第3話 夏目漱石
責任者ではないと宣言した漱石だったが、誰も別の人間を見ようとはしなかった。
朝食の席には、昨夜聞けなかった疑問が積み上がっていた。帰る方法、現在の年、家族や知人の行方、ここにいる間の生活、そもそも自分たちは本物なのか。
全員が好きな順番で話せば、どれも答えが出ないまま昼になる。
「代表者でなくても構いません。順番だけ決めていただけませんか」
一葉が頼むと、漱石はしばらく黙り、最後には俺から紙とペンを受け取った。
「では、分かっていることと、分からないことを分けよう。ただし、私が決めるのではない。話す順番を整えるだけだ」
十分後には全員が漱石へ向かって話していた。
本人は責任者ではないと言い続けながら、乱歩が話を広げれば元へ戻し、晶子が結論を急げば芥川の意見を待ち、太宰が余計な可能性を足せば後回しと書き留めた。
「先生のおっしゃるとおりです」
芥川が自然に応じる。
その呼び方を聞き、俺は二人を見比べた。名前しか知らない俺でも、芥川が漱石の門下だったことくらいは検索すれば分かる。しかし、芥川が全幅の信頼を置いているように見える一方、漱石はその期待まで引き受けないよう、わずかに距離を取っていた。
「今は西暦二〇二六年です」
俺が告げると、食卓が静かになった。
それぞれが、自分の生きていた時代から何年過ぎたかを計算しているらしい。最初に口を開いたのは晶子だった。
「わたくしたちは、すでに亡くなっているのですね」
「少なくとも、歴史上は」
答えながら、ひどく失礼なことを言っている気分になった。
漱石は自分の死について詳しく尋ねず、代わりに、家族の名が現在まで記録されているかを聞いた。検索結果を見せると、一つずつ静かに読み、画面を伏せる。
何を思ったのか、俺には分からない。分かったような顔をするべきでもないと思った。
「三宅君」
今度は漱石が俺へ質問した。
「君は、我々の作品をどれほど読んでいるのかね」
「名前なら全員知ってます。作品は……教科書で一部を読んだくらいです」
「それで、本物の文豪なら一位になれると思ったのか」
「思いついただけです。俺の小説が、ほとんど読まれなかったので」
笑われるかと思ったが、漱石は俺の顔をしばらく見ただけだった。
「何となく書き始め、読まれなかったから昔の作家を試そうとした。ずいぶん暇そうだね」
「否定できません」
「しかし、最後まで書いたのだろう」
意外なところを拾われた。
「一応は」
「ならば、暇だけで片づける必要もあるまい」
励ましているのか、事実を言っただけなのか分からない。それでも、ほとんど動かなかった閲覧数を見た時より、少しだけ自分の小説をまともなものとして扱われた気がした。
話し合いを続けた結果、確かめられたことは少なかった。
六人は別々の場所から、同じ時刻にこの家へ来た。太宰だけは肉体を持たず、画面の中へ現れた。全員が、ノベルポートの週間総合ランキングで一位になれという言葉を認識している。
声の主も、召喚の仕組みも分からない。
「警察や新聞へ知らせるべきでしょうか」
一葉の問いに、漱石は俺を見た。
「この時代のことは、三宅君の方が詳しい。君はどう考える」
代表者として決めず、判断をこちらへ返してきた。
俺は、今すぐ公表すれば保護より先に騒ぎになると思う、と答えた。本人である証拠もなく、事情を説明できる者もいない。少なくとも生活と帰還の手掛かりが整うまでは、外へ知らせない方がよい。
漱石は全員へ異論がないか尋ねた。晶子は、秘密にするなら誰か一人の命令ではなく、全員が同意した形にすべきだと言い、一葉も賛成した。
「ほら、やはり先生がまとめているではありませんか」
太宰が画面から言った。
「私は意見を聞いただけだ」
「それを世間では、まとめると言うのでは?」
「君の意見は聞いていない」
「いま聞かれたところですよ」
漱石は太宰を無視し、話し合いを終えようとした。
その横で、芥川だけが帰還条件を書き写していた。
――元の場所へ帰りたければ、ノベルポートの週間総合ランキングで一位になれ。
彼は文面を何度も読み、最後に二本の線を引いた。
「先生。この条件ですが、肝心なことが書かれていません」




