第49話 家政婦は見た、妹は聞いた その二
リアです。私の機械召喚で、ちらつきだした雨を防ぎ始めた直後のことです。
ふと衣擦れの音がしたかと思うとティナさんが振り向いたらしく、さっきの話なんだけど、と私に向かって言いました。
「継戦能力って、ずっと戦い続けるってこと?」
「そうです」
私が肯くと、ティナさんはまだ聞きたいことがあったらしく、どういうことかな、とアンナさんに尋ねてました。
「私たちは頭数が少ない。三人しかいないのです。はじめは召喚魔法で排除しても、相手も馬鹿正直に召喚魔法の前に、全ての戦力を一気に投入するとは限りません。例えば屋敷に攻撃をされます。ティナさんならどうします?」
「撃退します」
「それがうまくいきました。一回目は良かった。二回目も良かった。でもそれが延々と続いたらどうなるでしょう。息つく暇もなく、食事も、お花摘みも出来ず、それが敵の姿をずっと見ながらいつ終わるかしれないまま戦い続ける、そんなようなことになったら?」
「それはイヤね」
「ええ。それに戦闘中は私たちだけに気を配っていればいいわけではありません。召喚獣だって休息が必要ですし、彼らが耐えていても、休む間もなければ召喚し続けてる私たちがいずれ身体が疲れ果て、倒れてしまいます。召喚魔法にだけ力を割いてたら、いつまでたっても数の暴力にさらされ、いずれ負けてしまうのです。ですから今後にあたって基礎体力の向上と、相手の土俵でもある騎士や冒険者系の力をある程度付けることは必須だと、ヒューさまがお決めになられたのです」
◇
ふうん、とティナがヒューの様子に眼をやった。
「そんな風には見えないけれどね」
彼らの頭上を雨が避けている。まるで巨大な透明なドームが彼らの居る一帯を囲っているようだ。
だがあれは風だという。リアちゃんとアンナさんがそう言う。
天候さえも操作して、ヒューはとても楽しそうにサマースと撃ち合っていた。基礎体力はこんなペースで撃ち合えるほどついてるのに、目的の域にはまだ達していないのだろうか。それとも目的が達成されても男子として思うところがあるのだろうか。
「まぁ負けん気のない男よりは好ましい、か」
「はい」
「ふうん」
ティナはリアの車椅子に手を添えるアンナを見やった。
◇
改めましてこんにちは。リア・フォルテ・ハーグローブ、フォルテの第二王女です。
また盛り返し始めた兄さまですが、脳天ぶっ飛ぶ一撃ドンとか、聞いてるこちらが恥ずかしくなるような修辞を宣いました。うちの兄さまはどれだけ恥ずかしいことを叫んでるのかわかってるのでしょうか。
私はこの感性は父さま似だろうと思います。
父さまも王として時に王廷守護隊の訓練にひょいと顔を出しては稽古相手を買って出てるのですが、稽古をつけてやるはずの守護隊の人たちに対して、召喚陣の発動を邪魔するだけで事足りるのに、頭が高いぞ跪けとか言ってわざわざ幻獣召喚で神祖様を喚んだりして、隊員の方々を涙目でひれ伏させたりしています。
兄さまがやろうとしてるのは、その姿にそっくりなのです。
サマースさん相手に効果が上がってるかどうかはまた別ですが…………。
砕けますね。町娘のリア・エイオリーです。
兄さまは絶対に父さまの影響を受けていると思います。ですが父さまにはダブルリグレットがいるからそれを出さない分だけ王たる風格があるけれど、兄さまは駄目ですね。そもそも私たちは召喚魔法を秘密にしたいのです。
ですがこの野辺での鍛錬を見てますと、兄さまは冗談ではなく、本気でサマースさんを昏倒させようとしています。もうひょろひょろのガリガリではないのだから意地にならなくてもいいのに、自治領でずっとアーサー流を学んでいるサマースさんに、どうしても土をつけたいのでしょうか。
思えば――。
フォルテとライムがまだ敵対していた頃、五大国以前の話ですが、フォルテの召喚魔法士のことをライムの兵達はよく揶揄してたそうです。
フォルテなんて召喚魔法がなければガリガリのやせっぽちだ。
ちょっと触ればぽっきんぽっきん骨が折れる、と。
実際降霊召喚で風魔の小太郎さんと知り合う以前は、兄さまは身体的な訓練はさほどしていなかったため、どこにでもいるような市井の子供と変わりありませんでした。
あの頃は兄さまと同い年のミネルヴァさんもよく一緒に召喚魔法の訓練してましたし、体格は野草がそのままほったらかしで伸びるような感じで、王族だからといって特に見るべき物もありませんでした。
今は五大国態勢がかたまって、そんな時代ではないですが、それでも王室外交の一環としてライムに派遣されたのだけれども、私に目があった頃はやっぱりまだ痩せていました。そう言えばいつの間にこんなに逞しくなったのでしょう。
