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実感と発覚


 他人の笑顔がこんなに甘いと感じたことはない。


「ユエは今日はどんな話が聞きたいかな。ああ、そうだ。紅茶が苦手みたいだったから新しい茶葉を入れてみたんだ。気に入ってくれるといいな」


 優しい口調はその声音と合わさって私の心を穏やかにする。他人の、しかも異性の声を聞いてこれほどまでに安らかな気分になったことがあっただろうか。






 クォルツはこれまであったどの男性とも違っていると思う。それは他の四天獣と比べても同じことで、一番の年長者の彼は四人の中で最も賢く、そして私を愛してるのだと伝えてきた。


「おいで、ユエ。隣に座らなくてもよいから。お茶を飲んでゆっくり話をしよう。それとも今日は外に出て散歩でもしようか?」

「いいえ。ここで構いません」

「そう? 遠出はできないけど、僕だって君を抱えるくらいわけないんだよ。外に出たいなら僕が飛んで……」

「わ、私はここでいいです。せっかく用意してくださったのですから……その、新しいお茶を飲んでみたいですし」



 私の尻込みする言葉にも最後まで耳を傾け、よかったと笑った彼はこうやっていつも最後まで私に選ばせてくれる。選択肢を提示して私の意思を尊重してくれる。この限られた時間にも関わらず、私の返事を待ってくれるのだ。


 限られたと言ったのは今日が四天獣と過ごすと決めた週だったからだ。

 一週間ずつ繰り返される四天獣の為の時間。その一週間が終われば次は夕月のための時間。四天獣といる週は彼らと日替わりで共に時を過ごし、夕月の為の週には異世界のことを学び知る時間とすることが決まっていた。


 お互いの為の時間では優先権はその各人にあり、その要望は可能な限り応じることになっている。だからこそクォルツがいちいち伺いを立てるのは四天獣の中ではほとんどないことであった。


 年長者の彼と比べると他の四天獣は見た目とは裏腹に幼く感じられる。新しく珍しい玩具に飛びつく子供のように彼らは夕月を様々な形で連れ回した。

 それが苦だったかと言われれば嘘とも言えないのが現実で、それ故にクォルツは際立って献身的だった。


 以前そのことを口にするとクォルツは困ったように笑いながら教えてくれた。

 年長者の自分と他の彼らとは少なくとも300年は年が離れていること。そして長く生きた分だけ花嫁を心待ちにしていたこと。


「さて、今日はじゃあ国外に住む者たちの話しの続きをしようか。前回は全部話し切れずに時間がきてしまったからね」

「はい。けれど……その、本当にいいのでしょうか。クォルツ様のお好きな所に行ったり、お話をしたりするための時間なのに。これでは私が得をするばかりで……」

「ふふふ」


 話の途中で笑い声が聞こえたのに、それまでその人が笑っていることに気づけなかったのは私が下を向いていたから。

 嫌いな奴には面と向かって啖呵をきれるくせに、優しい人の前では目すら合わせられない自分は相当のへそ曲がりだと常々思っている。その私を見て更に笑みを深めるこの人は……


「いいんだよ。君のためになることならなんだってしてあげたいんだ。それに僕以上の知識人はそうそういないしね。ふふふ。僕年寄りでよかったなぁ。きっとこうしてユエの役に立つために誰よりも早く生まれてきたんだろうね」








 それから数時間、夕食までの時間を共に過ごし夕月は部屋に戻る時間となった。

 クォルツが席を立って部屋までエスコートすると申し込み、夕月がそれを断ってクォルツの部屋の前で別れるまでがいつもの流れだった。



「……名残惜しいけど時間だね。次二人で会うときはまた今日の茶葉を用意しておくよ。夕食がきちんと食べられるようにお菓子の量は少し減らして用意しなくちゃね。それじゃあ君の部屋まで送って行こうか」


 差し出された手を取らず断れば彼はそのまま私を見送るだろう。おやすみのキスも、またねのハグも、エスコートの手すら添えられないまま。


「ユエ? どうかしたかい?」


 首を傾げたクォルツは私が無愛想でへそ曲がりであることをとっくに知っているのだろう。優しさに見合ったものを返すより疑いを向けてしまう可愛げのない私を知ってて、この手を何度も差し出してくる彼はやっぱり出会った中で一番変わっている。


 だからその手にそっと自分の手を添えて彼がキョトンとした顔を見せて、私はやっと笑えたのだと思う。


「エスコート、してくれませんか? 貴方の言う通り美味しいお菓子と夕食でもう体が重たいんです。部屋まで引っ張ってってくれたら嬉しいです」


 我ながら何というか色気のないセリフだが、それでも勇気のいる言葉だったことは震える手から伝わっていることだろう。情けない姿はもう散々見せてきてるから、私にあるのは羞恥だけだ。頬だけは染まってくれるなと願いながら彼の顔を伺えば、キュッと力を込めた手を見て溢れるような笑みを見せた。


「初めて、君の手に触れた……。ありがとう。僕の手を取ってくれて」


 ゆっくり動き出した二人は会話こそなかったけれど、繋がった手が引き寄せるように二人の距離が縮まった。薄暗い回廊を歩く二人の後ろには並んだ二つの影が伸びていた。


 夕月の部屋の前につけば自然とお休みとお別れの言葉が出て二人はそっと手をはなした。

 離れるときは掌からそっとはなれ、互いの指先をなぞるようにはなれていった。まるで彼の手が名残惜しいと語っているようだと、夕月は小さく笑った。


 扉に手をかけた夕月にクォルツは声を届ける。


「僕にとって今日は特別に楽しい時間だった。……ユエも楽しかったかな」

「はい、とても」

「また次会うときもエスコートさせてくれるかい?」

「はい、また。面倒でなければですが……」

「僕が、僕がしてあげたいんだ。君と少しでも長くいられるように」

「はい」

「君も少しはそう思ってくれていると思っていい?」



 暗闇に浮かぶ金色の瞳が私を見ている。

 私だけを見ているこの瞳がいつも私に何を訴えかけてきたのかようやくわかった。


「……はい」


 柔らかな口調も笑みもほかの人とは違って見える。

 告げられた言葉が真実であると疑うまでもなく明確にわかるなんてそうそうないことだ。けれどそう。彼はきっと……


「ありがとう。愛しているよ、僕の花嫁」



 真実、私のことを愛しているのだろう。











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