98.準備
時間となり、王宮に移動する。
少しだけしんみりとした雰囲気になるけれど、
この後会えなくなるわけじゃない。
ただ、レオンの正妃になるだけ。
そして、レオンは側妃を娶らないから、
私がそのまま王妃となる。
「ルシール、覚悟はできているんだよね?」
「ええ、しっかりと」
心配そうにお父様が聞いてくるけれど、問題はない。
レオンと結婚するのを、ずっと心待ちにしていたのだから。
「あのね、一度はあきらめたはずだと思うの。
リアーヌとして死んだ時の記憶はないけれど、
きっとレオンを残していくことを悲しんでいたはず」
「そうだろうな……」
「だから、今、うれしいの。
こうしてレオンと再会できて、
お父様とお母様の娘として、お兄様の妹として、
嫁げることを幸せだと思うわ」
心からの思いを話すと、三人が一斉に私を抱きしめた。
「えっ!」
「私も…私も幸せだ!」
「お母様もよ!」
「ルシールに会えて、本当に幸せだよ」
馬車の中なのに、ぎゅうぎゅうに抱きしめられて笑ってしまう。
「ふふ。こんなにうれしいのに」
気がつけば涙が止まらない。
「うれしいからでしょう。いいのよ、今は泣いても。
でも、着替えた後は泣かないでね。お化粧が崩れてしまうわ」
「はい、お母様」
そんなことを言うけれど、お母様もお化粧が崩れるほど泣いてしまっている。
控室に入ったら、お母様も化粧を直してもらわないと。
四人で泣き笑いしているうちに馬車は王宮についた。
「ほら、行こう」
「ええ」
私をお兄様が抱き上げると、お母様はお父様に抱き上げられた。
「私もですの??」
「泣き顔を見られたくないだろう。
ほら、控室に早く行こう」
どうやらお母様の顔を隠すために抱き上げたらしい。
今でも仲良しなお父様たちを護衛のジニーとリンも微笑んで見守っている。
控室の前ではガイオとジェニーが待っていた。
「おう、戻ってきたのか、姫さん」
「お帰りなさいませ、ルシール様」
「遅くなったかしら?」
「いや、時間通りだ」
二人が待っていたから、遅くなったのかと思ったけれど、
時間通りでほっとする。
控室の中では王宮女官と侍女が待ち構えていた。
それに屋敷からついてきたレナとユーリも加わって準備が始められる。
お父様とお兄様、ガイオとジニーは追い出され、外で待たされている。
着替える前に湯あみするのだから、仕方ないけれど。
真っ白になるまで肌を磨かれ、下着を身に着けた後、
髪を乾かしながら爪の手入れをされる。
レナが用意してくれた果実水を飲んだ後、
いよいよ、結婚式のために用意されたドレスに着替える。
白地に銀糸のレースが縫い付けられたドレス。
細かな芸術作品のようなレースはお母様が三年かけて編んでくれたもの。
こんなに緻密で美しいレースは他で見たことがない。
時間も手間もかかるものを、お母様が用意してくれたことに感謝する。
「本当に綺麗だわ。お母様、大変だったでしょう」
「いいえ、とても楽しかったのよ。
ルシールがこれを着て結婚式にのぞむ姿を想像しながら編んで。
さぁ、着て見せてちょうだい」
「ええ」
ドレスに着替え、髪を結い上げてから化粧をされる。
最後に肘まである手袋をして、
銀細工に青貴石がついたイヤリングとネックレスをつける。
「どう?お母様」
「……綺麗よ、とっても」
「もう、お母様。着替えた後は泣かないでって言ったのはお母様よ」
「そうだったわね、ごめんなさい」
ぽろぽろ泣き出したお母様につられて、私も泣いてしまいそう。
「ルシール様、そろそろお時間です。
廊下で騒いでいる声が聞こえませんか?」
「え?」
レナに言われて、初めて外が騒がしいことに気がついた。
「どうしたの?」
「どうやら陛下とユリウス様が言い合いになっているようです」
「ええ?レオンとお兄様が?」
耳をすませるとたしかに二人の声が聞こえてくる。
「お前は早く大聖堂に行けよ!」
「なんでだよ、ちょっとくらい会ってからでもいいだろう!」
「妃は後から大聖堂に入ることになっているんだ。
お前は早く行って待っていればいい」
「お前、先にルシールを見る気だろう!」
「悪いか!家族特権だ!早く行け!」
「っ!!」
どすどすと足音が遠ざかっていく。
……何を言い合っているんだろう。
足音が聞こえなくなったら、ドアがノックされた。
「そろそろ準備できたよな、入っていいか?」
「いいわ」
お兄様とお父様、ガイオとジニーがぞろぞろと控室に入ってくる。
「ルシール!なんて綺麗なんだ!」
「ああ、ドレスが良く似合っている。本当に綺麗だ」
感動したのか、涙目になっているお兄様とお父様。
その後ろで見ているガイオが口笛を吹いて、さすがにジニーに怒られていた。
「では、行こうか。私の大事な姫を王子のもとに送り届けなくてはな」
「ふふ。姫なの?」
「父親にしてみれば、間違いなく姫だ。
……レオンが相手でなければ、結婚させなかっただろうな」
「お父様ってば」
「本気だ」
どうやら本気で言っているらしい。隣でお兄様も深くうなずいている。
「あなた、ユリウス、早く行かないと時間に遅れますよ」
「ああ、では行こうか」
「よし、では反対側の手は私が」
「二人がエスコートするの?」
「大聖堂に行くまでな」
右手はお父様に、左手はお兄様に。
お父様の隣には笑顔のお母様。
後ろから護衛や侍女のみんながついてくる。
何か話そうと思うのに、言葉がでない。
それはみんな同じだったようで、何も言わずに歩いた。
大聖堂の扉が見えて、ようやくお父様が言葉を発した。
「ああ、近いな。もう着いてしまった」
「本当ね。あっという間だったわ」
惜しむお父様とお母様に、もっと一緒にいたかったと思ってしまう。
それでも、レオンが待っている。
「お父様、行きましょう」
「そうだな」
お兄様の手は放して、お父様の腕に寄り添う。
先にお母様とお兄様は大聖堂の中に入っていく。
「姫さん、中の準備はできたようだ。扉を開けるぞ」
「ええ」
ガイオとジニーが扉を開ける。
宣誓台の前で、レオンが振り返るのが見えた。




