43.広まる噂(レオンハルト)
近衛騎士ならば、ある程度の魔力は持っている。
その上、体力もあるのだから、耐性もあると思っていた。
「……もしかしたら、精神的な依存性があるのかもしれません」
「精神的な依存?そんなことがあるのか?」
「身体的には問題なくても、気持ちがそれを求めてしまうことがあるんです。
ものすごく美味しい食べ物を我慢できない、という感じですかね」
「言ってることはわかるが、そこまでのものなのか」
「香の効果で魔力があがるのが気持ちいいと感じるのかもしれません。
もしくは、リリアナ嬢かマリアンヌ夫人に惚れている可能性もあります」
「惚れたからって、近衛騎士があんな真似するのは異常だぞ?」
「前にもいたじゃないですか。
殴りあいして処罰された上、納得できなかったものが。
あれだって異常でしたよ」
「それもそうだな」
何を思って香をたいていたのか聞くまでもないが、
俺には効果がなく、近衛騎士に効果が出すぎるとは思ってもみなかっただろう。
「警告を出そう。
香のせいで近衛騎士が何人も使いものにならなくなったんだ。
一般に出回っていないものは後宮には持ち込むなと」
「香は普通に販売しているものですよね?」
「この国では流通していないんだろう?
それなら一般に出回っているとは言えない」
「なるほど。通達しておきます」
「ああ、頼んだ」
香を使えなくなったのなら、マリアンヌは次の手をどうするつもりだろうか。
何をしたとしてもあいつを選ぶことはないのだけど。
追い出さないのは、社交界にいないほうが都合がいいからだ。
月に一度俺が我慢すれば、ルシールは邪魔されずに社交できる。
それにしても、今回の件はマリアンヌにとっても困ったことだったはずだ。
直接処罰はできないが、汚い手を使おうとしたことに対する怒りはある。
「ユリウス、噂を流しておいてくれ」
「どんな?」
「リリアナ嬢が俺がいない時に男性を部屋に招いたらしい、と」
「ああ、そういう。たしかに陛下がいない時に近衛騎士が二人もいたわけだから」
「そういうことだ」
「了解」
ユリウスも面白いと思ったのか、にやりと笑う。
それからしばらくして、リリアナ嬢が男を連れ込んだという噂が流れた。
すぐさまデュクロ公爵と夫人が消そうとしていたけれど、
実際に近衛騎士が部屋に残っていたわけだし、完全な嘘ではない。
それにこの数か月で近衛騎士が何人も王宮から異動になっている。
異例の人事の理由はそれだったのかと、まるで真実のように語られていた。
この噂に慌てたのかデュクロ公爵家から謁見の申し込みが来た。
何を言う気なのかと許可を出せば、現れたのは次期当主のニクラスだった。
リリアナ嬢とそっくりな金髪に緑目。
だが、気の弱そうにも見える表情のせいであまり似てはいない。
用件を聞けばやはりリリアナ嬢の噂の件だった。
「陛下からそんなことはなかったと言っていただけたら、
リリアナの噂も消えると思うのですが……」
「そんなことはなかったと言い切れないからな」
「え?」
「俺が退出した後で近衛騎士二名が居座っていたのは事実だ」
「そんな!どうして追い出してくださらなかったのですか!」
「近衛騎士が居座ったのは、マリアンヌのせいだ」
「え?……マリアンヌがどうして」
報告を受けていないのか、ニクラスが驚いた顔をしている。
嘘やごまかしではなさそうだ。
香のこともマリアンヌが勝手にしたことだろうし。
「マリアンヌが隣国で流行っているという惚れ薬の香をたいていた。
近衛騎士の二人はその香のせいでおかしくなっていた。
俺が部屋から出るようにと言っても聞かなかったんだ」
「なんていうことを……」
「仕方なく俺は一度王宮に戻り、他の騎士を連れて戻ることになった。
その間、一時間はないだろうが、俺がいない状態で男を入れたことになった。
責任はマリアンヌにあるし、噂になったとしても否定できない」
「……そういうことであれば、陛下に申し上げることではありませんね。
申し訳ございませんでした」
がっくりしているニクラスに、疑問だったことを聞いてみようと思った。
「どうしてマリアンヌを後宮に入れたんだ?」
「それは……リリアナがまだ幼かったので心配だと」
「二歳年下のティナ嬢ですら使用人だけだった。
リリアナ嬢は当時十五歳になっていたんだ。
準成人になっていたのに、義姉が必要だとは思えないが?」
「……マリアンヌがリリアナについていきたいと言った時、
私はマリアンヌが側妃になりたがっているのだと思いました」
「それがわかった上で後宮に行かせたのか?
ニクラスももう二十七だろう。跡継ぎは焦らなくていいのか?」
「跡継ぎは必要ですが、それよりもマリアンヌと離れたかったのです。
陛下もおわかりだと思いますが、私にはマリアンヌは強すぎて。
夫として管理することは到底できません。
もし……マリアンヌが側妃になったとしたら、離縁できると思いました」
ニクラスの思惑はわかったが、それはありえないことだ。
「合わないのはわかるが、結婚前になんとかできなかったのか?」
「母がマリアンヌを気に入ってしまったんです。
父は母の言いなりですし、私も反抗するのが難しくて」
「はぁぁ。妹も強そうだしな。
だが、残念ながら期待には応えられない。
マリアンヌを側妃にすることは絶対にありえない」
「そうですか……マリアンヌが自信ありげに言うのでもしやと思っていたのですが。
わかりました。他の方法でマリアンヌと離縁することを考えてみます」
「離縁は簡単にはできないだろうな」
離縁したいと言われても素直に応じるような性格はしていない。
それはわかっているのだろうが、ニクラスは覚悟を決めたようだ。
「わかっています。ですが、リリアナの噂はマリアンヌの失態なのですよね?
それを調べてみます。もっと他に問題を起こしているかもしれません」
「そうだな……離宮に異動になった近衛騎士を調べてみるといい。
あいつらが異動になったのは、マリアンヌの香のせいだ。
必要なら、それを証言してもいい」
「!!……ありがとうございます。あとでお願いするかもしれません」
「ああ。いつでも言いにくればいい」
ニクラスは深く礼をすると帰っていった。
どう考えても、マリアンヌの夫には向いてなさそうな性格をしている。
できれば後宮にいさせたかったが、同情してしまった。
離縁するのなら早い方がいいだろう。
もし離縁したとなれば、ペルラン公爵家に戻ることになる。
ペルラン公爵家の謹慎が解けるのももうすぐ。
マリアンヌの離縁とどちらが早いだろうか。




