第11話 これが異世界転生
六人が現代の人気作を研究すると聞いた時、俺は少し期待していた。
百年先まで名前を残した作家たちなら、ランキング上位の作品を数行読んだだけで、人気の秘密を見抜くのではないか。そんな都合のよい答えが出てくれば、俺の小説が読まれなかった理由も分かるかもしれない。
ところが、調査を始めて一時間後、食卓には意見が六つ並んでいた。
しかも、どれも別の方向を向いている。
「題名だけで筋が分かるものが多いですな」
乱歩は上位百作の題名を一覧にし、使われている言葉へ色を付けていた。転生は青、追放は赤、配信は緑。似た言葉が続くほど、本人は楽しそうだった。
「怪人の名を予告状へ書くのと同じです。読む前から、何が現れるか約束している」
「謎を隠すのではないのですか」
一葉が尋ねると、乱歩は首を振った。
「何かが隠れていることは、先に見せた方がよいのです」
一葉は題名より、作品内で登場人物がどう暮らしているかを見ていた。
「この方は家を追い出されたのに、次の日の食事には困らないのですね」
「魔法があるからじゃないですか」
「食事を出す魔法なのですか」
「そこまでは読んでません」
俺が答えられずにいると、一葉は続きを開き、食堂で働く人物の台詞まで読み始めた。
晶子は主人公が何を選ぶかを気にしていた。理不尽な婚約を破棄され、別の人生を始める話には素直に面白がる一方、地位のある男性に見つけてもらっただけで問題が解決すると、途端に眉を寄せる。
「この方は自由になったのではなく、引き取る人が変わっただけではありませんか」
「その相手を自分で選んだ、とも読めますね」
漱石が言うと、晶子は少し考え、先を読んでから判断すると答えた。初めから結論を決めつけるつもりはないらしい。
その漱石は、物語より感想欄を長く眺めていた。
「読んで安心した、という感想が多い」
「面白かった、じゃなくて?」
「それもある。しかし、この人物なら次も大丈夫だろうと思えることを喜んでいるように見える。今の人間は、物語の中にまで不安を増やしたくないのかもしれない」
人気の型を探していたはずが、いつの間にか現代人の疲れを心配している。
太宰は作品ページより、作者のSNSを見ていた。
「この方は更新の三時間前に弱音を吐き、更新後に皆さんへ感謝し、その間に別の方の新作を紹介しています」
「小説も読めよ」
「読者は作者も読んでいるんですよ」
そう言いながら、太宰は投稿時刻と反応数を表へ加えた。作品を読まずに何をしているのかと思ったが、これも今の書き手を知る方法ではあるらしい。
芥川だけは、題名、あらすじ、最初の一行、各話の終わりを順番に比較していた。何作も読み進めるうち、『異世界転生』という言葉の前で手を止めた。
「これは、死後に別の世界へ生まれ直す形式なのですね」
「だいたいは」
「前世の記憶や知識を持ったまま?」
「そういう作品が多いです」
芥川は何度かうなずき、自分たちの状況と比べるように周囲を見回した。
「なるほど、これが『異世界転生』……! 私の『杜子春』や『蜘蛛の糸』も、今なら『地獄に落ちた俺が蜘蛛の糸一本で無双する件』にタイトルを変えるべきだったか」
誰もすぐには返事をしなかった。
俺は冗談だと思って笑いかけたが、芥川は真剣に題名の文字数を数えている。
「『蜘蛛の糸一本で無双』では、糸が切れる結末と合いませんな」
乱歩が内容の方から反対した。
「では、『蜘蛛の糸を登った俺、同時接続が多すぎて地獄へ逆戻り』でしょうか」
太宰が案を足す。
「君は黙っていてくれないか」
芥川が静かに拒否し、その案だけは表から削除した。
研究が進むほど、人気作に共通する工夫は見えてきた。題名とあらすじで楽しさを早く伝える。一話目で主人公の望みか危機を出す。短い区切りごとに、続きを読みたくなる何かを残す。
しかし、同じ型を使えば一位になれるわけではない。同じ言葉を使ったまま読まれていない作品も、ランキングの下にはいくらでもあった。
「流行している題材を、そのまま書くべきでしょうか」
一葉の問いに、最初に否定したのは晶子だった。
「知らない世界を調べて書くのはよいと思います。でも、人気があるというだけで、自分が見てもいないものを書く必要はありません」
「同感だね。型は入口にはなるが、入った先まで借りものでは困る」
漱石も続き、芥川は作っていた分析表を閉じた。
「何が読まれているかを知ることと、同じものを書くことは別です」
太宰だけは、読者が好む言葉を知って使わないのは不親切ではないかと主張した。それに対し、使うなとは誰も言っていないと晶子が返し、話はまた長くなった。
六人が他人の小説を論じる姿を見ているうち、俺の中に小さな反発が生まれていた。
確かに、どの意見も鋭い。けれど、人気作へ好き勝手に言うだけなら、読まれなかった俺にもできる。
「そこまで分かるなら、俺のも読んでみます?」
気づけば口にしていた。
六人がこちらを向いた。
「『最後の人類は、記憶の海で眠る』。完結してます。流行どおりじゃないけど、いちおう全部書きました」
少しくらいは驚かせられるかもしれない。百年前の五人にとって、宇宙船も人工知能も複製人格も新鮮なはずだ。
太宰だけは現代の知識を持っているが、前に少し読んだ時も、完全に駄目とは言わなかった。
「よろしい。では、読ませてもらおう」
漱石が引き受け、残る五人にも本文データを渡した。
その日の夜、家は妙に静かだった。誰も感想を言いに来ない。太宰のSNS通知まで止まり、俺は自室で何度も時計を見た。
翌朝、恐る恐る食卓へ行くと、印刷された俺の小説が六部積まれていた。
どの束にも、色の違う書き込みがびっしり入っている。
「これ、感想の量じゃないですよね?」
「感想だけでよかったのかね」
漱石が尋ねた。
先に言ってほしかった。




