第14話 二人の地図
最初の取材先は、家から川沿いの道を抜けて行ける古い商店街になった。
組み合わせは乱歩と一葉。二人だけで送り出す案もあったが、乱歩が地図にない道を見つけたいと言い始めたため、俺も同行することにした。
「三宅さんは、わたしたちを子どもだと思っているのですか」
一葉に尋ねられた。
「一葉さんではなく、乱歩さんを心配しています」
「私は道に迷いたいのですよ」
本人から目的を告げられ、ついていく判断が正しかったと確信した。
駅へ続く商店街は、平日の午前中ということもあって人が少なかった。新しい薬局と百円ショップの間に、古い履物店や時計店が残っている。シャッターの下りた店も多く、看板だけが以前の名前を伝えていた。
乱歩はスマートフォンの地図と通りを交互に見ながら、細い路地の前で足を止めた。
「この道が載っていない」
「私有地じゃないですか」
「向こう側まで抜けています。人も通っている」
買い物袋を提げた女性が、ためらいなく路地へ入っていった。俺たちも後を追うと、二軒の建物の間を抜け、一本裏の通りへ出た。
「地図にない道を知る者だけが、短い道を使える。逆に、地図にある道が実際には消えている場所もあるでしょう」
乱歩は楽しそうに写真を撮った。
一葉は道より、先ほどの女性が持っていた袋を見ていた。
「あの店は、向こう側から来た方には近道になるのですね。毎日使う人には、地図に載っているかどうかなど関係ないのでしょう」
同じ路地を見ても、二人が見つけるものは違う。
商店街へ戻ると、古い履物店の主人が店先へ椅子を出していた。乱歩が地図から店名が消えていることを伝えると、主人は驚くより先に笑った。
「もう閉めようと思ってるから、ちょうどいいよ。娘には、まだ言ってないけどね」
乱歩は閉店時期や古い地図について尋ねた。一葉はしばらく黙っていたが、娘に話していない理由を静かに聞いた。
「あの子、この店が好きだったからさ。帰ってくる場所がなくなると思うんじゃないかね」
店主はまた笑った。先ほどより少しだけ、声が小さかった。
店を離れると、乱歩は「町が地図から消えていく」と口にした。
「店も道も残っているのに、記録だけが先になくなる。最後には、町そのものを盗むという予告状が届くのです」
「なくなれば、面白い事件になるのですか」
一葉の声は穏やかだったが、乱歩は足を止めた。
「面白いというのは、仕掛けのことです」
「その店がなくなれば困る人も、仕掛けなのでしょうか」
さっきの店主の笑い方を、一葉は覚えていた。
乱歩はすぐに反論せず、紙の地図へ履物店の位置を書き込んだ。
商店街の外れにある二十四時間営業の店では、一葉の方が足を止めた。品ぞろえを見るのかと思ったが、彼女が数えていたのは店員の人数だった。
昼前になっても、名札に夜勤と書かれた店員がレジへ立っている。急な欠勤があり、交代する人が来なかったらしい。
一葉は忙しさが落ち着くのを待ち、店員の了承を得て、夜に来る客について尋ねた。
「毎日同じ時間に弁当を買う人もいます。明け方に牛乳だけ買う子もいるし、値引きまで店内を回っている人もいますよ」
店員は笑いながら答えたが、目の下には疲れが残っていた。
俺たちは値引きされたパンと惣菜を買った。レシートを受け取った瞬間、乱歩と一葉が同時に声を上げる。
「この時刻はおかしい」
「値段が上がっています」
乱歩はレシートの発行時刻が店内時計より七分遅いことを見つけ、一葉は棚に残っていた古い値札と比べ、同じ商品が二十円高くなったことに気づいていた。
「七分あれば、防犯映像と証言が食い違います」
「二十円上がれば、毎日買う方は別の商品を選びます」
二人とも相手の発見を否定せず、自分のノートへ書き加えた。
最後に図書館へ寄り、古い住宅地図を現在の地図と並べた。乱歩は消えた道と残った看板を集め、一葉は商店街の営業時間と働く人の変化を調べた。
夕方には駅の方から風が抜け、古い看板が小さく鳴っていた。帰り道には、二つの話の核ができていた。
乱歩が考えたのは、記録から少しずつ消えていく町へ「次は町そのものを盗む」という予告状が届く物語。一葉が考えたのは、夜間営業の終了を告げられた店員と、夜にしか来ない客たちの物語だった。
乱歩は一葉のノートに並ぶ夜勤の日付をのぞき、一葉は乱歩の地図に履物店が小さな丸でしか記されていないことを確かめた。
「同じ場所を見ても、ずいぶん違うものが残るのですね」
「違うから、二つの話になるのでしょう」
互いの案へ口を出すことはなかった。それでも乱歩の地図では履物店の丸が少し大きくなり、一葉のノートには、夜勤の女性が店へ出る日と休む日が分けて書き込まれていた。
同じ町を歩いて、二人は別々の地図を持ち帰った。




