第13話 六人、俺の小説を読む・下
「この船の食事は、誰が用意するのですか」
一葉は、最後の人類が目覚めて最初に食事を取る場面を指した。
「自動で作られます」
「材料は、どなたが補充するのでしょう」
「出発前に積んであって、船の中でも作れる設定です」
「その仕事をした方の記憶も、船に残っているのですか」
俺が答えに詰まると、一葉は別の一行を示した。人類のすべてを保存した、と主人公が誇る場面だった。
「本当にすべてなら、選んだ人はいないはずです。でも、船の大きさには限りがあるのでしょう」
宇宙船の容量を決めた時、俺は数字としてしか考えていなかった。その外へ誰の記憶が落ちたか、保存される側を誰が選んだかまでは想像していない。
一葉は、壮大な設定を小さくしたのではなかった。俺が大きな言葉で覆っていたものを、一人分の生活へ戻している。
「最後の人類が食べているものを作った人も、人類だったんですよね」
「そうです」
答えながら、原稿の中に今まで見えていなかった人が増えた気がした。
晶子は主人公の最後の決断へ線を引いていた。
「自分が複製だと知ったあと、この方は人工知能に言われるまま、新しい星へ降りています」
「人類を残す使命があるので」
「その使命を、自分で選び直しましたか」
「選び直す?」
「作られた目的に従うことと、自分で同じ道を選ぶことは、結果が同じでも違います」
言われてみれば、主人公は最後まで状況に運ばれていた。地球が滅び、目を覚まされ、正体を知らされ、新天地へ降ろされる。最後の人類なのに、一度も自分で行き先を決めていない。
「使命を捨てさせた方がいいですか」
「それも、わたくしが決めることではありません。残るにしても降りるにしても、この方が選んだと分かる場面が欲しいのです」
晶子の言葉には、直せという命令より、主人公へ決めさせろという要求があった。
五人の意見が一巡したところで、太宰だけが黙っていることに気づいた。
画面の太宰は俺の原稿を表示したまま、珍しくSNSの反応を見ていなかった。
「太宰さんは、どう思った?」
促すと、主人公が人工知能へ、自分を人間として扱えと迫る場面を開いた。
「この人は、自分を人間だと思いたいんですか。それとも、相手から人間だと思われたいんですか」
漱石の指摘と似ている。しかし太宰は、主人公だけでなく、自分自身のことまで尋ねているようだった。
「そこまでは考えてなかった」
正直に答えると、太宰は困ったように笑った。
「では、これから考えられますね。まだ書いていなかっただけです」
六人に囲まれて酷評されているはずなのに、不思議と原稿を捨てたいとは思わなかった。
誰も、ありきたりだから駄目だとは言わない。宇宙船を知らない五人は、その中で誰が働き、誰が話し、誰が選ぶのかを尋ねた。現代の知識を持つ太宰は、記憶から作られた人格へ、自分の問題を重ねている。
俺が驚かせるために置いた設定を、六人は、そこで生きる人間の問題として読んでいた。
「少し、考えてみます」
六色の書き込みが入った原稿を閉じる。今すぐ直せる気はしなかったが、以前のままでよいとも思えなかった。
太宰が、俺の作品ページを表示した。
「話ごとの閲覧数と、最新話まで読まれた数も見てよいですか」
「それで何か分かるの?」
「どこから急に減ったかくらいは。文章の何文字目で閉じられたかまでは分かりませんけどね」
ノベルポートに表示されるのは、各話の閲覧と最新話までの読了数だけだった。それでも俺一人より、太宰と乱歩の方が数字の変化を見つけるのは速そうだ。
迷った末、自分のアカウントを、太宰が使ってよい端末へ追加した。
「数字を見るところまでです。原稿を直したり、公開したりする時は、必ず俺に確認してください」
「まだ信用がない」
「知り合って、何日もたってませんから」
「それでも三千人には信用されていますよ」
「その三千人にも、原稿の公開権限までは渡さないでしょう」
太宰は少し考え、もっともですとうなずいた。素直に了承されると、かえって確認を重ねたくなる。
俺は六部の原稿を抱えた。一人で読み返すのは怖いが、閉じたままにする気にもなれない。
「俺のは、ずいぶん詳しく読んでもらいました」
六人を見回す。
「次は皆さんが何を書くのか、聞かせてもらえませんか」
乱歩は待っていましたとばかりに立ち上がり、一葉は新しいノートを開いた。晶子はすでに候補があるらしい。漱石と芥川だけが、まだ何も決めていない顔をしていた。
新作の案を出すには、もう少し現代を見たい。
その意見だけは、六人とも同じだった。




