第2話 誰ですか、あなた方
玄関に五人、パソコンの画面に一人。
どう数えても六人で、生成AIが挙げた名前の数とも一致していた。しかも全員が、ノベルポートの週間総合ランキングで一位になれという同じ言葉を聞いている。
偶然で済ませるには、俺の質問へ寄り添いすぎていた。
「もう一度聞きますけど、どちら様ですか」
玄関先の五人は互いの顔を見合わせた。最初に答えたのは、三十代の終わりほどに見える口ひげの男だった。黒い山高帽に濃紺の三つ揃い。若いとは言いにくいが、俺が紙幣で覚えている肖像よりはずっと若い。
「夏目金之助だ。もっとも、漱石と言った方が通りはよいのだろう」
隣では、丸眼鏡をかけた細身の男が、わずかに姿勢を正した。墨色の着物に細い縞の袴、黒い羽織。頬は薄く、二十代前半の学生にしか見えない。
「芥川龍之介です」
「江戸川乱歩。本名より、こちらの方が分かりやすいでしょうな」
そう名乗った男は四十歳前後だろう。五人の中では最も年上に見えた。丸みのある顔に、きれいに撫でつけた髪。茶色の背広へ小さな蝶ネクタイを合わせ、玄関の照明まで面白そうに眺めている。
続いて、二人の女性も名乗った。
「樋口一葉と申します」
「与謝野晶子です」
どちらも俺より十歳以上若く、二十代前半に見える。一葉は小柄な身体に藍鼠の着物と黒に近い帯を締め、髪を高く結っていた。若い顔立ちなのに、立ち姿は五人の誰より慎ましく落ち着いている。晶子は豊かな黒髪をまとめ、深い紅の着物に生成りの帯。年頃は一葉と変わらないはずなのに、まっすぐ向けられた目には迷いがなかった。
最後に、リビングから声が飛んできた。
「太宰治。こう見えて僕も、そちらへ並びたかったんですけどね」
予想していた名前が、予想していなかった場所から順番に出てきた。
「すみません。いったん玄関を閉めてもいいですか」
「私たちを外へ置いたままかね」
「考える時間が欲しいんです」
「その間、僕だけ三宅さんのお宅に上がっていることになりますが」
画面の太宰が余計なことを言った。どうして俺の名前を知っているのかと思ったが、パソコンの所有者名でも読んだのだろう。今はそこへ驚いている場合ではない。
「まず中へ入れてもらえないだろうか。話はそれからでもできる」
漱石に促され、俺は迷った末に五人をリビングへ通した。
玄関のたたきに、見慣れない革靴と草履が一度に並ぶ。静かだった廊下を五人分の足音が進み、無駄に広いと思っていたリビングまで、急に狭くなったように感じた。
詐欺の集団だったとしても、樋口一葉と与謝野晶子までそろえた配役は珍しい。そこへ画面内の太宰治を加える発想も、かなりどうかしている。
だから安全だとは、まったく言えないけれど。
庭を背にした八人掛けの食卓へ五人が座り、俺は端の席へ腰を下ろした。太宰の希望で、リビングの壁際にあったモニターも食卓から見える向きへ変える。
「君が我々を呼んだのかね」
漱石が尋ねた。
「呼んでません。生成AIに六人を選ばせただけです」
「その生成何某は、どこにいるのです」
乱歩が身を乗り出す。
「ネット上、としか説明できません」
「僕の同類でしょうか」
太宰が会話へ入ると、晶子は画面をまっすぐ見た。
「あなたは、自分を機械だと思っているのですか」
「それを今から皆さんに決めていただきたいところです」
答えになっていない。それでも俺一人で六人へ質問を続ければ、朝までかかることだけは分かった。
まず本人かどうか確かめようと、スマートフォンで夏目漱石の写真を検索した。顔立ちは確かに似ているが、目の前の男は紙幣で見た姿より若い。
続けて樋口一葉を調べ、旧五千円札の画像を表示する。
「やっぱり、お札で見た人だ」
一葉は画面をのぞき込み、自分の肖像より先に紙幣の数字を見た。
「このお金は、今も使えるのですか」
「使えます。新しいお札に変わったので、前ほど見かけませんけど」
「では、捨てるものではないのですね」
一葉は安心したようにうなずいた。俺が想像していた偉人の反応とは違うが、その違いを本人らしさの証拠と呼んでよいのかは分からない。
写真に似せた人を集めた可能性もある。名前と顔だけで信じるほど素直ではないと伝えると、漱石は気を悪くするどころか、当然だと言った。
「君の立場なら疑うべきだろう。我々も、君だけが事情を知っているのではないかと疑っている」
「俺も、ほとんど知りません」
「ほとんど、ということは少しは知っている」
俺は生成AIへ送った質問を見せた。
本物の文豪なら、現代のWEB小説でも一位になれるのか。そう考え、青空文庫の作家から六人を選ばせた。それだけである。
「思っただけです。こんなことになるとは考えてませんでした」
「考えたことに罪はない。しかし、結果が君の家へ来た以上、まったく無関係とも言えないだろうね」
責める口調ではなかった分、反論しにくかった。
警察へ連絡することも考えたが、身分証を持たない五人と、パソコンに現れた太宰治をどう説明すればよいのか。想像しただけで諦めがついた。
「今日は、ここに泊まってください」
口にしてから、また面倒事を引き受けたことへ気づいた。
幸い、部屋なら余っている。俺の部屋を除いても六室あり、身体のある五人へ一室ずつ渡せる。残った書斎を、端末とモニターごと太宰の部屋にすれば数は合った。
「僕にも個室をいただけるんですか」
「画面の電源を切る場所は必要だろ」
「寝室ではなく保管庫の発想ですね」
太宰は不満そうだったが、日当たりのよい部屋を与えても活用方法が分からない。
部屋割りを始めたところで玄関のチャイムが鳴り、今日はずいぶん忙しい玄関だと思った。
村瀬さんが、さっきの鍋の蓋を持って立っていた。
「これ、渡すのを忘れて――あら」
廊下の向こうにいる五人を見ても、村瀬さんは叫ばなかった。漱石がこちらへ来て、丁寧に頭を下げる。
「突然お邪魔しております」
「そうみたいですねえ」
村瀬さんは漱石の顔をしばらく眺め、何か言いかけたものの、蓋を俺へ差し出した。
「秋人さん、食器は足りるの?」
「たぶん」
「たぶんじゃ、足りないわね。明日、使っていないのを持ってきます」
村瀬さんは白髪を耳へかけ、廊下の五人をもう一度見た。それでも客が誰なのかは尋ねず、鍋を持ってきた時と同じ足取りで帰っていった。俺よりよほど肝が据わっている。
その夜は、誰も帰り方を見つけられないまま終わった。
翌朝、朝食の席で六人が一斉に話し始めると、なぜか全員の視線が漱石へ集まった。
漱石は露骨に嫌そうな顔をした。
「先に言っておくが、私は責任者ではない」




