8.知らなかったこと
「どういうことですか?少し会うだけだ、なんておっしゃって出て行ったと思えば、
ペルラン公爵家の娘が死にかけているから治療する?
いったい何を考えてるのですか?」
「いや、事情を聞けば、ユリウスも納得すると思う」
「ほう?四日も出てこないことにちゃんと理由があるとでも?」
レオンは私が倒れてからずっとそばにいた。
ということは、その間レオンがしなくてはいけないことを、
お兄様が代わりにしていたということだ。
これは怒られても仕方ないと思う。
「仕事を任せっきりだったのは悪かった。
だが、治療には龍人の血を、俺の血を使った」
「……は?」
「だから、魔力を安定させるために他の者に治療を任せることはできなかった」
そんな理由を聞いてお兄様が納得するわけはなく、より怒らせただけだった。
臣下としての立場だとかは怒りのあまり飛んで行ったらしい。
「……レオンの血を使った、だと?ふざけているのか?」
「ふざけていない。どうしても助けなくてはいけないと判断した」
「その娘がそれに値するとでも?」
「そうだ」
「……まさか一目ぼれでもしたというのか?ペルラン公爵の娘に?」
まるで射るような目で見られ、悲しくなる。
たしかに今はペルラン公爵の娘だけど……お兄様にそんな目で見られたことなんてなかった。
思わず涙がこぼれ落ちたら、レオンが慌てて拭ってくれる。
「ユリウス、落ち着け。ルシールを泣かせて、後悔するのはお前だ」
「私が後悔すると?冗談だろう」
「ルシールと話せ。いや、お前なら手にふれただけでわかるはずだ」
「なぜその娘の手にふれなくてはいけない。何を言って……まさか」
途中で思い当たったのか、お兄様がゆっくりと近づいてくる。
そっと手を重ねようとして、動きが止まる。
何か迷っているようなお兄様の手をレオンが無理に引っ張る。
「っ!!」
重なった手からお兄様の水の魔力が伝わってくる。
まだ完全に下がり切っていなかったのか、熱っぽい身体が冷やされて気持ちいい。
私の魔力にはレオンの魔力が混ざっているけれど、
お兄様ならリアーヌの風の魔力を感じ取れるはず。
「……嘘だろう。本当に?」
「ただいま帰りました、お兄様」
「リアーヌ!!」
レオンから奪い取るように、お兄様が私を抱き上げる。
少しだけぎゅうと抱きしめられ、息が苦しい。
「おにぃさ……くるしい」
「おい、ユリウス、ルシールを離せ。
怪我が治りきっていないんだ」
「……どういうことなのか、ちゃんと説明しろ!
どうしてリアーヌが戻ってきたなら、早く教えないんだ!!」
「……悪かった。治療するのに専念していて忘れていたんだ」
「はぁ!?」
せっかく怒っていたのをなだめられそうだったのに、
またレオンが怒らせてしまったせいで、
なかなかお兄様の説教が終わらなかった。
レオンが連絡しなかったのが悪いので、
これに関しては私は黙っていた。
ようやくお兄様の説教が終わり、最初から事情を説明する。
お兄様も再会を喜んでくれたけれど、
やはりペルラン公爵家の娘に生まれたことは嫌そうな顔をしていた。
「よし、リアーヌ、お兄様と一緒に帰ろう」
「え?」
「こらこらこら、ちょっと待て。ルシールを連れて行こうとするな」
「止めるな、レオン」
「だめだ、ルシールはペルラン公爵家の次女なんだ。
アルベール公爵家に連れて行ったら揉めるだけだ」
「……しかし」
私だってアルベール公爵家に帰りたい気持ちはある。
だけど、そうするわけにいかない事情だってわかっている。
「お兄様、私は王宮にいるわ。ペルラン公爵家には行かない。
だから、それで納得してくれる?」
「……どうしようもないのか。わかった。
レオン、王宮にいさせて大丈夫なのだろうな?」
「それが信用できる侍女がいない。
だから、俺がずっとそばにいたというのもある」
「侍女か……そうだな。近衛騎士は信用できるものを育てたが、
女性使用人はほとんど排除してしまったからな」
何か事情でもあったのか、レオンの周りには侍女を置いていなかったらしい。
「とりあえず、侍女はこちらで手配しよう」
「アルベール家の侍女を連れてくるのか?」
「レナとユーリを連れてくる」
「え?二人はまだいたの?」
レナとユーリは私についていた侍女だ。
もう嫁いでいてもおかしくない年齢なはず。
「……お前を死なせた責任を感じて、嫁にも行かずに働いている。
あの二人なら事情を説明しても大丈夫だろう」
「そんな……二人が責任を感じなくてもいいのに」
その言葉にレオンとお兄様が変な表情になる。
「まさかと思ったが、ルシールはリアーヌが死んだ時のことを覚えていないのか?」
「……お茶会で倒れたのは覚えているけれど、あれ……?
全部を覚えているわけじゃないみたい。
あのお茶会で何があったの?」
「……リアーヌの死因は毒だ。
お茶会で毒殺されて死んだんだ」
「毒!?」
まさか毒殺されていたなんて。
もともと病弱だったから、身体が弱り切って倒れたのだとばかり思っていた。
「俺はユリウスと信用ができる数名にルシールのことを話すのはいいが、
秘密にしておくべきだと思っている」
「私もレオンの意見に賛成だ。
誰がリアーヌを殺したのか、まだわかっていない。
そんな状況で知られたらまずいだろう」




