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変化の時


 私は忘れていたのだ。


 自分が平平凡凡な人間であり、文字通り住む世界が違う人間であり、そしてここぞという時に全く運のない人間であるということを。


 それがたとえ異世界に渡ったくらいでは変わることなどない事実だということを、私は忘れていたのだ。




 私とクォルツは珍しく庭に出ていた。

 庭の奥にある泉が気に入りなのだと、私を連れて一緒に泉を見に行くためにいつもより動きやすい格好をして二人で部屋を出たのだ。


 この頃から昼間でも移動中は手を繋ぐようになっていて、髪も肩甲骨を過ぎた辺りまで伸びるくらいには月日を共にした。


「疲れてない?」

「大丈夫です。足腰には自信がありますから」

「それは頼もしいね。あと少しだから、頑張ろうね」


 引かれる手は決して強くなく、歩く歩幅だって私に合わせたものであると気づいたのももうだいぶ前のことだ。

 自然と交わし合う笑みも言葉も当初の気遣い合うようなものではなくなっていた。


 それが日常になってすら来ていたから、まさかその穏やかな会話が最後になるなんてこの時は思っても見なかったのだ。





 たどり着いた泉は透明度が高く底までよく見渡せた。生き物はいないみたいだがそれでもキラキラしていてとても綺麗だった。

 こんな素敵な場所を教えてくれたクォルツにお礼を言いたくて顔を上げれば、何もいないはずの泉に大きな波紋が広がって視線をそれに奪われた。


「え……?」


 水面の上に立つ扉。

 異様な場所に聳え立つ扉は見たこともないのに、嫌な既視感を覚えてぎゅっとクォルツの手を握る。


 それとほぼ同時に扉はゆっくりと開き、この世界ではありえないくらい短いスカートにキッチリとしたブレザーを着込んだーーー所謂制服を着た少女が現れた。


「ただいま〜……って、え!? だ、誰!? 嘘、私もしかして家を間違えた? ど、どうしよう! ごめんなさい! 確かに自分の家の鍵を開けたと思ったんですけど……!」


 ワタワタと慌てだした彼女は一歩下がろうとして自分が立っている場所に気づいたらしい。余計取り乱した彼女は案の定バランスを崩し水の中へ真っ逆さまに落ちていった。


 普通なら突然服のまま水の中に放り出されて冷静に泳げるかと言われれば否で、けれども彼女が溺れずに水の中から救い出されたのはーーー彼が私の手をはなして真っ先に助けに行ったからに他ならない。


「っげほ……! ゴホゴホッ!」

「大丈夫、ゆっくり呼吸をして。水はもう払ったから。ゆっくり、そう。もう大丈夫だよ」


 彼が言う通り、びしょ濡れだった彼女は彼の腕の中で少しも濡れていない。訳が分からず目を白黒させる彼女を横抱きにして何やら呟くとすぐさま他の四天獣が現れた。


「兄上っ! まさか二人目の花嫁ですか!?」

「ああ、そうだよ。ハルディオならよくわかるだろう?」

「ああ。彼女は間違いなく陽の花嫁だ」



 ワラワラと彼女と彼の間に集まる四天獣を私は少し離れたところで見ていた。一歩も動いていないのだから当たり前だ。

 突如現れた女の子のことも、四天獣達が口々に発している陽の花嫁という言葉も今は何も考えられない。


 ただただその時の私は、先ほどまで隣にいた人物の瞳をジッと見つめながら言いようもない不安にかられていた。



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