48.最後の面会(レオンハルト)
もうすぐ時間だなと思いながらも、目の前の仕事をまずは終わらせたい。
この書類を確認した後は……何を。
「またため息ついてる」
「あ、ああ。ついてたか。悪い、気づいてなかったな」
「レオンが謝る事じゃないけれど。
そんなに嫌なら止めてもいいんじゃない?」
「いや、今日で終わりだからな。最後だと思って行ってくる」
「そう……じゃあ、頑張ってきて。ここで待ってるから」
「ああ」
行きたくはないけれど、いつまでも執務室でため息ついているわけにもいかない。
手を振って見送ってくれるルシールに手を振り返し、執務室を出た。
ついでにユリウスとガイオも軽く手を振っていたけれど、
そっちはにらみつけておく。
いいよな、お前たちはルシールと留守番で。
俺だって、そこに残っていたいよ。
一緒に後宮に行くゴーシュ、ラルフ、ユウリもため息をつきたそうな顔している。
本当は側近を三人も連れていく必要はないのだけど、
全員が嫌がったために、この三人を道連れにすることにした。
今日はマノン嬢との最後の面会だ。
前回は泣いてすがってこようとして、大変な目にあった。
今回は最後だし、一時間では終わらない可能性が高い。
泣くだけならともかく、抱きついてきたり、
俺たちを閉じ込めようとしたりする恐れがあるため、
騎士を六人も連れてきている。
何かあれば、近衛騎士にマノン嬢を任せて、
俺たちは王宮に戻ることになっている。
大勢を引き連れて後宮に入るとアミーナとルミエが待っていた。
マノン嬢からの賄賂は続いているらしいが、
まだ何も頼まれていないらしい。
てっきり最後の面会で何か仕掛けてくると思っていたのに。
「今日はどちらからにいたしましょうか?」
「今日はティナ嬢からにする」
「かしこまりました」
面倒なことになりそうなマノン嬢は後回しだ。
いつも通り控えめな態度で俺を出迎えたティナ嬢は、
アミーナとルミエと三人で話し出す。
あいかわらず俺と直接話すのは難しいらしく、話しかけられることはない。
ほとんど会話を聞いているだけなので、女性のお茶会の中に入れられた気分になる。
それでもティナ嬢と話すのは気が重いので、このほうが楽ではある。
三杯の茶を飲みほしたらようやく一時間がたつ。
部屋から出て行こうとすると、ティナ嬢がさみしそうに見送る。
何か言うわけではない。じっと見つめているだけ。
俺のことを想ってくれているのはわかるんだが。
どれだけティナ嬢が可哀想だとしても、それが愛情に変わることはない。
俺の隣にいるのはルシールしかありえないのだから。
気合を入れ直してマノン嬢の部屋に行くと、
さっきまで泣いていたのか真っ赤な目で出迎えられた。
だが、妙に明るい態度に首を傾げたくなる。
もしかして、最後は笑って終わりたいのだろうか。
そんなことを考えたけれど、もうすぐ一時間が終わるという頃になって、
マノン嬢の態度がガラリと変わった。
悲痛な顔をして、俺の目をじっと見つめてくる。
「一度だけ。一度だけでも構わないのです。
レオンハルト様の部屋に呼んでいただけませんか?」
「それは無理だな」
「では、夜にこちらにおいでくださることは……」
「それもない。マノン嬢を側妃にすることはない」
「どうしても考え直していただけませんか?」
「あきらめてほしい」
「……そんな」
涙が今にもこぼれ落ちそうになりながらも、まだマノン嬢はあきらめてはいなかった。
「では、側近の方との婚約は考えてくださいましたか?」
「それも無理だ。全員に確認したが、断られた」
「どうしてですか?」
「全員が結婚を望んでいないからだ」
「そういうわけにはいきませんでしょう?
貴族なのですから、結婚は義務ですもの」
それは正しい。
だけど、側近たちにも相手を選ぶ権利はある。
問題を起こすかもしれない相手を娶ろうとするものはいないだろう。
特に公爵家の二家の夫人はマノン嬢ではつとまらない。
子を産むだけの側妃であれば、教養がなくても問題はない。
だから学園に入らずに後宮入りすることが認められている。
だが、本来なら学園を卒業しなければ貴族令嬢として認められない。
貴族家の夫人ともなれば、当主の代わりに采配をすることもある。
学園を卒業していないマノン嬢では高位貴族の夫人は難しい。
後宮を出た後、もう一度学園に編入し直して卒業した後ならともかく、
今の時点ではどこの家も受け入れられないはずだ。
在学していた時の成績は悪くなかったと聞いている。
これからやり直しすることは可能だろう。
まぁ、なんにせよ、
俺や側近との婚約をあきらめてもらってからの話だが。
「……側近たちは俺の結婚に合わせるつもりだろう。
だから、あと数年は結婚しないはずだ。
マノン嬢は後宮を出た後、相手を探してくれ」
「そんな……レオンハルト様が側妃を娶れば済む話ではないですか。
正妃様が成人するまでまだ時間がありますもの。
レオンハルト様の子が一人でも産まれれば貴族たちだって安心し……」
「俺はルシール以外に子を産ませることはしない」
「なぜですの!?
どうしてそこまで他国の者に気をつかうのですか!」
「気をつかってのことではない。
俺がそうしたいと思っているだけだ」
話している間に一時間が過ぎようとしていた。
「もう一時間になる。時間だな」
立ち上がろうとしたら、マノン嬢が先に立ち上がる。
「待ってください!
レオンハルト様の側妃になれないのなら、
私は、ここで死にます!!」
「……は?」




