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第50話 家政婦は見た、妹は聞いた その三

 疎林からダルマーイカの街へと至る端境に入ると、雨の滴る橋の向こうで、兄(あに)さまがいいように木剣で撃たれているようだった。

 撃ち合う音自体はずっと続いている。それは雨音の中でも重なり合うように遠くこちらまで響いて来ており、木と木のぶつかる激しい音は、これがたった二人で撃ち合っている音なのかと、知らなければ二人の撃ち合う音ではなく、道場の練習生達が橋の近くで集団で稽古してるのではないかと思えるほどであった。

 そんな息つく間もなく連続する音を紡ぐ二人の動きに関しては、


「間近で見たらわからないわね。遠目で見てようやく、と言った感じ」


 と目の見えない私に代わってティナさんがそう評しました。

 私は音に思います。

 遠目で見てようやくその動きがわかるほどなのか。そんなにすごい速さなのかと。

 私は絶える事のない剣戟の音を聞きながら、その事を胸に刻みました。


 改めましてこんにちは。フォルテの第二王女リア・フォルテ・ハーグローブ、この土地での名はリア・エイオリーです。


 私は召喚の儀における失敗で両の目を失ってるので、その光景を目にすることは出来ません。ですが、たった二本の木剣が鬼気迫る勢いで絡み合い、撃ち合っているのはわかります。時に激しく、時に静まり、速まったり遅くなったり、遅速をもって相手を制そうとしたりもしてるようですが、それでも激しい音は私の耳にずっと聞こえて来ています。


「兄さま、大丈夫なんでしょうか」

「旗色は悪いわね。相手はアート王を護った剣だもの」

「ハロルド枢密院ではなくて?」

「アート王の密書から始まったのよ、リアちゃん」


 なるほど。そういう考え方ですか。

 ハロルド枢密院を護ったのではなく、アート王を護った、いわば護国の剣だというもっと大きな視点での考え方ですね。


「そうですね。そして密書の件は決して表に出ることはなく、ただ、アート王を護った剣として世間では受け止められるのですね…………」


 そしてこの物の見方には、この場に居るわたしたちの体裁についても考慮なされているのでしょう。雨の中を、娘が三人もそろって撃ち合う二人の道場生を眺めているわけです。ただの町娘の身としては噂話として話し込んでる体(てい)の方が良いのでしょう。でもそれは形ばかりのことです。

 兄さまの本当の目的は、妹である私の身の上にあることに揺るぎはありませんでした。

 兄さまは異国の地で、私たちの居場所をつくるために今もアーサー流を学んでいるのです。この伝統の剣術を学び取るために、これほどの攻めを受けつづけていかなければならないのです。

 私を護るために、アンナさんを護るために、そして前線に立ち続ける自分を護るために、あれだけ撃たれなければならないのでしょう。召喚魔法ではつかぬ体力と身体能力を高めるために、毎日まいにちこうして私たちに内緒でこれだけ撃たれ続けいているのです。


「…………」


 言葉をなくしてしまいます。

 今このときも肌を撃つ、目の覚めるような音が届くのです。普段は絶対に聞くことのない兄さまの呻きと悔しそうな吃音が喉元からこぼれてます。



 世界最強と謳われるフォルテの第七王子が…………。

 しかもフォルテでも類を見ない降霊召喚の遣い手である兄さまが…………。



 私はグッと口元を引き結び、考えます。

 降霊召喚のことを…………。

 兄さまが説明が下手だっただけに、フォルテ国内の貴族の方々には蔑まれてしまったけれど、評価をしてくれる人も中にはいました。

 滅び越えの龍、ダブルリグレットを召喚する父さまと、星渡りの龍アクロス・ザ・ユニバースを召喚する王廷守護隊の九番隊隊長、ガイ・ガー隊長、この二人です。

 この二人だけは兄さまの降霊召喚を認めてくれていました。兄さまの召喚陣を見て、わからん奴は大したことがないと思うだろうなと、父さまは私にだけはこっそり教えてくれました。

 もっとも、反抗期をこじらせた兄さまは父さまに腹を立てていましたけれど。

 それでもこの二人だけは間違いなく兄さまを認めてくれていました。そして思うのです。この二人が、父さまとガイ・ガー隊長が今の兄さまを見たら、どう思うのだろうと。


 私は耳をすませます。


 雨が兄さまとサマースさんの身体に当たっています。身体を叩く音に変化があったのです。先程まではおそらく雨を魔法で防いでいたのでしょうが、今はそれをやめてしまったようです。魔力がきついのか、そんな事に構っていられないほど撃ち合いに集中しているのか、目の見えない私にはそこまで察することは出来ませんが、いつの間にか魔法の枠を超えて、己の肉体の耐久性も含めて勝負をしているというのはわかります。


