第20話 六作、公開
公開前日の夜、六人は原稿より作品ページを直していた。
題名、あらすじ、ジャンル、最初に表示される紹介文。本文を書き終えても、決めることはいくらでもある。
乱歩は『地図から消えた町』のあらすじへ、予告状の全文を載せようとした。芥川は長すぎると言い、一葉は町で暮らす人が一人も見えないと指摘する。結局、予告状は最初の一行だけ残った。
漱石の『相談役の空席』は、現代ドラマに分類された。本人は何の相談役かをあらすじで明かしたがらず、俺が「集合住宅の住民アプリ」と一文だけ足してもらった。
『善意の記録』を投稿する芥川は、注意書きの言葉を何度も変えた。『夜明け前のレジ』の一葉は、恋愛と現代ドラマのどちらへ置くかで迷い、最後には生活を中心にする方を選んだ。
晶子の『わたしの時間割』だけは、題名も紹介文も早く決まった。
太宰の『謝る人』には、作品ページの上部へ『AI利用あり』と表示された。
「僕の存在へ注意書きを付けられたようです」
「作品の作り方を示す表示です」
晶子に言われても、太宰は納得していなかった。
「夏目先生にも『明治利用あり』と表示すべきでは?」
「時代は道具ではない」
漱石は画面を見ないまま答えた。
六作の公開時刻は同じ日の午後八時。俺は予約設定を一つずつ確認し、全員にも最終画面を見せた。
六つの筆名と六つの題名を並べると、同じ家で作られた作品には見えなかった。
心理小説、倫理小説、告白小説、謎解き、生活群像、仕事と恋愛。帰還条件がなければ、同じ週に同じ場所から公開される理由などない六作である。
最初は、本物の文豪なら簡単に一位を取れるのか知りたかった。今も、その答えは気になる。ただ、順位が出る前に、それぞれの作品を最初に見つけるのがどんな読者なのかも見てみたかった。
「公開後に誤字を直すことはできます。ただし、本文を大きく変える時は知らせてください。間違えて別の原稿を上げると困るので」
自分へ言い聞かせる意味もあった。六人分の管理画面を行き来していると、どの筆名でログインしているのか分からなくなる。
午後八時、六つの作品に同時に『公開中』の表示が付いた。
最初の一分は、どの数字も動かなかった。
太宰が秒を数え、乱歩が表を用意し、漱石は本を読んでいるふりをした。一葉と晶子は自分の作品ページを開いたまま黙っている。芥川だけは、数字が少なすぎるうちは比較に意味がないと言った。
三分後、『謝る人』に最初の閲覧が付いた。
「一人です」
太宰が知らせた。
続いて『地図から消えた町』が二人、『わたしの時間割』が一人。ほかの三作にも、少し遅れて数字が入る。
十人にも満たない読者の動きを、七人で見守っていた。
『善意の記録』へ最初の評価が付き、芥川は点数より、評価した一人が最新話まで読んだかを確認した。『夜明け前のレジ』の閲覧がしばらく増えないと、一葉は自分の題名が内容を伝えているか、もう一度あらすじを読み返した。
「今から変えてもよいのでしょうか」
「変えられます。でも、数字が動くたび変えていたら、何がよかったか分からなくなります」
一葉は手を止め、少なくとも今夜は待つことにした。
晶子は数字を見たあと、次回の主人公が夫へ何を伝えるかを書き直していた。読者へ合わせたのではなく、誰かが読み始めたと知ったことで、曖昧なまま出したくなくなったらしい。
自分の作品を公開した時は、誰にも知られず一人で画面を更新していた。今は一つ数字が増えるたび、その作者の顔まで気になった。
六作の画面を切り替える途中で、自分の完結作も一度だけ開いた。三日前と同じ数字が並んでいる。以前なら恥ずかしくなって閉じていたが、その夜は、六人の数字が動くことを少し羨ましいと思ってから閉じた。
乱歩は閲覧から読了へ変わる時間を記録し、一葉は最初の一人が次の話まで進んだかを見ていた。晶子は数字を確かめると、もう次の更新分を直している。
漱石は一時間たっても画面を開かなかった。
「気にならないんですか」
「一分ごとに見ても、原稿がよくなるわけではない」
そう答えた直後、俺が席を立つと、漱石は自分のページへ一度だけ目をやった。
日付が変わる少し前、六作のどれかへ最初の感想が付いた。
『文章が古いのに、妙に新しい。わざとならすごい』
褒めているようにも、皮肉のようにも読める。
「どの作品です?」
太宰が尋ねたが、俺はすぐには答えず、全員へ感想だけを見せた。
七人で一文を読み解き始めた結果、感想を書いた本人より長い議論になった。
結局、その感想が付いたのは『相談役の空席』だった。
漱石は褒め言葉とも皮肉とも決めず、「次も読まれれば、少なくとも拒まれてはいない」とだけ言った。
言葉では平静だったが、翌朝の更新分は、いつもより少し早く書き上がっていた。




