4.はじめまして、お父様
不安に思っていたら、夕食が過ぎた頃になってヘレンが来た。
「ヘレン!」
「ルシール様、お待たせしました」
「何かあったの?」
「……メリザンド様がお亡くなりになりました」
「え?」
お母様が亡くなった。
亡くなったということは、もう二度と会えないってことだよね。
でも、たまにしか会わないお母様と二度と会えないと言われても、
悲しい気持ちはよくわからない。
「食事を運んでこられずに申し訳ありません。すぐに準備いたします」
お腹が空いていたから用意された食事を食べ始める。
めずらしくヘレンは一緒に食べていなかった。
「どうしたの?」
「落ち着いて聞いてください、ルシール様。
メリザンド様が亡くなったからには公爵様に連絡をしないわけにはいきません。
本邸には昼前に連絡をいたしました」
「公爵様……お父様?」
「……ええ、そうです。
公爵様がこちらに来られたら、ルシール様をお呼びになると思います」
「……呼ばれる?この部屋を出てもいいの?」
「……はい。ですが、公爵様はルシール様のことをご存じありません」
「お父様は私のことを知らない……?」
「はい」
言われてみれば、お父様という存在はこの部屋にはなかった。
マリアンに聞いた時にはそのうちわかりますと言われて、
どうせ教えてくれないのだろうと聞くのをあきらめていた。
会う事がなかったのは、私のことを知らなかったから。
その理由で納得してしまった。
「……ルシール様が悪いことは何もありません。
公爵様に何を言われても、気にしなくていいのですよ」
「……わかったわ」
悲壮な顔しているヘレンを見て、私は父親に嫌われているらしいと感じた。
知らない子供がいたら驚くのは無理もない。
でも、どうしてお母様はお父様に秘密にしていたのかな。
お父様から呼び出されたのは一週間後の夜のことだった。
お母様の葬儀はとっくに終わっているらしい。
ヘレンに言われて身支度をととのえ、部屋の外に出た。
これが廊下というもの。
こんなにまっすぐ長く歩くのは初めてだ。
他の部屋を見るのも初めて。
大きなドアを開けて中に入ると、背の高い人が二人いた。
本の挿絵で見ていた貴族男性と同じような服装。
この二人のどちらかが私の父親?
金髪の男性と黒髪の男性。二人とも私のことをじっと見ていた。
「……髪色は王家の色か、祖父に似たのか」
「瞳の色は紫……母親似のようだ」
金髪の男性はそれが嫌なのか顔をしかめているし、
黒髪の男性は興味深そうに私を見ていた。
私の髪は金色で目は紫色。
それが何か問題でもあるのだろうか。
じろじろと見られているから、こちらも同じように見つめる。
微笑み返してきたのは黒髪の男性だけだった。
「やぁ。はじめまして、ルシール。君の実の父親だ」
「実の、とは?」
「あぁ、メリザンドから聞いていないのか?
こちらにいるジョアン公爵が君の戸籍上の父親だ」
「戸籍上の……」
戸籍上の父親と実の父親。
戸惑っていると、戸籍上の父親がため息をついた。
「だから、あんな女を娶るのは嫌だったんだ。
不吉な女なんて王宮に幽閉しておけばよかったものを!」
「まぁまぁ、そう言わずに」
「不貞されて黙っていられるか!」
「そうはいうけれど、不貞したのはジョアン公爵のほうが先じゃないか」
「な、何を」
「ジョアン公爵家の長男と長女として戸籍にある二人、
メリザンドの子どもじゃないよね」
「っ!!」
みるみるうちに戸籍上の父親の顔が真っ青になっていく。
実の父親はにやりと笑って楽しそうに話を続ける。
「赤い髪の女はあばずれだから娶ると不幸になる、だっけ。
そんな言い伝えはこの国にしかないんだけどね」
「だが、実際に」
「娶ったのに白い結婚のまま別邸に押し込めて、
公爵の愛人が産んだ子を自分の子として認めなければならない。
そんな屈辱を何年も耐えていたら不貞したくなるよ。
不貞する前から、不貞したかのように扱われてたんだから」
「私のせいだというのか!?」
「それもあるだろうね。
まぁ、そそのかした私のせいでもある。
だから、こうして責任を取りに来たんだろう?」
「……だったら、さっさと連れていけ」
「迷惑をかけたからな。慰謝料も用意してきた。
この書類さえ書いてもらえればすぐにでも連れて行くつもりだ」
「親権移籍届けか……いいだろう」
……どういうこと?
初めて聞く言葉が多くて、理解するのが難しい。
ヘレンに聞こうとしたけれど、ヘレンはどこにもいなかった。
「……ヘレン?」
「ああ、ヘレンは一緒には行かないよ」
「え?」
「高齢だから旅はつらいだろう。さぁ、行こう」
「え?……離して」
急に腕をつかまれて、逃げようとした。
けれど、力の差がありすぎて逃げられない。
「嫌だったら!離して!!ヘレン!どこにいるの!?」
「あぁ、面倒だな。この娘を馬車まで運んでくれ。逃がすなよ」
「はい」
いつのまにかたくさんの人に囲まれていた。
逃げることはできず、両腕をつかまれて無理に連れていかれる。
外は暗かった。
初めて出る外……馬車という乗り物、馬という生き物。
本でしか知らなかった世界。
驚いているうちに馬車に乗せられ、動き出す。
「嫌だ!ヘレン!!助けて!!」
何度叫んでもヘレンの姿はどこにも見えなかった。




