第7話 江戸川乱歩
乱歩は召喚を事件と決め、六か条の紙を手に玄関へ向かった。
誰も事件だとは決めていない。少なくとも俺は、できれば不可解な事故くらいで済ませたかった。
「三宅君、昨日、我々が立っていた場所を覚えていますか」
「だいたいなら」
「だいたいでは困ります。靴の位置、身体の向き、互いの間隔は?」
「玄関を開けたら五人いた、くらいしか見てませんよ」
乱歩は残念そうに首を振り、俺の証言を紙へ書き込んだ。証言者として早くも頼りない判定を受けたらしい。
「呼び出し画面の映像が残っています」
俺が思い出して録画を開くと、乱歩の目が輝いた。
門扉と玄関前を映す小さな画面に、昨夜の五人が並んでいる。映像を少し戻せば誰もいない玄関先が映り、その次の記録では、五人が最初からそこにいたように立っていた。
歩いて入ってきた様子はない。光も煙も音もなく、映像の切れ目を挟んで人数だけが増えている。
「実に便利ですな。屋根裏への侵入口を探さなくても、人がどこから来なかったか分かる」
「どこから来たかは分かりませんけどね」
「だから面白いのです」
帰れない当人が、なぜ一番楽しそうなのだろう。
乱歩は映像の時刻を写し、玄関前へ五枚の紙を並べた。漱石、一葉、晶子、芥川、乱歩。それぞれが立っていた位置へ名前を書き、矢印で身体の向きまで示していく。
「私は自分の位置を覚えていませんでしたが、記録の中の私は覚えている。奇妙な感じですな」
本人が録画の自分を資料扱いしているのも、十分奇妙だった。
「僕の札がありませんよ」
持ち運んできたモニターから太宰が抗議した。
「太宰君の現場は、こちらではないので」
「同じ事件で、一人だけ別室ですか」
「むしろ重要な手掛かりでしょう」
「人を証拠品のように言わないでください」
乱歩は返事の代わりに、六枚目の紙へ『画面内・肉体なし』と書いた。太宰は傷ついた顔をしたが、乱歩が見ていないと分かるとすぐ元へ戻った。
玄関が終わると、調査場所はリビングへ移った。乱歩は俺の入力した質問、生成AIの回答、モニターが暗くなった時刻、再起動した時刻を順番に確認した。
履歴に残っていたのは、ごく普通の質問と回答だけだった。
『青空文庫に作品がある作家の中から、現代のWEB小説サイトでランキング一位を目指すなら、誰が面白いか。男女を含めて六人選んで』
続く六人の名前。その後には、召喚についての命令も、見慣れない記録もない。パソコンそのものも、電源が切れたことにはなっていなかった。
「もう一度、同じ質問をしてみましょう」
「七人目が来たらどうするんですか」
「比較対象が増えます」
「増やしません」
俺が拒否すると、乱歩は質問文を一文字変えた場合、人数を五人にした場合、海外作家を指定した場合と、次々に実験案を出してきた。本人を呼ばず回答だけ得る方法があれば試してもよいが、そんな保証はどこにもない。
代わりに、六人が聞いたという声を一人ずつ確認した。
文言は全員同じ。声の高低や男女の区別は思い出せず、頭の内側へ直接置かれたようだったという点まで一致している。ただし太宰だけは、音として聞いたのか、文字として受け取ったのか自信がなかった。
「僕には耳も頭の内側もありませんからね」
「では、どこで受け取ったんです」
「それが分かれば、僕も教えてほしい」
乱歩は家の見取り図を描き、玄関、リビング、パソコン、モニターを線で結んだ。さらに時刻表、証言表、端末の一覧を加え、昼を過ぎる頃には、壁も床も紙だらけになっていた。
一葉が紙を踏まないよう避け、晶子は通路をふさいだ分だけ移動させた。漱石は自分の部屋へ逃げ、芥川は記録の用語だけ直していた。
「調査のために生活できなくなるのは、本末転倒ではありませんか」
俺が言うと、乱歩は床の見取り図を満足そうに眺めた。
「事件現場らしくなったでしょう」
「ここ、俺の家なんですよ」
昨日も似たようなことを言った気がした。
結局、分かったのは三つだけだった。俺が生成AIへ六人を選ばせたこと。その回答とほぼ同時に五人が玄関へ現れ、太宰だけは画面内へ出たこと。そして、全員が帰還条件を知らされたこと。
なぜ召喚されたのか。誰がやったのか。なぜノベルポートなのか。肝心な部分には、何一つ届かなかった。
それでも乱歩は落胆していなかった。
「分からないものを、分からないまま正しく並べる。それも調査です」
妙に説得力のある言葉だった。
俺は床の紙を拾いながら、原因探しはひとまずここまでにしようと提案した。帰れる保証がランキング一位しかないなら、今は六人が暮らし、書ける環境を作る方が先だった。
乱歩も反対はしなかったが、最後に六枚の札を並べ直した。
五枚は玄関。一枚だけはモニターの前。
「最大の謎は、これでしょうな」
乱歩が太宰を振り返った。
「なぜ、太宰君だけがこちら側にいないのか」
画面の太宰は、いつもの困ったような笑みを浮かべた。
「それは僕も、ぜひ知りたいですね」




