第30話 月曜午前零時十五分
午前零時を過ぎても、家の中は何も変わらなかった。
ランキング画面には『集計中』と表示され、残り時間も進行状況も出ない。
同じ十五分を待つのは、これが二度目だった。
最初の月曜には、乱歩が一分ごとの時刻を書き、太宰が更新を勧め、芥川が規約の文言を確かめていた。今夜、乱歩の紙は白いままで、芥川は閉じた規約へ手を伸ばさない。太宰も更新ボタンを表示しなかった。
一葉が、夕食のあとに残った湯飲みへ手を伸ばした。
「片づけますか」
晶子は七つの場所を見回した。
「あとで、全員でいたしましょう」
一葉も手を戻す。誰か一人の分だけが残る形には、まだしたくないのだろう。
漱石は何もまとめず、食卓の端で庭側の暗い窓を見ていた。
「待つほかないね」
それだけを、自分の席から言った。
零時十四分。
乱歩が十秒ごとに時刻を読み始めた。
「十、二十、三十――」
「普通は残り秒数を逆に数えるのでは?」
太宰が口を挟み、乱歩は自分の方法でよいと答えた。最後まで二人は、どうでもよいところで譲らなかった。
俺は六人の顔を順番に見た。
この家へ来た時は、名前しか知らなかった。紙幣で見た顔、教科書で聞いた名、作品を一つ二つ知っている程度だった。
今は、漱石が頼られることを嫌がりながら話を聞くことも、芥川が調べすぎて書き出せなくなることも知っている。乱歩は謎があれば家の床まで使い、一葉は数字の向こうに暮らす人を見る。晶子は決めるだけでなく、決めた後の責任まで引き受ける。
太宰は、画面の中から誰より遠くへ言葉を届け、たった一人の返事に黙り込む。
誰が一位でも、その作品が偶然とは思わなかった。
「結果が出たら、最初に何をします?」
残り一分を切ったところで、俺は尋ねた。
乱歩は一位の条件を確認すると答え、一葉は残る人の朝食を用意すると言った。晶子は、自分が残れば次の更新を続ける。芥川は一度原稿を閉じてから考えると答えた。
漱石は、帰れると決まってから帰ることを考えると言った。
太宰だけは、少し遅れて笑った。
「僕は、三宅さんが何を見るか見届けたいですね」
一人だけ画面の中にいる太宰が、どうやって帰るのかも分からない。それでも、その返事を聞いた時には、あと数十秒で声が消えるとは思わなかった。
午前零時十五分。
画面が一度、白くなった。
次の瞬間、部屋から音が消えた。
漱石のいた椅子に、読みかけの本だけが残っている。芥川の前には眼鏡と書き直した注記。乱歩の手帳が開いたまま止まり、一葉の湯飲みから湯気が上がっていた。晶子が持っていた布巾は、床へ落ちている。
太宰を映していた画面も暗かった。
「え?」
返事はない。
俺は最初に書斎へ走った。モニター、タブレット、予備のスマートフォンを順番に起動する。どの画面にも太宰は現れない。
二階の部屋を一つずつ開け、庭と玄関まで確かめた。
誰もいなかった。
漱石の部屋には、しおりを挟んだ本が置かれていた。芥川の机には分類途中の資料が残り、乱歩の床だけは、決めた範囲から地図が少しはみ出している。
一葉のノートには翌週の買い物が書かれ、晶子の当番表には、消さなかった六人分の名前があった。
人だけが、そこから抜け落ちている。
一位になった一人だけが帰ると思っていた。
それなのに、六人全員が消えている。
リビングへ戻ると、八人掛けの食卓だけが不自然に広かった。庭側の窓には室内が鏡のように映り、その中にも俺しかいない。
低い生垣の向こうでは、村瀬さんの家の縁側に明かりがついていた。隣にはいつもの夜が残っているのに、こちらの家だけが六人の来る前の静けさへ戻っている。
その時、ノベルポートから通知音が鳴った。週間総合ランキングが確定したという知らせだった。
同時に、俺自身の投稿者アカウントにも未読通知が一件届いている。
六人の順位を管理していた画面に、俺の名前で届くはずのない通知だった。
通知の端に、『AI利用あり』という小さな表示が見えた。
何の作品についての通知なのか、本文を開かなければ分からない。
太宰が何をしたのか、おおよそ分かった。
腹が立った。嬉しいかどうかは、そのあとで考えることにした。
六人全員が帰ったのなら、誰かの作品が一位になったはずだった。
では、いったい誰の作品だったのか。
俺は、週間総合ランキングを開いた。
<了>




