95.後宮にて
騒がしかったことがいろいろと落ち着いて良かったと思っていたら、
後宮から意外な申し出が来た。
月に一度の面会は続いていたが、今の後宮にはティナ様しかいない。
とてもおとなしく、レオンとは直接話すことも難しいティナ様が騒ぎを起こすことはなく、
後宮にいる側妃候補がティナ様しかいなくなってから、
誰もがその存在を気にすることがなくなっていた。
それがめずらしく、後宮女官長のアミーナが執務室に来ている。
何かティナ様から要望でもあったのだろうか。
「アミーナが来るのはめずらしいな。
次の面会は来週だったと思ったが、何かあったのか?」
「それが……ティナ様が側妃候補を辞退し、家に戻ると」
「は?」
「アミーナ、それは本当?」
「ええ。ルミエも立ち会って確認いたしました。
ティナ様の意思は固く、本気のご様子でした」
「まぁ……どうして」
ティナ様は私の一つ年上で十八歳になったばかり。
後宮には二十歳までいられることになっているが、
その前に私が十八歳になってしまう。
元から、私が十八歳になってから卒業までの間に、
後宮は廃止され、側妃候補は帰される予定となっていた。
ティナ様が後宮を出なくてはいけない期限まであと一年ほどある。
どうして今、辞退してまで帰ろうとしているのかわからない。
「レオン、前回の面会でそんな感じしていた?」
「いや、ないな。前回もいつものようにアミーナとルミエが立ち会って、
ついでにゴーシュも連れて行ったから、四人で話していた。
俺はいつもどおり、みんなの話を聞きながらお茶を飲んでいた。
変わった様子はなかったんだが……」
「そう。では、面会が原因ではないのね。
アミーナ、理由は聞いている?」
「いえ、ただ……辞退するにあたって、
陛下とルシール様にご挨拶したいとの申し出がありました」
「え?私も?」
これまで後宮内に足を踏み入れたことはない。
正妃候補である私が関わっていいことはないだろうし、
レオンもそれでいいと言ってくれていたからだ。
これが本当に側妃になる令嬢なのだとしたら、
少しは交流して仲良くなっておく必要もあるけれど、
レオンは側妃を娶らないと公言している。
形だけの後宮、形だけの側妃候補。
だから、あまり深入りしないほうがいいと思っていた。
そのほうが、ティナ様が外に出た時に知らないふりができると思ったのもある。
後宮にいたことなど忘れ、どこかに嫁いだほうがいいと。
それなのに、レオンだけでなく、私にも会いたいとはどういうことなのか。
「ルシールに会いたい理由も聞いていないのか?」
「お詫びしたいとおっしゃっていました」
「お詫び?……まぁ、ティナ嬢がルシールに何かするとは思えないが。
ルシール、どうする?会ってみるか?」
「……そうね。会いたいというのなら会うわ」
なぜ、お詫びなのかも気になるし、
一度後宮に行ってみたかったというのもある。
私が許可を出したことで、次の面会の日に私も行くことになった。
面会の日、レオンと私、お兄様とガイオ、ジェニーで後宮へと入る。
大きな扉が開かれると、向こう側でアミーナとルミエが頭を下げて待っていた。
「案内してくれ」
「はい」
アミーナとルミエの先導で後宮の廊下を歩く。
思っていたよりも広い。
こんな大きな建物の中にティナ様と使用人十人、
そしてアミーナとルミエしかいない。
一時期はその四倍もいたのにと思うと、少し寂しく感じる。
案内された部屋では、ほっそりとした令嬢が迎え入れてくれた。
ティナ様に会うのは側妃について説明したお茶会以来。
あの時のティナ様は十三歳だった。
あれから五年。
外に出ることなく、後宮で過ごしてきている。
レオンに会えるのも月に一度。
それをどんな思いで待っていたのだろうか。
「ルシールを連れてきた。何か話したいことがあると聞いた」
「……はい、ありがとうございます。
ルシール様、ティナ・ベラントと申します」
「ルシール・アルベールよ。とりあえず、座って話しましょうか」
「はい」
レオンと直接話すのも難しいと聞いていたから、
ほぼ初対面の私とも難しいかもしれないと思っていた。
意外にもティナ様はきちんと私の目を見て挨拶をした。
「あの、ルシール様にお詫び申し上げる前に、
確認したいことがございます」
「なんだ?」
「ルシール様が……リアーヌ様の生まれ変わりだというのは本当のことでしょうか?」
「ああ、そのことなのね。本当よ」
「……本当なのですね」
先月に公表したことが後宮まで伝わったらしい。
なぜそんなことを確認するのかわからないけれど、
ティナ様はほっとしたように笑った。
「私は陛下のことをお慕いしておりました。
いえ、正確にはリアーヌ様を忘れられない陛下を慕っていたのです」
「それはどういうこと?」
「私はリアーヌ様にお会いしたことはございません。
ですが、陛下とリアーヌ様の恋物語は小さい頃から知っていたのです。
いつ死ぬかわからなくても好きだから正妃にと望んだ陛下と、
それにこたえようとするリアーヌ様の儚げで、それでいて凛とした美しさ。
侍女に話してもらうのがとても好きでした」
どうやら私たちが知らないところで、レオンとリアーヌのことは、
恋物語になっていたらしい。
幼い頃から想い合っていたのに、
正妃になることはなく病で倒れ亡くなった令嬢。
そして、それを忘れることなく独身を貫く陛下。
これ以上ない悲恋として知られていたようだ。
「ですので、陛下が側妃候補を選ぶと聞いた時は驚きました。
リアーヌ様を忘れてしまったのだろうかと。
そして、正妃候補になったルシール様の存在にも」
「それは……そうでしょうね」
ガイオも言っていた。
リアーヌに執着していたレオンが他の者と婚約するはずがないと。
ティナ様も同じように思っていたらしい。




