45.出戻りの娘(ペルラン公爵)
その日、久しぶりにペルラン公爵家は人の出入りでバタバタしていた。
こんなに屋敷が騒がしいのは謹慎処分を受けて以来のことだ。
何事かと思っていたら、すぐに妻が報告に来た。
「騒がしいが、何が起きたんだ?」
「マリアンヌが離縁されて帰ってきたのよ!」
「は?マリアンヌが離縁された?」
「あなた、すぐにデュクロ公爵家に抗議してちょうだい!」
「……いや、ちょっと待て。先にマリアンヌに話を聞こう」
デュクロ公爵家に嫁がせたマリアンヌが、次期当主に離縁されたという。
あの穏やかな次期当主が簡単に離縁を口にするとは思えない。
マリアンヌは当主夫人に可愛がられていたし、公爵が義娘を追い出すとも思えない。
二年半前、陛下から三年間の謹慎を言い渡された結果、
ペルラン公爵家は一切の社交を禁じられてしまっている。
最初の一年はそれでも分家から情報が入ってきていたのだが、
その分家も他の貴族たちから敬遠されるようになり、
情報がほとんど入らなくなってしまっていた。
それでもデュクロ公爵家に嫁いだマリアンヌとの関りまで禁じられたわけではない。
定期的に妻に手紙が届いていたこともあり、最低限の情報は入っていた。
だが、次期当主と仲が悪くなっているという報告は聞いていない。
連れて来られたマリアンヌは乱れたドレス姿で、
化粧も崩れたまま憔悴しているように見えた。
まるで地面に引きずられたかのようにドレスの裾が汚れている。
もしや、無理やり屋敷から追い出されたのか?
高位貴族が、ましてや公爵家の嫁がこのような姿でいるのはあり得ない。
妻に似て気の強いはずの娘の惨状に何か重大なことが起きたようだと悟る。
「それで、お前は何をしでかしたのだ?」
「あなた、マリアンヌが悪いとは決まっておりませんわ」
「自分が悪いと思っていなければ、怒りで真っ赤になっていただろう。
その顔は失敗したことを後悔しているのだろう。
いったい、何を企んで失敗してきたのだ?」
「お父様……」
観念したのか、マリアンヌがぼそぼそと語り始めた。
その途中で怒りのあまり耐えきれなくなり、マリアンヌの頬を打った。
「あなた!!」
「お前はっ!なんてことをしたのだ!
どうして勝手に香を王宮に持ち込んだりなどした!!」
「……ごめんなさい」
「ふざけるな!!」
一度では怒りが収まらず、手を振り上げたが、妻に抑えられる。
謝って済むようなことではない。あの香は……。
王宮に、しかも陛下がいる部屋で使うなど、なんてことをしてくれたのだ。
「誰があの香をお前に教えたんだ!」
「それは……」
マリアンヌの視線でそれが誰かわかる。
「どうしてマリアンヌに香を教えたんだ」
「だって……陛下の側妃になるためにはそれが効果的だと思い……」
「私はマリアンヌが後宮にいたことすら聞かされていないぞ!」
「ごめんなさいっ。言えば心配すると思って」
「違うだろう。反対されるのを恐れたんだな?
私の娘が正妃候補になっていることをねたんで、何かしようとしていたのか?」
「……」
図星か。マリアンヌは側妃になりたかっただけだろうが、
こいつは愛人の娘が自分の娘よりも身分が高くなるのが許せなかっただけだ。
マリアンヌを側妃にした後で、正妃を引きずり落そうとでも考えていたのか。
そのどちらも腹立たしいが、それよりも問題は香だ。
なぜよりによって香を王宮で使ったのだ。
「どうやって香を手に入れた。
お前には渡してなかったはずだが」
「隣国での商売をやめたと聞いたから、
倉庫に残っているものを少し持ってこさせたの。
だって、もう売れないのでしょう?
だったら有効活用したほうがいいと思って……」
「売れないということは、何か問題があったとは考えなかったのか?
あの香は死亡事故が起きたせいで問題視されていたんだ。
マリアンヌが後宮を出され、離縁されたのはそのせいなんだぞ!?」
「わ、私は良かれと思って……」
「そうよ、お母様が香を使えっていうから、こんな目に。
レオンハルト様には全く効かなかったし、どうしてくれるのよ!」
「お母様だけのせいじゃないでしょう!?
あなただってこれでうまくいくって喜んでいたじゃない!」
母娘で言い合いが始まる。お互いに自分が悪いとは思っていない。
失敗したときには誰かのせいにする。本当によく似た親子だ。
陛下に気に入られなかったのも仕方ないと思い、
デュクロ公爵家に嫁がせた時にはうまく片付いたとほっとしたものだが。
「陛下に気に入ってもらうために香を使ったのだろうが、
あれはそのように安易に使っていいものではない。
これはマリアンヌだけの問題では済まないぞ」
「え?」
「後宮だとはいえ、王宮内に危険な薬物を持ち込んだんだ。
製造元のペルラン公爵家も責任を取らされるかもしれない。
最悪なら爵位の返上も……覚悟しておけ」
「そんな……」
陛下がどこまで責任を追及してくるかはわからない。
デュクロ公爵家はマリアンヌを離縁させたということは、
この問題はマリアンヌ個人のもので公爵家は関係ないと示したことになる。
マリアンヌをペルラン公爵家から切り離し、早急にどこかにやるしかないか。
だが、問題を起こし、公爵家から離縁された女など誰が欲しがるのか。
王宮からの書簡はその日のうちにきた。
対応が早すぎる。すべての準備を終えた状態で離縁したということなのか。
おそるおそる中を確認して、ほっと息を吐いた。
「あなた……どうでしたか?」




