80.兄弟の説得
とりあえず余計な者が近づいてこないようにジュリーに視線を送る。
「私のことは気にしないで話してくれていいけれど、
問題を起こすようなら止めるから」
「ここで騒ぎを起こすつもりはありません。
弟と話したいだけですので」
本当に話すだけで終わるのならいいけどね。
少なくともガイオは話すだけでも嫌そうな顔をしている。
「ガイオ、この国に戻ってきたのなら、家に戻ってこい。
二ヴェール侯爵家はお前が継ぐんだ」
「嫌だよ、俺はそんな気ないって最初から言っているだろう」
「俺だって最初は兄弟で争うなんて嫌だと思ったし、
お前が家を出ると言った時には、お前も争うのが嫌で出るんだと思っていた」
「それならもういいだろう。兄貴が家を継いだんだし」
「お前が家を出たのは間違いだったんだ。俺が継いだのは形だけだ」
「形だけってなんだよ。兄貴が侯爵なんだろう?」
もうすでに世代交代しているはずなのにどういうことだろうか。
「……妻とは形だけの結婚なんだ。あいつはまだお前を待っている」
「何言ってるんだ!?」
「あいつはお前と結婚するはずだっただろう。
俺と結婚させられることになった後も夫婦になることを拒んでいるんだ」
「どういうことだよ……」
二ヴェール侯爵夫人……お茶会の時に執拗にガイオのことを聞いていた。
あの時も義弟に執着するなんておかしいと思っていた。
ガイオと結婚するはずだった話を聞いて、
まだあきらめていないのかと思ったのは正解だったらしい。
「父上も母上も妻も、お前が二ヴェール侯爵家を継ぐのが正しいと思っている。
俺が継いでいるのはガイオが戻ってくるまでの繋ぎだと……。
頼む、戻ってきてくれ」
「俺が継ぐ事はないって言ってるだろう」
「じゃあ、どうしろっていうんだ。
このままなら二ヴェール侯爵はなくなるんだぞ!?」
「なくなればいいじゃないか」
「は?」
あまりにもあっさりと言うガイオに二ヴェール侯爵の口が開いた。
だが、理解したのかすぐに顔が真っ赤になる。
「二ヴェール侯爵家をなくしてもいいというのか!?」
「俺はそれでもかまわないけどな。
そのくらいの感情しかない奴が頼まれたからって継ぐわけないと思わないか?」
「っ!!……お前が継ぐしかないんだぞ!」
「なんで俺が犠牲にならなきゃいけないんだよ。
貴族であり続けるなら責任は生じるだろうが、俺は籍を抜いた。
育ててくれていた期間の費用は返している。何が問題なんだよ」
お金を返したとは初めて聞いたけれど、
アンペール国では冒険者としてかなり稼いでいたと言っていた。
もしかしたら二ヴェール侯爵家にお金を送るために高額な護衛任務をしていたのかも。
「ルシール様、いいのですか!
このままでは二ヴェール侯爵家が消えてしまうのですよ!
ガイオに家に戻るように言ってください!」
直接説得するのはあきらめたのか、矛先が私に変わった。
家を守ろうと必死なのはわかるけれど。
「まぁ!どうして私に言うの?私にそれを命じる権利はないわよ?」
「ガイオはルシール様の護衛騎士ではないのですか?」
「私の護衛騎士でもあるけれど、レオンの側近でもあるの。
つまり、もうすでに侯爵位を持っている貴族でもある。
わかる?ガイオはもうすでに他家の者なのよ?」
「ですがっ。側近でも家を継げるではないですか!
アルベール公爵家のユリウス様やデュクロ公爵家のニクラス様もいるのですから!」
「その二人は家から出たわけじゃないもの。
一度貴族籍を抜けた者を戻すには本人の承諾も必要になるわ」
「だから、それをルシール様が命じれば」
「あのね、ガイオが護衛騎士で側近でもあるのは優秀だからだけど、
ガイオがここにいてくれるのは、レオンも私もガイオの尊厳を守っているからよ。
二ヴェール侯爵家に戻って継げだなんて命じたらすぐに逃げるでしょうね」
「そんな……」
「レオンも私もガイオがガイオでいることを認めているの。
生き方を変えてほしいなんて思わないわ」
私の説得も無理だとわかったのか、二ヴェール侯爵はうつむいてしまった。
何を言っても無駄だと早く気がついてくれないかな。
そろそろ貴族たちが言い合いになっているのに気がついてチラチラ見ている。
近づけないようにしているから会話は聞こえていないだろうけど。
「もういいだろう。何を言われても戻ることはないよ。
姫さんまで巻き込んでも意味がないってわかったら下がってくれ」
「……だが……それでも、お前が望まれているんだ。
俺だって、逃げられるのなら逃げたい。
もう、どうしていいのかわからないんだ」
「じゃあ、逃げればいいじゃないか」
「何を馬鹿なことをっ」
「貴族であることを捨てればいい。
今なら兄貴が家を出ると言っても認められるんじゃないか?」
「……俺がいなくなったら」
「二ヴェール侯爵家の者は困らないんだろう?」
「…………ああ、そうだな」
「だったら、兄貴もあんな家は捨ててしまえばいい。
兄貴だって上級魔術師なんだ。好きに生きればいいさ」
「そうか。好きに、か…………ルシール様、失礼いたしました」
逃げても良いと言われたのが衝撃だったのか、
二ヴェール侯爵はふらふらと去っていった。
「あれだけ言われればあきらめるかしら?」
「俺としては兄貴も逃げてしまえばいいと思うけどね」
「そうねぇ。両親と夫人に否定され続けているのなら、
逃げてしまってもいいわよね」
「その分、俺のほうに来そうだけど。
まぁ、兄貴が逃げるのなら、少しくらいこっちに来ても許してやるけど」
両親と義姉に追いかけられるのは嫌だろうに。
意外と兄弟仲は良かったのかもしれない。
「それにしても陛下たち戻ってこないな」
「そうね。あっちも話が長引いているのかも?」
気になるけれど、見に行くわけにもいかないし。
どうしようかと思っていたら、大広間の外が騒がしい。
「ん?何かもめごとでもあったのか?」
「廊下?控室?」
「……破壊音?剣がぶつかる音がしている……なんでだよ」
「!?」
どういうことだと思っていたら、慌てたように女官が駆け寄ってきた。
「ルシール様、お逃げください。陛下の命を狙う者たちが!
ここも危ないかもしれません!」
「なんですって!!」