 あ。

 いま笑い声が混ざりました。兄さまの笑い声です。


 何をやってるのでしょう。

 無謀なことです。

 ですが男の子のやることのようにも思えます。


 木剣が雨をはじく音が風切り音と連なって、私の耳に届いて来ます。そして木剣同士の重なり合う音がしなかった時には、必ず骨と肉を撃つゴツゴツとした重い音が届いて来るのです。

 これは聞いてるだけで本当に痛そうです。

 そしてこれだけのことを日々こなしていても、兄さまはいつも帰ってくる時はにこやかに帰って来ているのです。今日もきっと、兄さまは笑顔で帰ってくるのでしょう。


 ですがこのような実態を知ってしまうと、正直、兄さまが家に帰ってきたときに何と言えばいいのかがわかりません。


 兄さまは家に帰ってきても痛いと言ったことはありませんでした。辛いとも、やられたとも言ったことがありませんでした。気の合う友達が出来た。そいつより上を行ってやった。そんな景気のいい話ばかりを私たちに聞かせてくれていました。でもそれは、一時の勝ち筋を拾ったときの話なのだろうと、今はわかります。その勝ちを拾うまでにこれだけの敗北を兄さまは喫してるのだと私は、私たちは知ってしまいました。


 それでも兄さまはアーサー道場に通います。王室外交のなけなしの扶持から、お金を工面して通います。アーサー道場に行くたびに、訓練用の柔らかな木剣とはいえ、木の剣で打ち据えられるために通うのです。

 そうして撃たれて撃たれてようやく今の域まで剣の腕を磨き上げたのでしょう。

 やられれば痛い。撃ち返そうとしても痛い。

 それはそうです。

 撃たれた隙をついて撃ち返すのですから。痛みは身体に刻み込まれているはずです。それでも兄さまは高笑いしながら隙アリと撃ち込んで行くのです。


 お前の木剣など効いてないぞと痩せ我慢をして――。


 そんな音を拾うたびに、痛みを堪えてよくぞ撃ち返しましたと、不遜ながらもそう兄さまを褒め上げたい心持ちになります。

 思わずポツリとこぼれました。


「いま私たちは、永遠に輝くような、そんな、とても尊い音を聞いているんだわ」

「リアさま?」

「アンナさん、私いま、とっても嬉しいの。目をなくした私の目には見えないけれど、兄さまが決して私たちに見せようとしない、かけがえのないものを、今、私は目の当たりにしてるんだと」

「リア…………」

「私、死んでも忘れないわ。この日、兄さまが全てを受けて、受けて受けて受け続けていたことを」


 私は自分以外の誰かを望むべくもなかった。

 四肢を失い、目を失い、召喚獣との契約にもほぼ失敗した。相手の召喚獣が特殊だったから、わずかに召喚は出来るけれど、それでも自分の身ひとつ処せない自分はこのまま死んで行くのが自然であった。


 私の胸の内には、申し訳なさと嬉しさと、悲しさや痛みや喜びが、およそ人が感じる感情のあらゆる物が渦を巻いて混在し、同時に存在している。


 私は――。


 私は、兄さまを恃(たの)みにするその尊さを、誰よりもよくわかっている。



 ◇



 二人の若者が見せるはつらつとした姿に目を奪われつつ、それとはかけ離れた感慨がアンナの胸にわいた。その感慨とはもちろんヒューの事であり、遠く離れたフォルテでの事でもあった。


 フォルテにおいては色々とあったが、何よりも転機となったの第三王妃のサーシア様が亡くなられたことだ。サーシア様はヒューさまが八歳の時に亡くなられた。以来、ヒューさまは他の王子を推す他派閥の貴族から、その怒りと嘲弄をひとり矢面に立って受けられ、打たれつづけて来た。その間およそ九年にも及ぶという長い間である。

 ヒューさまの少年時代は溟(くら)いものだった。それこそリアさまがいなかったら、ふとした拍子に自決を選んでもおかしくないほどに。

 そんな少年時代を過ごし、青年となり、いつのまにかサーシア様が亡くされた時より長い時間をヒュー様は生きてこられていた。


 ヒューさまは、その間ずっとひたすらに耐えてきていたのだ。


 突然に、今さらながらだがその事に私は気がついた。


 十七歳という時期は、普通の人なら咲き誇る花のようにその青春を謳歌する絶頂期といっても良い時期である。しかしヒューさまはその青年期に、王族という立場があるだけで、派閥の貴族から次々と袂を分かたれ、他派閥の貴族からは終わった者として蔑まれ、どこへ行くにも針の筵という中身は暗黒のような日々があるだけであった。素晴らしい幼少の時代よりも、辛く苦しい時代の方がもう長くなっていたのだ。

