47.泣き落とし
そろそろ後宮から帰ってくる頃だと思っていたら、
どんよりとした雰囲気でレオンたちが戻ってきた。
いつも疲れて帰ってくるけれど、それ以上に何かあったのかな。
「大丈夫?すっごく疲れてない?」
「ああ。泣き落としがすごくて……」
「えっと、マノン様?」
「そう」
マノン様はあと三か月で二十歳になる。
そうすれば後宮から出て行かなくてはならない。
先月から鬼気迫る表情で側妃になりたがっているのは聞いたけれど、
今回も大変だったようだ。
「泣き落としって、側妃にしてほしいって泣いたの?」
「最初はそうだったんだけど、そのつもりはないって断ったら、
側妃になれずに後宮を出ても嫁ぎ先がないって」
「そんなことはないでしょう?侯爵令嬢なのに」
「だがな、自分でも認識していたらしい。
俺をずっと追いかけてて、側妃になると豪語していたのに、
側妃候補のまま後宮を出たら恥ずかしくてたまらないと」
「側妃になるなんて、マノン様が勝手に言ってただけじゃない」
「俺もそう言った。
側妃を娶る気なんてないって、最初から言っていたんだ。
それなのに同情する気なんてない」
「そうよね」
気持ちはわからないでもないけれど。
嫁ぎ先はあると思うけれど、それが希望通りとは限らないからだ。
側妃候補が後宮に入っている間に、
まともな令息たちは婚約してしまっている。
高位貴族の令息で結婚も婚約もしていない者は多い。
お兄様を始めとした側近は全員がそうだ。
だが、その全員が婚約すら拒んでいるために、
結婚相手になる高位貴族令息がものすごく少ない。
そのため、結婚を望んでいる少数の高位貴族令息は、
令嬢たちの奪い合いになり、婚約してしまっている。
今から外に出て婚約者を探したとしても、
残っているのはペルラン公爵家の嫡子マルティン様くらい。
でも、さすがに十四歳の令息は相手にならないだろう。
そうなるとマノン様に残された道は、
爵位を下げて相手を探すか、後妻になるか、だ。
先日離縁したデュクロ公爵家の嫡子ニクラス様なら、
相手として不足はないだろうけど……。
残念ながら、ニクラス様もしばらくは結婚したくないのだとか。
「マノン嬢の願いを叶える気はないが、
泣いているのを一時間も聞かされるのは勘弁してほしい」
「後宮で面会するのも残り二回ね」
「あと二回もあるのか……」
ぐったりするレオンに同情するけれど、
私が何かできることはない。
疲れたレオンのためにお茶を淹れてそっと頭を撫でてみた。
次の月、後宮に力なく向かうレオンに手を振って見送る。
もうマノン様とティナ様しか残っていない後宮。
たった二時間で戻ってくるのに、
その二時間がものすごく長く感じた。
戻ってきたレオンはやっぱりぐったりしていて、
一緒に行っていたゴーシュとラルフも同じようにぐったりしている。
「ゴーシュとラルフもぐったりしているなんて、そんなにひどかったの?」
「今日は泣き落としだけじゃなかった」
「だけじゃないって、どういうこと?」
「俺の側妃にできないのなら、側近と結婚させてくれって」
「……は?」
レオンの側近と結婚?
思わずゴーシュとラルフを見たら、ものすごい勢いで首を振られる。
「どうして側近と?」
「後宮を出たら、無理やりどこかに嫁がされてしまうって。
そのくらいなら、俺の側近と結婚して、一緒に俺を支えたいって……」
「それは……マノン様にとってはいいのかもしれないけど」
「おそらく俺の側近でマノン嬢と結婚したいと思う奴はいない。
マノン嬢が言ったのは、ユリウスのことだと思うが」
「お兄様と……」
「俺がユリウスに娶れと言えば、娶らざるを得ないからな。
そんなこと言うわけないけど」
侯爵令嬢のマノン様なら公爵家のお兄様に嫁いでもおかしくない身分だけど。
お兄様は何とも言えない表情でため息をついた。
「そのうち侯爵家のほうから何か言ってくるかもしれないな。
俺宛に釣書を送ってきたとしても断るよ。
俺はルシールが結婚するまでは後見として忙しい。
自分の結婚などしている暇はない」
「お兄様がもし結婚したい人がいるのなら……」
「そんなのはいないから、気にしなくていい」
私に遠慮しているのならと思ったけれど、
きっぱりと言われてしまえば、それ以上何も言えない。
「それで、マノン様は断られて納得したの?」
「いや、全然納得してくれなかった。
後宮を出るまで考えてほしいと。
最終的には側近なら誰でもいいとか言いそうな感じだった」
そう言われても、みんなが嫌そうな顔をしている。
ふと目があったガイオですら、しかめっ面になっていた。
「俺には絶対にふらないでくれ」
「会ったこともないだろうに」
「伝え聞いている話だけで嫌いな感じなんだ」
「まぁ、ガイオと気が合うとは思ってないがな」
「だろう?」
レオンは大事な側近たちに娶らせる気はないはずだ。
だが、残り一回の面接も同じように泣いて言われるのだろうか。
行きたくないと思うのも当然かもしれない。
「それと、アミーナとルミエからの報告だ。
マノン嬢から渡される賄賂の額がぐっと増えたと」
「まぁ。何か企んでいるのかしら」
「そうかもしれない。
具体的に何か頼まれたら知らせるように言ってある」
マノン様が考えるとしたらなんだろう。
レオンに媚薬を盛る?
でも、龍人の血を持つレオンに媚薬って効くのかな。
「次は最後の面接だからすごそうね。一時間じゃ終わらなさそう」
「……最後の面接は騎士を何人か連れて行こう。
もう香の影響はないから、連れて行っても問題ないはずだ」
どうやら縋られても無理やり離して帰ってくるつもりのようだ。
マノン様が後宮に入ってからは一度も会っていないけれど、
出てくれば夜会で会う事になる。
久しぶりに会うマノン様はどんな風に変わったのだろうか。
嫌味を言われるくらいは覚悟しておいたほうがいいかもしれない。




