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第10話 隠す気のない筆名会議

六人分の登録を始めると、全員が当然のように本名を入力しようとした。俺が止めると、六人はそろって不思議そうな顔をした。


「自分の書いたものへ、自分の名を付けて何が悪いのかね」


漱石の言い分は正しい。正しいが、百年以上前に亡くなった作家が、そろって同じ投稿サイトへ新作を載せようとしている状況には向いていない。


「故人の名前で新作を出したら、まず悪戯か詐欺だと思われます。注目されれば、記者も研究者も来ますよ」

「来たら本人だと説明すればよいでしょう」


乱歩は簡単に言った。


「それで信じてもらえるなら、俺も苦労してません」

「信じてもらえなければ、正体不明の六人組として取材される。どちらにしても面白い」

「俺の家が面白いことになるんです」


しかも、六人分の登録を同じ通信環境から一度に行うことになる。規約違反ではないが、不自然に見える可能性はあった。商業化や収益の受け取りで本人確認を求められれば、一人として現代の身分証を持っていない。


「つまり、別の名を使えということですね」


晶子が登録画面を閉じた。


「そうです。本人だと分からなくて、それでいて自分が納得できる名前を考えてください」

「注文が二つある上に、互いに少し矛盾しているね」


芥川はそう言いながら、もう候補を書き始めていた。


最初に決めたのは一葉だった。


「樋口いと、ではいけませんか」

「いいと思います。普通にいそうですし」


一葉は小さくうなずき、登録欄へひらがなの『いと』を入れた。


「樋口は残すのですか」


太宰が尋ねた。


「すべて変えたら、わたしが使う名ではなくなる気がします」


本人が納得しているなら、それ以上は言えない。しかし、樋口一葉が樋口いとになっただけで、十分に隠れたと言えるのだろうか。


晶子は迷いがなかった。


「与謝野灯にします」

「明るくて、よい名ですな」


乱歩が褒めると、晶子は礼を言い、その場で登録を終えた。決断が速い。


対照的に、芥川は候補を十以上並べ、文字の形、音、ほかの作家との重複まで調べていた。


「芥川理一では、説明が強すぎる。芥川文は、筆名として作りすぎている。芥川律なら――」

「俺には、芥川律が一番分かりやすく見えます」

「決めるのは僕です」


急かすと、静かに怒られた。


さらに十五分考えた末、芥川が選んだのは、最初から残っていた『芥川律』だった。


「決定までの時間も含めて、正確な名前になりましたね」


太宰が言うと、芥川は返事をせず、太宰の候補一覧だけを裏返した。


その一覧には、太宰真実、太宰正直、太宰無垢、太宰誠実と、本人から最も遠そうな言葉が並んでいた。


「そんなに信用されていないんですか、僕は」

「自分で並べたんでしょう」


俺が指摘すると、太宰は『太宰誠』を選んだ。


「誠実さが伝わる、よい名前だと思います」

「自分で言った瞬間、だいぶ怪しくなったよ」


乱歩は『江戸川迷』と入力した。


「迷うと書いて、めい。乱歩よりは控えめでしょう」

「どの辺が?」

「歩き回らなくなりました」


止まった代わりに迷っている。改善とは言いにくい。


最後まで決まらなかったのは漱石だった。本人は本名の金之助でよいと言い張ったが、それでは夏目漱石を知る人ほどすぐ気づく。


「では、夏目総一」


ようやく出てきた案を聞き、芥川が何とも言えない顔をした。


「先生、それは漱石と音が近すぎませんか」

「一字も同じではない」

「そういう問題でしょうか」


漱石本人がよいなら、もうよいことにした。


六つの名前を並べた。


夏目総一。芥川律。太宰誠。江戸川迷。樋口いと。与謝野灯。


「あの、故人の名前で出すなとは言いましたけど」


俺は改めて一覧を見た。


「隠す気はあるんですか?」


「本名とは違うではないか」


漱石が真顔で答え、残る五人もうなずいた。


俺の説得が間違っていたのか、文豪の筆名に対する感覚がおかしいのか。たぶん両方だった。


登録手続きは、名前が決まってからも簡単ではなかった。


五人にはメールアドレスを一つずつ作り、パスワードを決めてもらった。乱歩は暗号にしたがり、一葉は忘れないことを優先し、芥川は推測されにくさと入力のしやすさを比較した。漱石は紙へ書けばよいと言い、晶子に保管場所まで決められた。


太宰だけは、俺が説明する前に長い文字列を作っていた。


「覚えられるのか?」

「忘れた場合の僕も、同じ僕でしょうか」

「再設定してくれ」


本人性の問題をパスワードへ持ち込まないでほしい。


六つ目のアカウントを登録すると、太宰の投稿画面にだけAI利用の確認欄が現れた。公開後の作品ページには、『AI利用あり』と表示されるらしい。


「まだ一文字も書いていないのに、もう説明されました」

「規約なんだから仕方ないだろ」

「夏目先生には『元千円札利用あり』と表示しないのですか」

「しません」


漱石は巻き込むなと言いたそうに太宰を見た。


投稿者名は決まった。あとは、それぞれが何を書くかである。


その前に、現在の読者が何を読んでいるのか調べたいと芥川が提案し、乱歩もすぐ賛成した。上位作品を並べ、題名、あらすじ、更新の仕方まで比べるという。


太宰は別の画面で規約の問い合わせ欄を開いていた。


「ところで、僕が僕を利用して書く場合も、AI利用になるのでしょうか」

「運営に送るなよ」

「大切な質問ですよ」

「今は作品を考えてくれ」


送信寸前で止めると、太宰は質問文を下書きへ保存した。


消す気はないらしい。

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