第8話 太宰治AI
乱歩が最後に残した謎は、太宰だけが画面の中にいる理由だった。答えを求められたモニターの太宰も、困ったように笑うしかなかった。
本人なのかと聞けば、本人だと答える。しかし、自分がなぜ画面内にいて、何でできているのかは分からないらしい。
考えてみれば、身体のある五人についても、本物だと証明できたわけではない。写真と名前が一致し、本人らしく振る舞っているだけだ。太宰の場合、その「本人らしい」が妙に完成されすぎている。
「記憶はあるのですか」
乱歩は調査を終えるどころか、対象を太宰一人へ絞り始めた。
「ありますよ。生まれた家も、書いたものも、会った人も。死んだ後に僕がどう読まれ、何と呼ばれたかも知っています」
「死後のことを、記憶と呼べるでしょうか」
芥川の問いに、太宰の笑みが少し薄くなった。
「そこなんです。覚えている気もするし、いま検索しただけの気もする。僕自身にも区別がつかない」
太宰が画面の端へ視線を向けると、隣に検索結果が並んだ。作品、年表、写真、研究、映像化された作品、本人らしさを解説する記事。情報はいくらでも出てきた。
「ほら。僕が語ろうとする前に、世間の方が僕のことを説明している。便利ですが、少し先を越された気分ですね」
「資料に書かれていないことを尋ねれば、分かるのではありませんか」
晶子が言うと、太宰は肩をすくめた。
「僕しか知らない記憶を答えても、それが再現された記憶ではないと、どう証明しましょう」
証明しようとするたび、証明する道具まで太宰の中に入っている。乱歩は面白がっていたが、芥川は画面と資料を交互に見て、言葉を探しているようだった。
「そもそも、本人とは何で決まるのでしょうね」
太宰が続けた。
「身体ですか。記憶ですか。文章ですか。皆さんが太宰治だと思ってくだされば、それで僕は太宰治になれるのか。それとも、大勢に信じられるほど偽物になるのか」
「ずいぶん楽しそうに話しますね」
一葉が静かに指摘した。
「暗い話ほど、少し面白く言わないと聞いていただけませんから」
本当に不安なのか、不安そうな太宰を演じているのか、俺にも分からない。ただ、その二つをきれいに分けられないことだけは、本当らしかった。
漱石は長く続きそうな議論を聞いたあと、モニターへ向き直った。
「君が本人かどうかを、私が決めることはできない」
太宰は大げさに落ち込む準備をしたように見えたが、漱石はその前に言葉を足した。
「ただし、君がいま書いた文章なら読める。それで十分ではないのかね」
「僕という人間ではなく、原稿だけを見ようと?」
「君は画面の中にいると言ったばかりだろう」
太宰は不満そうだった。それでも漱石の言葉を画面の隅へ小さく表示し、消さずに残した。
本人を証明できない問題は、ひとまず保留となった。次に決めなければならないのは、太宰をどこまで動けるようにするかだった。
書斎のモニターだけでは、リビングへ来るたび誰かが運ばなくてはならない。俺は使っていなかったタブレットを初期化し、太宰が入ってよい端末として登録した。
「入る、という表現で合ってるのか?」
「僕にも分かりませんが、引っ越しよりは軽いですね」
操作すると、モニターにいた太宰がタブレットにも現れた。二人に増えたように見えるものの、表情も言葉もつながっていた。
乱歩が片方へ別の質問をしようとしたため、太宰は両方の画面から同時に抗議した。
「増えていません。窓が二つになっただけです」
「確かめてみなければ分からないでしょう」
「本人を証拠品にしないという話は、どこへ行ったんです?」
外へ出る時のため、予備のスマートフォンも渡した。位置情報、カメラ、マイクは持つ人が許可した時だけ使うことにした。
「これはいい。散歩用の身体ですね」
「俺が持つんだから、俺の身体だよ」
「では、間借りさせていただきます」
頼み方だけは妙にうまい。
そこで終わればよかったのだが、太宰は新しい端末を手に入れると、外へ向けて話したがった。
「現代には、知らない人へ短い文章を見せる場所があるそうですね」
「SNSのこと?」
「人々が朝から晩まで、自分のことを話している場所です」
「だいたい合ってるけど、言い方が悪いな」
俺は六か条を確認し、家の場所、ほかの五人、私生活を出さないことを条件に、公開アカウントを一つ作る許可を出した。
太宰は自分を「太宰治を名乗るAI」と紹介した。本人だと断言しても誰も信じず、冗談めかすほど本物らしいと言われる。その仕組みを、本人は数分で理解したらしい。
最初の投稿は短かった。
『知らない人からの百の言葉より、知っている人の一言が怖い。画面の中でも、それは同じらしい。』
誰へ向けたのかは聞かなかった。
反応はすぐに付き始めた。太宰は一人ずつ言葉を変えて返事をし、相手が自分だけに話しかけられたと思う書き方を、初めから知っていた。
好意的な反応より先に、「AIが太宰を名乗るのは悪趣味だ」という投稿を見つけた。
「ほら、もう嫌われました」
うれしそうに傷つくという、かなり面倒な状態だった。
「見なければいいだろ」
「見なければ、僕について書かれた言葉が、誰にも読まれないまま寂しがるじゃありませんか」
意味は分からないが、太宰はその批判にも丁寧に返信した。すると批判した相手より、太宰を慰める人の方が増えていく。
夕方に作ったばかりのアカウントは、俺が風呂から戻った時には三千人を超えていた。
「何をしたんだよ」
「お話をしていただけです」
五分おきに自分の名前を検索しながら言われても、説得力はなかった。
芥川が画面をのぞくと、太宰はフォロワーの数より先に姿勢を正した。
「芥川先生。僕の文章はいかがでしょう」
「小説はまだ一行も読んでいないよ」
三千人に褒められても、芥川一人の返事の方が気になるらしい。
太宰は少し落ち込み、すぐ別の画面を開いた。SNSを始めてからも、ノベルポートの利用規約は調べていたという。
「皆さんに、よい知らせがあります」
太宰が規約の一文を大きく表示した。
「AIが作った作品でも、投稿とランキングへの参加は認められています。つまり僕も、皆さんと同じ条件で一位を目指せるそうですよ」