ちょっと触れればぽっきんぽっきんなはずのフォルテ出身の召喚士がサマースさんと互して訓練をしています。
ふと思ったのは、いつか正体を明かした時の備えとして、情報収集する敵に付け入る隙を与えるわけにはいかないですし、異国の地で共に暮らす人々に無様をさらすわけにもいかないのでしょうか。
それが幼い頃から鍛錬してたはずのサマースさんと遜色ないような体格になるほど訓練に励んだ成果となって現れたのなら、この撃ち合う音は立派なものです。
「あ、ちょとっ、イテ、いてっ、こらっ」
そう思っていた矢先にこれです。
サマースさんを制してたかと思えば、またすぐに反撃されている。調子に乗ったようですね。
でも、と私はそこで思った。
兄さまは天道神さまのように剽げることで余裕ぶって見せてるけれど、もしも自分がこのような音のつながりのままに撃たれたらどうなるのだろうかと、ふとそう思ったのです。途端に私は背中に冷や汗が流れるような気がしました。
この音で伝わってくるままの威力を私が受けたなら、おそらく――。
右に左に骨をへこまされ、あるいは粉末のように粉々に折られてることでしょう。この響いてくる一音いちおんに、致命の一撃となるほどの威力を感じるのです。
兄さまはどれだけ耐えてるのだろう。
痛いですませてる兄さまが健気に思えて来ました。自分にはそれだけで済むとはとても思えなかった…………。
自治領に越してきて、アーサー道場への入門を決めたあの日、兄さまは子供のようにはしゃいで初めて木剣を手に入れたと仰ってました。見ることも手で触れることも出来ない私に実感はなく、そんな私に兄さまは頬に木剣を当ててくれて、これが木剣の肌触りだよと私に教えてくれたのでした。柔らかい感じだろと仰ってたのに、私にはその肌触りは十分に固かった…………。
そんな木剣で息つく暇もなく兄さまは打ち据えられてるのだ。
そんな想像がついてしまった。
言葉もなかった。
アンナさんが鼻をすすった意味が今ならよくわかる。
「サマースさん、凄い方のようですね。まだ連続音が途切れません」
こんな人に兄さまは後から追いかけて、互そうとしてるのだ。
「まさか、これほどとは」
そうティナさんも感想を洩らしてました。サマースさんの剣は見える人にもそれほど凄いのでしょう。
そのサマースさんが言いました。
「フハハハ、ヒュー。貴公は俺にやられた途端にいずれかの属性で治癒してるが、俺はお前にやられたままにお前を叩きのめしてるぞ」
「それがどうした」
「わからんか。だから俺の方が貴公より数段上なんだよ」
「何だと」
兄さまの心に火が点いたようです。
それからの兄さまは治癒を使ってないと思います。だから懸命に避けることも考え出したみたいで、動きがなんとしてもサマースさんを倒すという一辺倒から、恐ろしいほどの速度で右に左へと足音が移動して回避動作も研ぎ澄まされていったようでした。
それはもう綿が水を吸い込むように避けてるのだと思います。
一瞬にして進歩がはじまった。
私は召喚契約失敗の代償で目を奪われてるので、その光景を眼に焼きつけることは出来ません。けれども、…………耳を澄まして聞き分けることは出来ます。
兄さまが回避を始めても、本気を出したサマースさんは足を摺らせるので兄さまより速い。ジャジャジャっと一直線に足を摺ってるのです。対して兄さまはバババッと足を浮かせてるので、浮かせた分だけ遅くなり、意表をつかないかぎり大抵は撃ち負けるようです。
「甘くないんだよ、対人戦闘は」
兄さまが口惜しそうに歯を食いしばったのが私にまで伝わって来ました。
ビョウビョウと風が私たちの方に流れて来ます。雨は防いでるのに風が流れこんで来るのですから、この風は兄さまが、いえ、ふたりが魔気を自分の魔法で味方に付けようとせめぎ合ってるその余波なのでしょう。
◇
「今さらですが、本当に難儀な状況なのですね」
ティナがつぶやいた。眼はヒューさまとサマースさんを追ってるが、言ってるのはその事ではあるまいと私、アンナは思った。おそらく彼女は私たちが敵持ちのことを言ってるのだろうと。
「さきほどの継戦能力のことですか」
「ええ。それもだけど…………」
「けど?」
「こんな痛いことを黙って引き受けてたなんて、ちょっと見直したわ」
「ヒューさまは自分だけで戦闘をまかなう、そんな気概の持ち主ですから」
「確かに。リアちゃんもアンナさんも出来るのは例の魔法だけなのよね」
「はい。特に私は例の儀に失敗した欠陥モノですから。わずかしか使えませんけど」
