい。ではやってみようか」
ロッド先生があごに手を添えて悩んでた。
ああ、そうか。ロッド先生はサマースの使える魔法の属性が土属性だけだと思ってたんだな。つまり、真意はわからないだろうが、からくり自体はロッド先生にほぼバレているわけだ。
「…………」
はじめ、とロッド先生から声がかかった。と同時にオレは動いた。
「背反世界」
「あ、ヒュー、てめえ」
小気味のいい音が連続してサマースへと入って行く。サマースは最初は適当に撃ち合って、どうする? と眼で相談をしたかったのだろう。その目論見を外されて怒っている。
「ぬ」
「今頃気づいたか。さっきは撃たせてやっていたのだ」
ロッド先生は国政会議の場でオレが背反世界を発動したことをわかっている。ならば遠慮することはない。先程は魔法を覚えたてのサマースに感覚をつかませるのが目的だったから、魔気を動かさせてやっていた。さぞ気持ちよく撃ててたことだろう。その借りを今この場で返してもらおう。
オレは懲罰のために先輩方に可愛がられてた分も込みで、サマースとのこの戦いで溜めてた物を解放しようと思った。
「貴公の介入は数合の撃ち合いで見抜いたと思ってたのだが」
それはそうだろう。最初に線を引いてから、その線をオレは動かさなかったからな。制限内での力の限りを尽くし、工夫を凝らしていただけだ。だがそれを教える必要もないので返事もせずに、サマースが加速するのを無理矢理停止させる。
「あっ、貴様」
「フハハハハ。甘くはないのだよ、甘くは。元祖背反世界の威力、とくと知れい!」
論より証拠である。
バシバシと動きの遅くなったサマースの身体を打ち据えてゆく。だがその攻勢が撃ち降ろしたところで封じられた。なぜかオレの身体の動きが意に反して動かなくなったのだ。動いているのだが遅い。遅すぎる。
なぜだ。
そう思って身体の確認をしてると、風が、風がオレの頬をかすめていた。
「もしや」
「ふははは。誰が全力だと言った」
こいつも手加減してたらしい。そこから先は本当の意味での全力全開であった。
道場でなら雨もないので傘もつくらずに済む。
自分の身体を風で加速させながら、サマースの邪魔立てする風を食い止めんとする。するとサマースは風すらもフェイントを掛けて横合いからひと殴りした後に押し込んでくる。
そこからは風が入り乱れた。相手の邪魔をするのが難しくなる。それはサマースも感じたのだろう。互いの背反世界をかけ合うと、そちらに意識がさかれて本来の剣術の方が疎かになってくる。これでは背反世界の意味がない。
「この野郎、うまくなりやがって」
「お前こそ腕を上げやがって」
どうやら背反世界は人知れずこっそり使うのが、やはり正解のようであった。同じことをできる者同士が同じことをやっても、互いの利点を消すだけで、知恵を絞るわりにリターンが少なくなってしまう。これでは魔法の意味がない。
そこからは簡単であった。
オレは自分の剣にのみ風を乗せる。サマースも同じ結論に達したらしく、剣速が上がって剣での攻防が加速した。
呼吸を止めての、息も吐かせぬせめぎ合いである。
動けば邪魔をされるなら、そしてその効率が悪いのなら、後は足を止めての撃ち合いしかない。
本当の意味での攻防が始まった。
一瞬でも目を離すと撃ち抜かれる。
それは昏倒することを意味していた。やわらかな練習用の木剣とはいえ、さすがにこの速度でいいのをもらったらタダでは済まない。
それまでの瞬速の攻防からベタ足の真っ向勝負になった。
ひたすら撃って撃って撃ち抜いている。ことごとくを剣で弾かれ、ことごとくを剣で弾き返し、互いの身体に届かない攻防が、速度を加速させてつづく。
「おおっ」
と押し殺したどよめきが道場の後ろから聞こえて来た。練習が終わって井戸端に行ってた練習生がもどって来たらしい。そう思って撃ち合いつつも身体をさばくと、体を入れ替えたその先に、ダンケ先輩や先刻までオレたちを可愛がってくれてた先輩方がいて、オレたちを見学してた。
「やめい」
ロッド先生のその声に、オレたちは撃ち合いをやめて剣を正対し、スススと身を引くと、互いに木剣を腰に差しなおしてロッド先生の方へと向き直った。
ロッド先生が後ろにいる先輩方に注意する。
「貴公らも懲罰を受けるか?」
そう尋ねられると蜘蛛の子を散らすように先輩方がいなくなった。薄情な先輩方である。先程は楽しそうにオレたちへの懲罰をしていたのに。
するとサマースがオレの元へとやって来て脇腹を小突いた。
「どうした」
「しっ」
いや、話しかけといてそれはないだろうと思ったが、サマースは直立不動の姿勢でロッド先生を向いていた。
オレもそちらへ目をやると、ロッド先生が頭を抱えていた。
あ、ヤバイやつだ。
一瞬でオレにもそれがわかった。オレも直立不動となって、ロッド先生が何かを言うまで微動だにせず居た。
そして息が詰まるような時がいくばくか過ぎ、ロッド先生が重い口を開いた。
「このような調子で道端で撃ち合ってたのか」
「「…………はい」」
事実は事実だし、そこは曲げられぬ。不穏な重苦しさが伝わり、サマースが喉をゴクリと嚥下させた。
「バイコーンの件もあるし、国政会議での件もある」
おお。
今でこそ懲罰されてるが、事情があるのも勘案してくれてるようだ。オレはロッド先生に期待した。
「結構な活躍だったと巷でも噂になってたが、しかし、道端で嬉々として撃ち合うなど、貴公らのような道理知らずは、騎士団に入れるわけにはまいらんな」
サマースが、アーーッと叫びたくなるようなショッキングな顔をした。
オレも騎士団には入るわけには行かない身だが、オレから断るのではなく、要らないと云われるのは中々に衝撃的であった。
じわじわとその塊が胃の腑に落ちてくる。
く、悔しい。思ったより悔しいぞ。
「今後、貴公らは俺の許可なく外で撃ち合うことを禁じる。撃ち合いたければ道場に顔を出せ。いいか」
「「はい」」
そうしてサマースは肩を落として自分の家へと帰っていった。人は本当に落ち込むと、周囲のことが見えなくなるようだ。気落ちするなと声をかけてみたが、サマースは手を挙げることすら出来ないようだった。
◇
ついでに告白すると、帰宅後、オレはアンナさんからの出迎えを受けた。
そして屋敷に入らせてもらえず、なぜか玄関の前で直立不動で立たされた。
それからアンナさんがリアも連れてきて、リアが普段は行使しない機械召喚を行使して、ナノサイズの機械生命体が、今か今かと円を描いてゆるりと回転し、オレの背中に冷や汗を掻かせるほど威嚇していた。
そう。リアは召喚契約は失敗したが、残る頭部と胴体とで、わずかにだが契約に成功した群体がいるのだ。それが機械生命体。母さまの未来召喚にも似た、オレともまたちがう、未知の召喚魔法だった。しかし――。
「つ、使い方が間違ってないか?」
「何をお気になさるのでしょう。私たちのことをお気になさらなかった兄さまが」
「はて?」
「思い出せませんか?」
「うむ。ちっとも」
「ではトライデントさんから何か頂きませんでしたか?」
「げ」
「ネタはあがってるのですよ。サマースさまとアカイカ尽くしを堪能されたことも」
「なぜそれを」
「アンナさんから聞きました」
アンナさん、仕事できすぎです。
そして今宵はオレの夕御飯のお刺身が、一品少なかった。