 少年期には貴族から嘲弄され、青年期には母国を追われ、辿り着いたこの地においてようやく今は…………、いえ、今も剣によって撃たれている。


 盛り返したと思ってもサマースさんにはすぐに対処される。

 十本勝負で見るなら、ヒューさまが二で、サマースさんが八と言ったところだろうか。雨に打たれて身体は冷えるだろうに、ヒューさまの腕周りは赤い。サマースさんの木剣にそれだけ撃たれているのだろう。


 あれが――。


 あれがどれぐらいの痛みなのかを自分は知らない。

 どれぐらい身体の芯に響いているのかも自分は知らない。

 それがどれぐらい痛みや疲労となって蓄積してるのかも知らない。

 その刻み込まれた痛みがどれだけ続くのか、どれだけ動きの阻害となるのか、そうまでしてやらねばならないという立ち位置にまで追い込まれているのに、どれだけ心を削って生きているのか、その総てを自分は知らない。

 ヒューさまは召喚魔法の遣い手だった。

 本来なら一生その召喚魔法を遣うこともなく、王宮に陣を構え、そして王家を守るために存在する、隔絶した力を持つ王廷守護隊によって守られるべき人物であった。


 そう。


 手に入れた召喚魔法も、異界渡りのスキルも、本来なら王家の者だけで秘匿し、些事はすべて王廷守護隊に任せておけばよかった方なのだ。

 そんなヒューさまが、剣など手にしたこともなかったヒューさまが、今もまた撃たれて撃たれて剣を学んでいる。刻みつけた分だけその威力を学び、その痛みの強弱でさえ身体で覚えてゆく。どれが痛いのか、効くのか、回復するのか、その痛苦を分析し、覚えながらも身体を動かし、そこから自分ならどうするかどのようにすべきかと、途方もない微調整を繰り返して剣を練りあげていた。途方もない作業であった。

 剣など持ったこともない男が、妹を守る、その一事のために、ここまでその身を晒して血肉に変えているのだ。


「あ、またやられだした」


 ティナの声が耳に届いた。

 そして再び守勢に回ったヒューさまの姿を疎林越しに眺めやることになる。正直ヒューさまのああいう姿を見てしまうと、メイドとしての自分ではなく、子供時代の姉貴分につい立場を変えてしまい、しっかりしろと叱咤をしたくなってしまう。


 今思えば――。


 二人の母親であるサーシアさまが亡くなられてから、その傾向は特に顕著になったように思える。

 歯がゆいのだ。

 スキルの本当の凄味を、降霊召喚の本当の力を、それらをただ見せさえすれば、現状のような距離を置かれるようなことにならないと私は思っていた。

 フォルテでもまだまだ挽回できると、そう信じていた。

 しかしヒューさまにはそんな機会は訪れなかった。一度ついた貴族からの評価は、戦争でも起きない限り覆るわけもなかったし、誰も見ようともしなかった。


 私は歯噛みする。


 物思いに沈んで心が揺れて、また同じ答えに帰結して、そして激しく撃ち合う音に目が覚めて私は再びヒューさまに眼を吸い寄せられる。

 ヒューさまは頑張っておられた。

 時折小細工してサマースさんへと手痛い反撃をする。だがそれもすぐに対処されて、また撃たれて撃たれて撃たれはじめる。今はその一進一退、いえ、二進八退の繰り返しであった。

 これがフォルテの第七王子、ヒュー・フォルテ・ハーグローブの現在の姿であった。


 剣戟の音はつづく。


 異国の地で、己の無力を力に変えようと、この音の一つ一つがヒューさまが懸命に努力をつづけている証であった。

 ティナ嬢の治癒代金を報告もせずに自分のポッケに入れたのは、家主としてどうなのと、ヒューさまではないが説教を脳天に刻みつけてやらないとと思ってしまったわけだが、出張った先でこういうひたむきな姿を見せられてしまうと、ここに来た目的を見失ってしまいそうになる。


