第24話 更新が止まった町
乱歩の更新が、初めて予定日に出なかった。
原稿が書けないわけではない。次に起きる事件も、登場人物の動きも決まっている。ただし、町を消す仕掛けの一部だけが完成していなかった。
「この手掛かりでは、二通りの答えが成り立ってしまう」
乱歩は床へ地図を広げ、同じ道へ色の違う糸を何本も張っていた。
「片方を消せばいいんじゃないですか」
「消せば、犯人だけが知っていたことになります。それでは読者に不公平だ」
未完成の仕掛けを出すことも、後から都合よく直すことも拒んだ。
俺は一度、更新日を遅らせる知らせだけ出してはどうかと提案した。乱歩は読者へ嘘をつきたくないと言い、理由をどこまで書くべきかでまた考え込み始める。
「仕掛けが完成しないため、と書けばいいのでは?」
「それでは、仕掛けがあることを改めて教えてしまう」
「推理小説なんだから、あるでしょう」
結局、『取材と構成のため、次回更新を延期します』という普通の知らせを出すまでにも一時間かかった。
待っている読者からは、心配する感想が届いた。更新が一度止まっただけで順位も下がり始める。乱歩は数字を興味深そうに記録したが、原稿は進まない。
「町の人たちは、謎が解けるまで何もなさらないのですか」
一葉が地図の外から尋ねた。
「次の事件が起きるのを待っています」
「履物店の方も、店を閉める日が近づいているのに?」
乱歩は、地図の上の小さな丸を見た。
大きな謎が止まれば、町全体まで止まっている。だが住民には、犯人の仕掛けとは別に今日の暮らしがある。
「謎を解かない回を書け、ということですか」
「町で暮らす方は、毎日謎を解いているわけではないでしょう」
乱歩はしばらく考え、地図を端へ寄せた。
その日の夜に公開されたのは、履物店の主人が娘へ閉店を伝えようとして、何度も電話を置く一話だった。町を消す仕掛けは進まない。それでも、地図から店名が消えたことが、父娘の会話を難しくしている。
事件が動かない回を出すことに、乱歩は最後まで迷っていた。公開後もしばらく画面を閉じ、読者が退屈したかどうかを確かめようとしない。
事件の答えを待っていた読者から、意外なほど多くの感想が付いた。
『この店だけは消えてほしくない』
乱歩はその一文を読み、次の地図へ履物店を以前より大きく描いた。
反対に、一葉の『夜明け前のレジ』は、人物の生活を丁寧に追うほど、物語の先が見えにくくなっていた。
夜勤の女性、介護職員、帰りたくない少年、配達員。どの場面も忘れにくいが、いつまで続く話なのか分からない。
一葉は、合評の夜に書き留めた『残り日数』という欄を開いた。
「数字で人を急がせるのが、少し嫌だったのです」
乱歩へではなく、自分のノートへ向かって言った。
「ですが、今日の履物店を読んで分かりました。事件が進まない日にも、店を閉める日は近づいているのですね」
一葉は自分で原稿を開き、各話の冒頭へ残り日数を置いた。
夜間営業終了まで、あと十四日。
人物の生活は変わらない。しかし読者には、一つ一つの会話が最後へ近づいていると分かるようになった。
残り日数を入れた最初の回では、主人公が新しい仕事の募集を見つけても、応募を翌日に延ばしていた。以前なら日常の迷いに見えた一日が、期限を示したことで、失われる一日に変わった。
一葉は数字を入れても、人物の時間まで乱歩へ預けたわけではなかった。毎回同じ強さで煽らないよう、表示は小さくすると自分で決めた。
二作の更新は、偶然同じ日の同じ時刻になった。
片方では町の地図が消え、片方では夜の店が閉じようとしている。作者が同じ家で向かい合って書いているとは、誰も知らない。
それでも感想欄には、二つの作品から似た町の匂いがする、と書く読者がいた。
乱歩と一葉は互いの画面を見たが、どちらも自分の影響だとは言わなかった。




