第12話 六人、俺の小説を読む・上
翌朝、食卓には印刷された俺の小説が六部積まれていた。
『最後の人類は、記憶の海で眠る』。地球を離れた宇宙船で最後の一人が目覚め、自分も人類の記憶から作られた人格だったと知るSFである。
昨日までは、わりと面白いと思っていた。
今は、六方向から解体を待つ物体に見える。
「まず、設定は面白かった」
漱石が言ったので、少しだけ肩の力が抜けた。
「ただし、最後の人類とやらは、他人を恋しがっているわりに、船を管理する人工知能とまともに話をしない。彼が必要としているのは人間なのか、自分を人間だと認めてくれる相手なのか、どちらかね」
安心は一文しか続かなかった。
「そこまで考えてませんでした」
「書かれている人間は、書いた者が考えなかったこともするものだよ」
漱石の原稿には、主人公と人工知能が会話を避けた箇所へ印が付いていた。俺が宇宙船の仕組みを説明している間に、二人は何度も話しかける機会を失っているらしい。
自分では、孤独な主人公を書いたつもりだった。しかし漱石には、他人を求めながら他人と向き合わない男に見えたという。
「この人を嫌いですか」
俺が尋ねると、漱石は少し考えた。
「嫌いになるほど、まだ近づけていない。だから、もう少し話をさせた方がよいと思う」
褒められるより役に立つ答えだった。
芥川の原稿には、伏線らしき箇所と、伏線に見えて何も起きない箇所が分けて記されていた。
「複製人格だったという結末は、驚きとして置かれています。しかし、その事実によって主人公の選択が変わらないなら、別の秘密でも同じではありませんか」
「最後に正体が分かるのが見せ場で」
「見せた後に、物語が終わっています」
短い言葉が、正確に痛いところへ刺さった。
芥川は結末だけでなく、そこへ至る手掛かりの順番も確認していた。主人公が自分の記憶を疑う場面は遅すぎる。一方で、人工知能の不自然な返答は露骨すぎる。俺が驚かせるために隠したところと、親切のつもりで説明したところが、どちらも逆効果になっているらしい。
「では、どこで真相に気づけばいいんです?」
「読者が気づく時刻まで、作者が決める必要はありません。気づける材料を、先に置けばよいのです」
乱歩は宇宙船の見取り図まで作っていた。
「閉ざされた船内、いるはずのない人影、記録と本人の記憶の食い違い。材料は実によい。しかし、せっかくの密室を、人工知能の説明で歩いています」
「分かりにくいと思って、説明を足したんです」
「分からせることと、先に答えを教えることは違いますぞ」
乱歩は、もっと早く見せる手掛かりを青、遅く明かす答えを赤で船内図へ書き込んでいた。さらに、使われていない区画、途切れた映像、存在しない乗員の足音まで勝手に加えようとする。
「それは俺の小説にないですよね」
「ないから足すのです」
「いったん、ある材料だけでお願いします」
止めながらも、少し面白そうだと思ってしまった。乱歩はそれを見逃さず、足音の案だけ別紙に残した。
三人の指摘は、見ている場所が違っていた。
漱石は、主人公と人工知能の間にある距離を見る。芥川は、真相と選択がどう結びつくかを見る。乱歩は、読者が何を知り、何を知らないまま船内を進むかを見る。
俺が一つ直そうとするたび、別の問題が見えてくる。
「全部直せば、面白くなりますかね」
思わず尋ねると、芥川はすぐに答えなかった。
「僕たちの意見を全部入れれば、僕たちの考えが目立つ小説になるでしょう」
「三宅君が何を書きたかったのかは、まだ聞いていないからね」
漱石も続けた。
俺自身、うまく答えられなかった。暇だったから。SFが好きだから。最後に驚かせたかったから。どれも嘘ではないが、この物語でなければならない理由には聞こえない。
その時、一葉が自分の原稿を開いた。
「では、次は生活の話をしてもよろしいでしょうか」
宇宙船で最後の人類が目覚める話に、生活の話などあっただろうか。
嫌な予感はしたが、俺はうなずいた。




