90.訴え
ガイオに心を折られたペルラン伯爵は、
牢に入れられた後は一言も話さなくなっていた。
時折、ぼそぼそと独り言をつぶやいている他は反応も薄く、
取り調べにもまともに応答することはなかった。
その代わり、マリアンヌ様とマノン様が伯爵のことを証言していた。
二人は姉妹でもないのに似た性格なのか、どちらも自分は悪くない、
悪いのは伯爵だと述べて、自分が知っていることを全部話していた。
出来る限り罪を押しつけたいのかもしれないが、嘘ではないようだった。
そのため、伯爵が自白しなくても十分な証言は集まっていた。
あとは全員の処罰をどうするかを検討し、公表するのみ。
刑を実行する日、公表する日を調整するばかりになっていた。
レオンとお兄様がそれについて相談していると、
通常の業務をこなしていたゴーシュが書類を持ってくる。
「陛下、これ謁見の申し込みなんですけど、どうしますか?」
「誰から?」
「ニジェール侯爵夫人と前侯爵夫妻です」
その名前を出した途端、ガイオの細い目がさらに細くなる。
「謁見内容は?」
「陛下への嘆願と書いてありますが、まぁ、ガイオでしょうね」
どうする気なのかとみんながガイオを見る。
「却下することもできるが、どうする?」
「……いや、謁見を申し込んできたのは初めてだろ?
一度謁見させてみて、今後は同じ内容なら拒否する、でいいか?」
「ああ、かまわない。ガイオも同席するか?
会いたくないのなら、出なくてもかまわない」
「出るよ。どうせ俺に関係することなんだろ。
さっさと話を聞いて断ればいい」
「わかった、そうしよう」
ニジェール家には三日後に謁見の許可を出すことになった。
それにしても夫人と前侯爵夫妻かぁ。
「ねぇ、ガイオ。もしかしてお兄さんは反省してくれたのかな」
「そうだといいけどな。
夜会の時はあきらめたように見えていたし。
一緒に来ないというのなら、三人に反対しているのかもしれん」
それでも謁見を申し込んできたということは、
三人の意見の方が強いという事なんだろうか。
当主はお兄さんなのに。
三日後、謁見室にはニジェール夫人、前侯爵夫妻が待っていた。
そこにレオン、お兄様と私が入室する。
三人は頭を下げているけれど、後からガイオが入室したのに気づいたのか、
喜んでいるのが雰囲気でわかる。
「頭をあげろ」
レオンの言葉に、三人が頭をあげる。
前侯爵夫妻はレオンを見ているが、夫人の目はガイオにくぎ付けになっている。
それをわかっているはずのガイオは視線を合わせようとしない。
この夫人、お茶会の時もガイオに執着していると感じたけれど、
謁見の最中なのにガイオに抱きつきそうな顔をしている。
「それで、俺への願いとはなんだ?」
「ガイオのことでございます。会わせてほしいとお願いするつもりでしたが、
連れてきていただけているとは……ありがとうございます」
「いや、お前たちに会わせるために連れてきたわけではない。
ガイオはルシールの護衛だけじゃなく、俺の側近でもある。
一緒に行動していてもおかしくないだけだ」
「……そうでしたか。ですが、陛下にも聞いていただきたいのです。
実は、息子が……当主であるデジレが出奔いたしまして……」
「は?」
「突然、書置きを残していなくなったのです。
貴族でいることをやめる、と」
前侯爵がお兄様に書置きを渡す。
そこにはもう貴族でいるつもりはないという短い手紙と、
夫人との離縁と貴族の籍を抜ける書類が入っていた。
「……これは受理してもいいんだな?」
「とても残念なことではありますが、本人にやる気がないのであれば仕方ありません。
エレーナも離縁しても問題ないと言っておりますので」
「そうか。では、受理しよう。
で、子はいなかったと思うが、跡継ぎはどうするつもりなんだ?
夫人を養子にして、再婚させるのか?
分家から養子を取るのか?」
「それはもちろん、ガイオを家に戻し、エレーナと再婚させます」
やはりというか、何というか。
にこにこ顔の三人は何も考えていないのかもしれない。
「ガイオ?なぜ、そこにガイオの名が出るんだ?」
「なぜと言われましても。継げるのはガイオしかいませんし、
エレーナもそれを望んでいます」
「ガイオは望んでいない」
「それは陛下が命じてくだされば問題ないでしょう。
貴族順位三位のニジェール家が存続するかどうかの大事な話ですよ。
陛下だって、その重要性はわかっていらっしゃるはずです」
「いや、わからないな」
「陛下!?」
味方になってくれると確信していたのか、
三人が驚いた顔をしてレオンを見る。
レオンはその視線を外すように、お兄様に話しかけた。
「なぁ、ユリウス。ニジェール家がなくなったら困るか?」
「ニジェール侯爵家ですか?……いえ、王領にすれば問題ないですね」
「そうだよな。重要な役職があるわけじゃない。
辺境の守りを担っているわけでもない。普通の領地だよな」
「陛下!いくらなんでもそれはひどすぎますぞ!」
「では、失って困ることがあるのか?王領にするのでは困ることがあると?」
「そ、それは……」




