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陰と陽の花嫁


 その後部屋までどうやって帰ってきたか覚えていない。けれど、常なら部屋まで送り届けてくれるクォルツがあの日はいなかったということだけはなぜだか鮮明に頭の中を巡っていた。


 そしてそんな彼に疑問をぶつけるのは怖くて私はギルバートの元に向かった。クォルツの次に年長の彼の元に。






「どういうことですか……新たな花嫁なんて」


 突然の訪問。尚且つ挨拶もなしに告げた疑問にギルバートは開いていた本を閉じて向かい合ってくれた。

 私の質問がわかっていたかのように答えは淀みなく伝えられる。


「はじめに説明したかと思うが、回を重ねるごとに花嫁の出現の遅れと数の減少が問題視されていた。これまで数百年に渡りその現象は悪化するばかりで改善されることなどなかった。だが昨夜新たな花嫁が出現した」


 耳だけを傾ける。頷くことはできなかった。


「かつて四天獣一人一人にいた花嫁がいつしか二人になった時、我々は陰と陽のもと二人の四天獣に一人の花嫁を娶ることにした」

「陰と陽……?」


 そうだと頷くギルバートはいつもと変わらないような気がする。

 いつも通り無表情で、いつも通り淡々と話す。


「花嫁が二人いる場合、その花嫁たちは四天獣と同様陽と陰に分かれる。クォルツ兄上とハルディオは陽。俺とシエンは陰。つまり昼はクォルツ兄上とハルディオが、夜は俺とシエンがこの世界を守っている。そして、花嫁たちが二人現れた時陰と陽に分かれそれぞれと番になる」


 まるで物語を語るように、私からしたら酷く他人事のように聞こえる話し方に唇を噛む。


「私はそんな話、一度も聞いたことはありませんでしたが……」

「必要ないと思ったからだ。ここ数百年、現れる花嫁は一人だけだったし、花嫁が減ることはあれど再び増えるなど予想もしていなかった」


 (この人はどうしてっ……!)


 後出しのような情報でも筋が通った隙のない話し方が私をどんどん追い詰めているのだとこの人は気づいていないのだろう。

 ギルバートに怒ったって仕方がないのに言いようもない感情が渦巻いて呼吸がしずらい。平静を保っていたくて拳はずっと握ったままで食い込んだ爪がさっきからずっと痛い。


 ふうと大きく息を吐き出し、意味もない言葉を吐き出しそうになる口を一度閉じる。冷静になれ、私。とりあえず考えてきたことを聞かなくては。


「......彼女が来るまでは私がただ一人の花嫁として存在しました。元々は一人で事足りたのだから、彼女が花嫁として受け入れると言ったら私は解放されるのですか?」

「陰と陽に分かれると言っただろう。花嫁が必要なことには変わりはない」

「……では、花嫁がどちらの番かなんてわかるんですか?」

「ああ……君たちは感じないかもしれないが番同士であれば一目でわかる」


 ゴクリと唾を飲み込む音を目の前の男に聞かれただろうか。


「……私は、どちらの花嫁になるのですか?」


 思い違いであってほしいと願った頭には、あの時からずっと頭に残って離れない光景がある。


 新たな花嫁を見るあの人の目ーーー私を見ていた目とはまた違う。予感の瞳。









「......君は、陰の花嫁だ」




 それを聴いたとき夕月の目の前が真っ暗になったような気がした。




 その夜。私はどうしてもクォルツの口から話を聞きたくて彼の部屋を訪れた。夜に訪れたのは初めてだったがそんなことに構ってられるほど余裕なんてなかった。


 薄暗くひっそりとした廊下は怖いくらい静かなはずなのに、今の夕月には騒々しく感じた。

 不安を掻き立てる足早な自分の足音も、耳元で聞こえるような心臓の音も、もしものことでいっぱいの頭も煩くて煩くて仕方がなかった。


 たどり着いたクォルツの部屋には先客がいたようで、中から話し声が聞こえてくる。

 まるで私が来るのをわかっていたかのように小さく開けられている扉からは部屋の主人であるクォルツとシエン、ギルバートが集まっていた。


「じゃあ、もう僕らは遠慮しないでいいんだよね? 兄上」


 シエンの声は弾むように軽やかだったが、否とは言わせないような圧力さえも感じられた。


 けれど一体彼が何に遠慮していたのだろうか。

 シエンは掴み所のない男で、夕月をいつもおかしそうな顔で見ていた。まるで新しいおもちゃかペットのようにのらりくらりと現れては夕月の反応を楽しんでいる節があった。


 ギルバートが続けて言葉を発する。


「陽の花嫁が現れたのなら、陰の花嫁であるユエは陽の獣である兄上の番になることはない。ならばもう、俺たちは遠慮はしない」


 その言葉を聞いて理解した。

 彼らは彼らで私がクォルツに想いを寄せ始めていることに気づいていたのだ。だから私が彼の番になることはないとわかった今、私や彼にお膳立てする必要もなくなったということだ。


 それがわかって、私はああ、なんだと心の中で呟いた。

 結局彼らは尊い獣で、唯一の伴侶を自らの意思ではなく尊い神に選ばれた娘を愛するだけなのだ。そこにある愛などほんの少しの介入で揺れてしまうほど脆いものであり不確かなものだったのだ。


 力の抜けていく体はもう既に立っているので精一杯なのに、最後のとどめを他ならぬクォルツに刺されたのはきっと神が私を心底嫌っているからなのだろう。


 耳に入ってきたシエンの言葉を、できることなら塞いで聞こえないようにしてしまいたかった。




「ユエは僕達の花嫁。なら兄上はーーーもういいよね」


 その声も、涼やかな音も、これから先二度と好ましいとは思えないだろう。

 変わらず告げたあの人の声がいつもと変わらず穏やかだったなんて、わかりたくもなかった。


「ーーーああ」


 その言葉が私と彼の終わりの合図。


 そして私と世界の崩壊の音。






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