 真っ赤に腫れ上がった腕は持ち上げるのもしんどそうだ。それでもヒューさまはサマースさんにどうにかして撃ち込もうとしている。

 サマースさんもあちこちが傷だらけだ。木剣を頭でいなしたりして、そんな技を使ってるせいで額回りが真っ赤に腫れ上がっている。

 いつの間にかふたりとも意地の張り合いで、真正面からのせめぎ合いになっていた。



 ふと肚(はら)が据わった。

 こちらも真正面から行かなければいけないのだ、と。

 何がどう動いてそうなったのかはわからないが、私も、ヒューさまのこの姿を見て決めた。決めざるを得なかった。



「きちんと、きちんと叱ってあげないと駄目ですね」

「はい。よろしくお願いします」


 間髪入れずにリア様からそんな返事が返ってきた。

 自分の声も怪しいが、リアさまの声も鼻声であった。

 リア様が何を思ってるのかはわかる。

 わかるのだ。ヒューさまの為されている事は、何もかもがすべて自分たちへの密やかな配慮であると。

 だからこそ声を大にして言いたくもなるのだ。ヒューさまにはまだまだ隠し技があるのだぞと。風魔の忍術を出せばそれでまた圧倒できるんだぞと。降霊召喚を使えばこの世に敵などいないのだぞと。

 だがヒューさまはそれをしない。する素振りさえ見せない。

 この星の一つの流派を修めるのだと、大師匠の小太郎にそう命じられたからだ。

 大師匠は言った。

 基本となる武芸を修練すれば、周囲の人間はヒューさまをその道の人間だと眺めるようになる。そしてそれが続けばやがてアーサー流の人間であると、そのような目で評価するようになると、そう仰った。そしてアーサー流の人間と見做されれば、いざ鎌倉の時には、より風魔の忍術が活かされるようになる、とも。


 落ち着きましょう。

 これは些事ですね。本質ではないです。


 敵持(かたきも)ちの身として、そうして始めたアーサー流ではありますが、母国を追われ、異国の地に流れ着いたおかげで得た、思わぬ好転でもありました。それだけではないですね、副産物もありました。


 そうです。他ならぬサマースさんです。


 ヒューさまは――。

 ヒューさまは異界渡りから還って、誰しもがどんな力を手に入れたのだろうかと勇者の力を期待していた中で、失敗を演じました。帰還パーティーに参加している誰かにでも変身すれば良かったものを、あろうことか蠅に変身なされました。おかげで汚いだとかバカにしてるのかだとか、貴族たちから総スカンを喰らってしまいました。

 フォルテにおける自身のこの浅薄な行いによって無能扱いされ、そこにリアさまが召喚の儀が失敗に終わったことにより、第三王妃の派閥は事実上瓦解しました。特にリア様は召喚失敗の代償として四肢と眼を失われ、日々の暮らしさえままならぬ事となりました。その妹姫を護るために、ヒューさまは表舞台に立ち続け、ただでさえ悪かった評判を地の底にまで落としました。

 恥知らずだの、無能が国民の前に姿を現すななど、いるだけで王家の威光に傷がつくと軽んじられました。


「リアはオレの無様を取り返すために、無理をしただけだ」


 そんなことを平気でうそぶくヒューさまに、周囲の者は軽蔑しました。だったらなんで止めなかったのか、と。

 自分の無様は自分で贖えと、誰もがそう思いました。

 そうしてヒューさまは常にリアさまの壁となり、袋叩きにされることでリア様へ向かう悪意から彼女を護り、自分を冷え切った眼にさらしつづけ、誰にも相手にされない日々を何年も過ごしました。



 ヒューさまに――。


 友達など望むべくもなかった。



 それはそうだろう。サーシアさまも鬼籍に入り、そんな旗頭をうしなった第三王妃の派閥に価値を見出す者はなく、能力的にも無能をさらしつづけるヒューさまと、四肢と眼を失ったリアさまとにわざわざ交誼を結ぶぐらいなら、他の王位継承の目のある王子王女たちと交誼を結んだ方が遥かにマシだと誰しも考える。

 人の命は短い。割ける時間など決まっているのだ。

 王族だからといって、どの王族でも良いというわけではない。


「…………」


 そんなヒューさまに、打算も目論見もないただの友人が出来たのだ。今もサマースさんに一方的に撃たれている。でもだからこそヒューさまはアーサー流以外の自分の技を出さないのです。アーサー流の達人にアーサー流で挑むのです。


 かけがえのない友達だから――。


 雨が降りつづける中、いまこの時も嬉々として笑いながら撃ち合っています。本当の意味での友と呼べるような、そんな素晴らしい出会いがこの地であったのです。

 十七歳という青春の最も輝かしいこの時に、ヒューさまの青春にようやく彩りが添えられたのです。

 いま撃たれてることの意味は、これまでの撃たれたという意味合いとはまるで違います。いま撃たれているのは蔑みではなく、ヒューさまの血肉となるために撃ち合いなのです。撃たれてばかりですけれど。


