第9話 六人分のスタートライン
「AIが作った作品でも、投稿とランキングへの参加は認められています」
太宰が表示した規約を、芥川は最初から読み直した。
AI作品も投稿できる。ただし、作品ページには『AI利用あり』と表示される。少なくとも、肉体のない太宰だけが競争から外されることはなかった。
「よかったですね」
晶子が言うと、太宰は笑顔のまま首を傾けた。
「人間であることは証明できないのに、AIであることだけ先に表示されるんですよ」
「参加しないのですか」
「します」
返事だけは早い。
六人が六作で一位を目指すことは、芥川の指摘を受けた時点ですでに決まっている。太宰も参加できるなら、次に必要なのは全員が同じ規則を知ることだった。
俺はノベルポートのランキング説明を、食卓のモニターへ映した。
「集計は毎週月曜の午前零時までです。そこから十五分間は『集計中』になって、零時十五分に正式な順位が出ます」
「なぜ十五分も待たせるのです」
乱歩が身を乗り出した。
「不自然な操作を除外して、数字を確定する時間らしいです」
「最後の十五分に何か起きそうですな」
「起こるとしても、こちらからは何もしないでください」
週間ポイントは、その週に初めて読まれれば一点、最新話の末尾まで読まれれば二点、新たに作品をフォローされれば四点、初めて評価されれば三点。感想は何件付いても点にはならない。
直近の週間一位は千三百点台だった。すべての行動をした読者なら一人十点なので、百数十人が最後まで読み、フォローと評価まで進めば届く計算になる。ただし、その百人に見つけてもらうまでが難しい。
新作は一日だけ新着欄へ載る。完結後三十日以上たった作品も、大幅改稿を申請して再公開すれば、『再出発』という欄へ一度だけ表示される。以前のフォロワーには更新通知も届くが、表示されるのは二十四時間だけで、特別なポイントが加わるわけではない。
俺の小説にも使える制度だったが、読み返す気さえ起きていなかったので、その時は説明を流し読みした。
一葉は数字をノートへ写し、乱歩は別の紙に表を作った。芥川は規約の例外まで確認し、漱石は途中から露骨に面倒そうな顔になった。
「人が読んだという事実を、行動ごとに違う重さで数えるのかね」
「そういうことになります」
「最後まで読んだ人より、読む前に評価した人の方が高くなる場合もあるわけだ」
今まで当然のように見ていた数字が、急に奇妙な制度に思えてきた。
太宰は日間ランキングの場所を尋ねた。声が妙に明るい。
「ありません。ランキングは週間からです」
「では、今夜のうちに人を集めて、明日の朝だけ一位になる方法は使えない」
「もう考えていたんですか」
太宰は答えず、自分のSNS画面を小さくした。
夕方に作ったばかりのアカウントは、すでに三千人を超えている。この人数へ作品を知らせれば、ほかの五人より圧倒的に有利だった。
「外部から人を呼ぶこと自体は、禁止されていません」
芥川が規約を読んで言った。
「ただし、一位にするための組織的な投票依頼や、不自然な反復操作は除外される」
「普通に読んでいただくだけなら問題ないわけですね」
太宰がすぐ抜け道を見つける。
「規約の問題だけじゃないんです」
俺は六人へ、公開用の筆名や作品名を既存のSNSと結びつけないでほしいと頼んだ。太宰を追う人から、同じ場所で投稿している残り五人へたどられれば、正体を隠す意味がなくなる。
「太宰さんだけを不利にする決まりですか」
一葉の問いに、俺は首を横へ振った。
「全員です。皆さんも本名や過去の名声を使わない。その代わり、太宰さんも今いる三千人へ作品を直接知らせない。同じ場所から始めてもらいます」
太宰は不満そうだったが、晶子が先に賛成した。
「正体を隠すためなら、全員に必要な決まりです。違反した場合も決めておきましょう」
相談の結果、太宰が作品を特定できる情報を出した場合、公開SNSへの接続を一時的に止められることになった。執筆や検索、ノベルポートへの投稿までは止めない。
「一時的とは、何分でしょう」
「先に違反する予定を立てないでください」
俺が言うと、太宰は質問を保留にしただけの顔をした。
「以前の作品を載せることはできないのかね」
漱石の疑問はもっともだった。六人の作品はすでに現代で広く読まれ、青空文庫に収められたものも多い。それを別の名前で載せれば、本人の文章でも転載を疑われる。
「規約上どうなるか以前に、もう読める作品で競っても、今回の勝負とは違う気がします」
俺が答えると、晶子がうなずいた。
「でしたら、新しく書きましょう。知らない時代だから書けないのではなく、知らないなら見ればよいのです」
乱歩は町へ出ることに興味を示し、一葉は現代の仕事と物価を知りたいと言った。漱石は急いで書くとは約束しなかったが、過去作をそのまま出す案には戻らなかった。
話がまとまった頃、玄関のチャイムが鳴った。
村瀬さんが、使っていない食器と炊き込みご飯を持ってきてくれた。食事は身体のある六人分しかない。その代わり、小さな木製の写真立てのような物が一つ、袋の底に入っていた。
「これは?」
「画面を食卓へ置くなら、立てる物があった方がいいでしょう」
村瀬さんの視線の先で、タブレットの太宰が丁寧に頭を下げた。
「初めまして。太宰と申します」
「ええ、存じています」
村瀬さんは目尻を緩め、それだけ答えた。タブレットの中の男がなぜ食卓にいるのかは、最後まで尋ねなかった。
食後、六人分の投稿者登録を始めた。
最初の名前入力欄へ、漱石が迷いなく『夏目漱石』と打ち込む。その隣では芥川が『芥川龍之介』、乱歩が『江戸川乱歩』と入れ、一葉と晶子も本名を使おうとしていた。
太宰まで当然のように『太宰治』と表示する。
「待ってください」
俺は六つの画面を見回した。
「皆さん、自分の名前で出すつもりですか?」