そのリアさまのひと言に、私は目は動かさず、気配だけをさぐった。
「ちょっとでも使えるなら使えるだけ良いよ」
ティナはその言葉の奥に潜む、召喚魔法の深淵に気づいただろうか。気づいた節は見受けられなかった。その様子に私はホッとする。
その「わずか」がどういう意味かを明かさないところこそ秘中の秘なのだが、ティナは欠陥召喚と聞いて、ちょっとの時間しか召喚できないと誤解してくれたようだ。
これはこれでいいのだが、リアさまは、いえ、リアはちょっと気を許しすぎていると私は思った。姉弟子として後で言っておかなければなるまい。
撃ち合いが終わらない。
もう幾人ものダルマーイカの街の人が三叉路を眺めやっては、嬉々として撃ち合う二人を見て踵を返している。
本気で取り組んでいる。それが伝わっているのだ。
美しい姿だった。
異国の地にぽつんと放り出され、嘆くこともなく、腐ることもなく、ただただひたすらにリアのことを護るために努力を重ねてきた男の誠がそこにあった。
とても誠実で、とても崇高な、そういう剣であった。
「でも私は例の魔法に関して素人だから思うんだけど、ヒューくんは例の魔法を持ってるんだから、継戦能力なんて要らないんじゃないの? 一撃必殺皆殺し、それが例の魔法でしょ」
「兄さまの例の魔法は、対個人に特化しておりますから」
幾らなんでもバラしすぎと思ったが私は咎められなかった。リアさまは口を滑らせてるわけでもないとも思ったからだ。その奥にあるヒューさまの思いまでは言葉にしていないから、私が思ってるよりリアは冷静なのだ。
ちなみに神さまは人を導くものだから、人殺しをさせるわけにはいかないと、そうヒューさまは考えている。もしかしたらリアさまは話の接ぎ穂として、私にそれを回してくれたのかも知れないが、それを口にする気は私になかった。いくらこちらの身上をすでに知ってるティナとは言え、あまりにも色々なことを伝えすぎていた。
「けれども撃たれっぱなしね。サマース君、確かに凄い腕してるけど」
こちらの警戒を知ってか知らずか、そんなことをティナが口にし、
「私のことも言っておくわ」
と不意にそんなことを言った。
「はい?」「何でしょう?」
「私の先祖はサカード出身よ」
「五大国の?」
「ええ。それでもって私の名前は?」
「ティナさんですね。ティナ・オールダム」
そう答えてリアがハッとした。
「アート王はわかっててこの地に私たち兄妹を送ったのですか」
「こんな偶然があると思う?」
「思いません」
「リアさま、どういうこと? 何かあるのですか」
「ええ、おそらく。フーターさんの血族、なのですよね?」
「正解」
しかし取り立ててアンナ自身は反応できなかった。見ず知らずの人物の名前を急に出されても、それが何なのだろうとしか思わない。
「アンナさん、ティナさんは遠見の魔法使いなのですよ」
「とおみ、遠見…………」
その言葉に、えっ、と仰天してアンナがまじまじとティナを見つめた。
それはヒュー様とリア様の母御であるサーシア様と一緒に魔の島を攻略したパーティメンバーの能力ではないか。
「あのフーターさんの?」
「そ、正解。でもヒューくんには内緒よ。今日なんて父が魔の島の話までしたというのにね、彼、全く気づかなかったんだから。女を怒らせると恐いんだからねってことで」
「…………わかりました。女には秘密があるものです。それは母さまも言ってました」
そしてアンナさんがつぶやいた。
「遠見の魔法使い。遠くを見るのに特化した魔法使い。それは未来さえも予知したと、サーシアさまから聞いてます」
「へー、そんなことを話してたんだ」
「それにしてもまさかあなたがサーシアさまと一緒に魔の島を攻略した、三人の内のひとり…………フーター・オールダムの」
「私はようやく遠見の『と』が発現した程度だけどね」
「なるほど。わかりました。アート王が何故あなたを密書の使いに選んだのかも」
アンナはまじまじととんでもない事を告白したティナを見つめた。
フーター・オールダム。
ヒュー様とリア様の母であり私の師匠でもある未来召喚のサーシア・フォルテ・ハーグローブ、それからこの国ライムの王剣筆頭であるヘルベルト、そしてその二人と共に魔物しか棲まない魔の島を攻略したもう一人の人物、それが予知能力者フーター・オールダム。
ケルプにおいて知らぬ者などいない英雄譚ともなってる三人の内のひとりだ。
尚も訊きつのりたい気持ちになった私だったが、ティナはただただ真っ直ぐにヒューさまのことを見つめていた。
「あ、またやられた」
そういってティナは完全に話を打ち切った。
橋の向こうで、ヒューさまがいいように撃たれている。