 そしてこれがヒューさまが私たちに見せようとして来なかった姿であり、ヒューさまが密かに練りあげている剣でもあります。

 私たちは今日知りました。

 撃たれても撃たれても尚学び、そして時に出し抜いて、高らかにどうだと誇るような剣を。

 しかも相手はサーバ王であるアートさまを救った護国の剣士です。

 その護国の剣士を相手に、分が悪いながらも一方的にはなっていないのです。たったひと月前まではアーサー流を囓ったこともなかった異国の王子がです。


「アンナさん、どうしたのです?」


 不意にリアさまに話しかけられました。


「いえ。……素晴らしいです」

「そうね。打ち負けないように立ち回れてるのが凄いのよね」


 ティナ嬢もお墨付きをくれました。泣きそうな私を更に泣かせてくれますね。

 ヒューさまは凄まじい腕前に仕上がってきてると言われてるようで、私は誇りに思います。

 これがヒューさまが異国の地に流れ着いて身につけた剣なのです。リアさまと私とを守ろうとして学んでる剣なのです。そう思うと、それだけでもう胸があたたかいものでいっぱいになります。

 途中からは互いに治癒もせずにあちこちが腫れ上がって来たようですが、その互いの剣に翳りはありません。

 立派な剣です。本当に立派です。


 ここに在るのは、フォルテにおいては母国を追われるほど精神的に追いつめられ、異国の地で一人でも継戦できるようならねばならないというところまで自らを追い込んだ、その一人の人間の結実、証なのです。召喚魔法だけではなく、剣でも一角(ひとかど)の者にならねばならんと、気を張って、無理をして、それでも地道に体力をつけることを選んだ若者の成果です。この道が正しかったと喜びをもって今その足を踏み出しはじめているのです。

 まばゆい煌めきでした。

 それがヒュー・フォルテ・ハーグローブさまでした。



「何をやっとるにゃ!」



 橋の向こうでいきなり大喝が落ちました。

 出で立ちはキリッとした女騎士でしたが、どうやら語尾が怪しい、そんな女騎士がダルマーイカの町の建物の向こうから姿を現し、ヒューさまとサマースさんを叱りつけました。

 そしてヒューさまとサマースさんが「げ」と呻き声をあげて背筋を伸ばします。直立不動の態勢となったので、雨が無造作にふたりを取り巻いていますが、それ以上どうこうしようという様子もないのでどうやら彼女は騎士と言うだけでなく道場の先輩でもありそうです。


「アンナさん、どうしたのですか?」

「いえ、ライムでは珍しい猫人族の女性のようで」

「彼女は有名よ。アーサー騎士団のオードリー・エンジェルス。道場での席次は第七席か八席だったと思う」


 ティナが捕捉してくれて、それでわかった。

 騎士団は道場にめったに顔を出さないが、それでも物好きな先輩が時折顔を出すということはヒューさまからも話に聞いてました。

 たぶんあの猫人族の女性が、そんな珍しい先輩の一人なのでしょう。

 そこまでわかれば簡単です。芋づる式に私はあの猫人族の女騎士がヒューさまにして、稽古で捉えたと思っても撃たせてくれない相手がいると言っていたその相手であり、リアさまはヒューさまが言うところのアーサー道場にやって来た諸外国の先輩のうちの一人なのだろうと、そう思ったようでした。

 ダルマーイカ自治領は辺境伯を見てもわかる通り、基本人族が治める地ですからね。亜人種の方は目立ちます。それだけアーサー流がライムにおいて燦然とした剣と考えられているのでしょう。


 とは言うものの先程にも増して雨が激しくなって来ました。魔法を完全に解除したのでしょう。ヒューさまとサマースさんにも今はざんざか雨が打ちつけています。


「それで、その方の背格好は?」

「そうですね。女性としても小柄で私より頭ひとつ低い感じです」


 私はヒューさまの頭身から目測で図ってそうリアさまに答えた。


「それで?」


 とまぁそう訊かれましたが、その先輩より更に頭を下げて、今はふたりして平謝りに謝ってますとは、最前まで胸を打つ撃ち合いをしていたために報告したくありませんでした。


「アンナさん?」

「いえ」


 そう言って押し黙ってしまった。

 でもそれ以上答えられるわけがなかった。

 フォルテで嘲弄され、自治領では剣で叩かれ、そして今は雷が落ちているなどと。

 それが自分の仕える自慢の第七王子、ヒュー・フォルテ・ハーグローブさまだと、リア様にはとても言えませんでした。


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