第29話 日曜日の食卓
日曜の夜、七人で鍋を囲んだ。
六作の最終更新はすべて終わっている。ランキングの締切まで、あと三時間。誰か一人が、明日にはこの家からいなくなるかもしれない。
だからといって、送別会とは呼べなかった。
誰が帰るか分からない上に、全員が残る可能性もある。乾杯の言葉を決めかねていると、漱石が「夕食を始めればよい」と言い、いつもどおりの食事になった。
乱歩は鍋の具が減る順番から、それぞれの好みを推理しようとした。一葉は推理する前に本人へ尋ねればよいと言い、晶子は残った具を均等に分けた。
芥川は食卓へ端末を持ち込まなかったが、通知音が鳴るたび一度だけ視線を向ける。太宰は画面の中で食べられない鍋を褒め、漱石から味が分からないだろうと指摘された。
いつもと同じやり取りが、今夜だけは少し長く続いてほしかった。
この家で六人分の食事を用意し、七人で食卓を囲むことにも、いつの間にか慣れていた。
最初は食器の数さえ足りず、誰が片づけるかで会議になった。今は乱歩が鍋敷きを出し、芥川が空いた皿を重ね、一葉が足りない調味料に気づく。晶子が指示をしなくても、それぞれが少しずつ動いた。
家の方にも、七人の暮らしが染みついている。玄関には五人分の靴、廊下には当番表、階段の手すりには誰かが置き忘れた本。リビングの床には、乱歩の地図を囲ったテープの跡が薄く残っていた。
太宰だけは相変わらず、食べないのに料理へ意見を言った。
「香りくらいは分かるのか?」
「皆さんの顔から推測しています。今日の漱石先生は、少し薄いと思っていますね」
「勝手に私の舌を使わないでくれ」
漱石は否定したが、そのあと醤油へ手を伸ばした。
玄関のチャイムが鳴り、村瀬さんが漬物と果物を持ってきた。
「来週も、同じくらい持ってくればいいのかしら」
誰が帰るか知っているはずもない。それでも村瀬さんは、別れの挨拶をしなかった。
「もちろんです。まだ全員いると思いますよ」
俺が答えると、村瀬さんは「そう」とだけ言った。
それから食卓の全員へ、また来週と言った。
六人の誰も、その約束を訂正しなかった。帰れるなら帰りたいはずなのに、来週ここにいないと口にすることはできないらしい。
村瀬さんも、分かっていて普段どおりにしたのだと思う。
漱石は、自分が帰った場合に備え、朝の相談を一人で引き受けないよう全員へ頼んだ。芥川は共有の資料へ出典を付け、一葉は買い置きの場所を書き残し、晶子は当番表の空欄を消さずにおいた。
乱歩は召喚調査の記録を一冊へまとめ、俺へ渡した。
「帰れなかった者が、続きを調べればよい」
「乱歩さんが残る可能性もありますよ」
「その場合は、もちろん私が続けます」
誰も、自分が必ず帰るとは言わなかった。
俺へ向けた伝言もあった。
一葉は食費の記録を捨てないよう頼み、乱歩は召喚時の映像を複製しておくよう勧めた。晶子は、六人がいなくなったあとに生活時間を崩さないよう言った。
芥川は、俺の改稿作をもう一度自分で読むよう勧めた。
漱石は何も言わず、最後に「世話になったね」とだけ口にした。
礼を言うには早いと返したが、声が少し上ずった。
食後、太宰が俺だけを画面へ呼んだ。
「三宅さん。無断で、人のためになることをしたら、怒りますか」
「内容によりますけど、無断で原稿を公開したら怒ります」
即答すると、太宰は困ったように笑った。
「では、僕が食器を洗った場合の話にしましょう」
「できないだろ」
「だから、怒られずに済みます」
冗談へ変えられたが、どこか引っかかった。
太宰は、俺が怒った時のことを忘れたわけではない。忘れていないから尋ねたのだと、その時に考えるべきだった。
午後十一時五十分、全員がリビングへ集まった。
画面には六作の順位が並び、数分ごとに変わっている。太宰は数字を読み上げず、漱石も本を開かなかった。
一葉が湯を沸かし、晶子が七つの場所へ湯飲みを置く。太宰の前だけは、村瀬さんからもらった木製の台があった。
午前零時。
ランキング画面から順位が消え、『集計中』の文字へ変わった。
十五分後には、誰か一人がいなくなるかもしれない。
七人は同じ画面を見ながら、待った。
庭側の窓の向こうでは、いつもと同じ秋の風が木を揺らしていた。低い生垣の先にある村瀬さんの家も、縁側の明かりを消している。




