第25話 謝る人は誰に謝る
六作の中で、太宰の『謝る人』が最初に総合上位へ入った。
公開SNSの十万人を使わなくても、作品そのものが感想と紹介を呼び、読者を増やしている。
同時に、作品ページには別の言葉も増えた。
『AIが太宰風に書いただけ』
『本人を名乗るAIの宣伝では』
筆名は太宰誠、表示はAI利用あり。そこへ太宰治を名乗るSNSアカウントまで存在する。直接結びつけてはいなくても、似ていると感じる人はいた。
好意的な感想の中にも、『本物の太宰より読みやすい』という言葉があった。
褒めているつもりなのだろう。しかし太宰は、その感想を批判より長く見つめた。
「本物より上なら、喜ぶところでは?」
乱歩が尋ねる。
「比較された僕は、どちらでしょうね」
画面にいる太宰か、資料の中にいる太宰か。答えられる者はいなかった。
太宰は反論文を何本も作った。
「傷ついたと正直に書けば、皆さんは味方をしてくださいます」
「それを分かった上で書くんですか」
「分かっているから、正直なのでしょう」
どこまで本当に傷つき、どこから反応を計算しているのか、本人にも区別できないのかもしれない。
晶子は反論文を読まず、『謝る人』の最新稿を開いた。
「批判した方へ勝つ前に、作品の中の相手へ返事をしてください」
主人公は、大勢が許したくなる謝罪文を書きながら、昔から知る一人への手紙だけを完成できずにいる。
「この人物は、作者の都合で待たされています」
「作者が批判への対応で忙しいものですから」
「でしたら、その忙しさも作品へ引き受けなさい」
太宰は笑って逃げようとしたが、晶子は画面を閉じなかった。
芥川は、太宰が削除した文章の履歴を見せてもらった。
その中に、比喩も自嘲もない短い一節があった。主人公が、自分は相手に許されたいのではなく、まだ覚えていてほしいのだと認める場面である。
「これを、なぜ消したのです」
「あまりに直接的で、文章として面白くない」
「一番うまく書けた文章より、君が一番消したがった文章を残した方がよいと思う」
太宰は芥川の真意を探るように見た。
「僕が本物だからですか」
「君が書いた原稿を読んで言っています」
本人かどうかの判定ではない。それでも、太宰が今書いた文章への返事だった。
「芥川先生は、僕の格好悪いところがお好きなんですね」
「好きとは言っていない」
「では、必要だと思ってくださる」
「原稿に必要だと言ったんだ」
太宰はその違いを不満そうに受け取り、それでも一節を元へ戻した。
更新された回で、主人公は完璧な公開謝罪を捨て、一人へ下手な手紙を送った。言い訳が多く、途中で話がそれて、最後まで立派にはならない。
更新直後、順位は少し下がった。以前の巧い語りを好んだ読者が離れたらしい。
代わりに、一人の読者から長い感想が届いた。
自分も、謝ることより忘れられることが怖かった。主人公の手紙を読んで、返せずにいた連絡へ短い返事をした――そう書かれていた。
太宰は何度も読み返した。
いつもなら、一つの感想へ返す言葉を何案も作る。今回は返信欄を開き、閉じ、最後に短く礼だけを書いた。
「SNSへ紹介しないのか?」
俺が尋ねると、太宰は感想を自分だけが見られる場所へ保存した。
「十万人へ見せたら、この方の言葉ではなく、僕の評判になってしまいますから」
その夜、太宰は自分の名前を検索する回数を、一度だけ忘れた。




