第6話 与謝野晶子
家事分担を決めると宣言し、晶子は流しに積まれた食器の前へ立った。
声を荒らげたわけではない。それでも全員が、何を決めるのか尋ねる前に彼女を見ている。結論が出るまで終わらないと、口調だけで分かったのだろう。
「まず、この家で誰が何をするのかです。昨夜は三宅さんが夕食を作り、今朝は夏目先生が手伝った。では次も、お二人が用意するのですか」
「いや、俺は別に料理担当になったつもりは……」
「私もない」
俺と漱石の返事が重なった。
「では、食べた人が自分の分を洗うということで」
晶子が袖をまくり、一葉も黙って食器を取り上げたが、男性陣はまだ席を立たなかった。
「待ってください」
乱歩が食卓を見回し、真剣な顔で皿を指した。
「どれを誰が使ったのか、すでに分からなくなっています」
「では、分かるように印を付けますか」
「それでは面白くない。残った汚れや置かれた位置から――」
「江戸川さんは、今ある分を洗ってください」
事件になる前に解決された。
芥川は言われるより先に立ち、漱石も一枚ずつ運び始める。画面の中にいる太宰だけが、申し訳なさそうな顔を作った。
「お手伝いしたい気持ちはあるんですが、ご覧のとおり身体が」
「では、ほかにできることを決めましょう」
言い訳を同情へ変える隙さえない。太宰は一瞬だけ黙り、すぐに買い物の一覧や予定なら作れると申し出た。
食器を片づけると、晶子は一葉が買ってきたノートの最後のページを借りた。中央へ線を一本引き、必要なことを迷いなく書き出した。
個室。静かな時間。家事。生活費。外出。原稿。
「この六つを、今日決めます」
「今日中に全部ですか」
「今日決めなければ、今夜も同じことで困ります」
正しいが、仕事が速すぎる。俺はまだ全員分の歯ブラシさえ買えていない。
最初に決まったのは個室だった。俺と身体のある五人が一部屋ずつ使い、太宰には書斎と、そこに置くモニターを割り当てることになった。
「部屋へ入る時は、声をかけて返事を待つ。原稿や私物も勝手に見ない。これでよろしいですか」
太宰については、俺が許可した端末だけを使い、私室のカメラやマイクへ勝手につながないことも加えた。身体がないからこそ、どこにいてよいかは先に決める必要がある。
全員がうなずく中、太宰だけが手を挙げる映像を出した。
「閉まった扉の前に僕の画面を置くのは、入室に当たりますか」
「声が中へ届けば同じでしょう」
芥川の一言で、太宰の最初の抜け道はふさがれた。
次は静かな時間だった。漱石が午前中だけは落ち着いて書きたいと言い、芥川と一葉も賛成した。乱歩は夜中に思いついたらどうするのかと尋ねた。
「書き留めて、朝まで待てばよいのです」
「怪人が待ってくれるとは限りませんぞ」
「現れる予定があるのですか」
ないらしい。
午前九時から正午までを静かな作業時間、夜十一時から朝七時までは共用部で音を立てない時間とした。太宰は眠る必要がないと訴えたものの、眠らなくてよいことと、他人を眠らせなくてよいことは別だと晶子に却下された。
家事は当番制。ただし、表に名前を載せただけで公平だと思わないこと。一葉が、洗剤や紙の補充は誰の担当になるのかと尋ねたため、その時々の負担を見て当番を変える一文も加わった。
生活費は俺が負担し、大きな買い物と月額料金だけは事前に相談する。太宰が有料サービスを自分の食費として扱えないか尋ね、一葉に「食べていないでしょう」と切り捨てられた。
五つ目は外出と、外へ向けた発信についてだった。
「散歩や買い物まで許可を求める必要はありません。ただ、帰りが遅くなるなら知らせる。家の場所や、ここにいる人のことは勝手に外へ出さない」
晶子が太宰の画面へ視線を移した。
「もちろん、あなたもです」
「僕はまだ何も発信していませんよ」
「これからするつもりなのですね」
太宰は答えず、にこやかに笑った。これは放っておくと何かする顔だと、俺にも分かった。
最後は原稿の扱いだった。他人の原稿を勝手に読まない。許可なく直さない。まして、どこかへ公開しない。
「そこは絶対に守ってください」
俺が口を挟むと、全員の視線が集まった。
「作品を批評するのは構いません。でも、本人が見せていない原稿や、誰かの私生活を勝手に外へ出すのは駄目です。消せば終わりとは限らないので」
今までより強い言い方になったが、晶子は茶化さなかった。俺の言葉をそのまま短く整え、六つ目の決まりとして書き込む。
「ほかに意見はありますか」
晶子が尋ねると、なぜか全員が漱石を見た。
「私を見る必要はない。与謝野さんがまとめたのだから、与謝野さんへ言いたまえ」
「夏目先生にも、皆で決めた形にした方がよいというお考えがあるのでしょう」
「それはそうだが、私は議長ではない」
「では、議長も決めますか」
「増やさなくてよい」
漱石は即答した。
結局、六つの決まりに全員が同意した。誰か一人が押しつけたのではなく、事情が変われば話し合って直す。その一文を漱石が加え、晶子も異論なく採用した。
俺は完成した紙を眺め、そこでようやく気づいた。
「いや、俺の家なんですけど」
「ですから、三宅さんにも確認しました」
晶子は当然のように答えた。確認された覚えはあったが、主導権まで戻ってきた感じはしなかった。
乱歩が六か条の紙を受け取り、内容よりも紙そのものを裏返した。
「共同生活の方は、ひとまずよいでしょう。しかし我々は、もっと先に調べるべきことを忘れていませんか」
「何をです?」
「召喚現場ですよ」
乱歩は玄関の方を見たあと、楽しそうに笑う。
「事件が起きたというのに、まだ誰も現場検証をしていない」




