第27話 俺の小説ではなくなる
無断で原稿を直した理由を問い返すと、食卓が静かになった。
六人は以前、俺の小説を読む許可を得ている。しかし今回は感想を書いただけではない。文章を消し、台詞を足し、別の結末まで提案していた。
「公開したわけではありません」
乱歩が言った。
「公開していなくても、本人の許可なく原稿を直さないと決めましたよね」
自分でも驚くほど、声が低くなった。
悪くしようとしたわけではないことは分かっている。むしろ全員が、本気で面白くしようとしてくれたのだろう。
それでも、善意なら境界を越えてよいことにはならない。
「よくなるなら何をしてもいい、とは思いません」
自分の言葉が、太宰のSNSを止めた時と同じだと気づいた。公開したかどうか、結果として役立つかどうかだけではない。本人へ尋ねずに決めたことが問題だった。
最初に謝ったのは晶子だった。
「おっしゃるとおりです。感想を求められたことと、直す許可をいただいたことを、同じにしてしまいました」
一葉も頭を下げ、漱石は止めなかった自分にも責任があると言った。芥川は書き込みの入っていない原稿データが残っていることを確認し、乱歩は弁解をやめた。
太宰だけが、画面の中で黙っていた。
俺は原稿を持って自室へ戻った。
扉を閉めても、誰も追ってこなかった。六か条で決めたとおり、返事をするまで部屋へ入らない。その規則を今度は全員が守った。
怒りが収まってから、六色の書き込みを一つずつ読んだ。
同じ場面へ、六つの答えが書き込まれていた。主人公が人工知能へ正体を尋ねる場面では、返事をさせる案、沈黙させる案、質問そのものを変える案が重なり、元の文章が見えなくなっている。
どれも俺の文より巧く見えた。それでも、六人のうち誰かの正解を選ぶだけなら、書き手が俺である必要はなかった。
太宰の書き込みは、一か所だけだった。台詞を足す代わりに、余白へ問いが残されている。
『その選択は、誰のものですか』
翌朝、俺は六人を食卓へ集めた。
「昨日のことは、まだ怒っています」
先にそう伝えた。
「その上で、今度は俺から頼みます。合評を続けてください。採用するかどうかは、俺が決めます」
誰かの文章へ作り替えるのではなく、自分の小説として直す。その条件で、六人の意見を正式に借りることにした。
改稿には一週間かかった。
書き込みだらけの原稿ではなく、元の原稿を複製した白い画面から始めた。最初に消したのは、宇宙船へ積まれた「人類のすべて」を説明する三つの段落だった。
代わりに、主人公が食料庫で一枚の点検票を見つける場面を書いた。毎日同じ時刻に署名していた整備員の名が、保存された記憶の一覧にはない。人類を残したつもりの船から、最初に具体的な一人がこぼれた。
そこから先は、六人の意見が割れた。整備員の記録をもっと早く出すべきだという者も、名前だけで十分だという者もいる。俺は全員を納得させる案を探すのをやめ、主人公がその名を覚えるまで、点検票をただの小道具として置いた。
最後に主人公は、自分が複製だと知る。人工知能は予定どおり新天地へ降りるよう求めるが、主人公はその前に、一覧から漏れた人々の記録を探すと決めた。使命を捨てたわけでも、言われたまま従ったわけでもない。最初に覚えた一人の名を持って、自分で同じ道を選び直した。
六人が書き足した文章は、一文もそのまま使わなかった。意見を拒んだのではない。その言葉で見えるようになったものを、自分の文章でもう一度選び直した。
完成した改稿版を、ノベルポートの非公開下書きへ保存した。
保存ボタンを押したあと、以前の完成時とは違う疲れがあった。六人に直してもらった作品ではない。六人に読まれたことで、ようやく自分が書きたかったものを選び直した作品だった。
「公開しないのですか」
太宰が尋ねた。
「これは皆さんの六作とは別です。今から同じ競争へ割り込ませるつもりはありません」
読まれないままでも、以前とは違う作品になった。それだけで十分だと思おうとした。
本当に十分なら、太宰へそう答えられたはずだった。
太宰は完成稿を最後まで読み、画面の端へ保存した。
「これは、読まれないままでよい作品ですか」
俺は答えず、端末を閉じた。




