5.隣国
泣いて叫んでいるうちに眠ってしまっていたらしい。
あまりのまぶしさに目を開けた。
「まぶしい……」
「朝になったのですよ」
「朝……」
朝になり、馬車の窓から日が差し込んでいた。
だけど、生まれて初めて外に出た私にはまぶしくて仕方ない。
涙が止まらなくて苦しんでいると、誰かが目の周りに布を巻いてくれた。
「落ち着きましたか?」
「……たぶん」
「しばらくはこのままがいいでしょう」
ずっと部屋の中にいたから慣れるまで時間がかかると言われ、
布を巻いたまま生活することになった。
何も見えない状態では自分で食事をすることもできず、
使用人たちが食事をさせようとする。
だが、それを食べるとやたらに身体がだるくなり、何もしたくなくなる。
だんだん、食事に毒を混ぜられているのではないかと思うようになった。
二日目には何も口にしなくなって黙り込んでいたら、
実の父親が怒り出した。
「食事をしないでどうするつもりだ!もうお前は私の娘になったのだ。
おとなしく父親の言うことを聞きなさい!」
「……どうして父親の言うことを聞かなきゃいけないの?」
「父親だからだ!」
「今まで会ったこともないのに?」
お母様の言うことだって聞いていたわけじゃない。
あの部屋から出てはいけないと言われて納得したわけじゃない。
ただ、逆らう方法を知らなかっただけだ。
私が何かすればヘレンが叱られてしまうとわかって何もできなかった。
だけど、ここにはもうヘレンはいない。
ヘレンが私を裏切ったのか、実の父親がわざと連れてこなかったのかはわからない。
どちらにしても言うことを聞く理由は何もなかった。
「……腹が減ればそのうち食べるだろう。放っておいていい」
だが、もともとそれほど食事量が多かったわけではなかったからか、
一日食べなくてもそれほど苦痛ではなかった。
毒かもしれないとわかっていて食べるより空腹のほうが安心できる。
何も食べなくなって二日目の夜、さすが我慢できなかったのか、
無理やり食事を口の中に詰め込まれた。
飲み込めなくて咳き込んでも、そのあとでまた口の中に入れられる。
あまりの苦しさに嫌でも食べるしかなかった。
部屋を出てから四日後、どこかの屋敷に着いた。
まだ布を顔に巻かれたままだったから、よくわからないまま連れていかれる。
部屋の中に入って、ようやく布が外された。
まだ昼になったばかりだったけれど、部屋の中だったからか、
なんとか目を開けていられた。
窓の外には絵本の挿絵でしか見たことがない庭というものが見えた。
「……ここはどこ?」
「ここはノヴェル国のペルラン公爵様の屋敷です」
「どうして隣国に……」
「ルシール様のお父上がペルラン公爵様だからです」
「あの人はペルラン公爵だったの」
戸籍上の父親も公爵だったけれど、実の父親も公爵だったらしい。
今まで会う事もなかった実の父親……。
私を連れてきてどうするつもりなんだろう。
それからすぐに女性の使用人たちに囲まれ、湯あみに連れていかれる。
馬車に乗っていた間は湯あみはできなかったから汚れているらしい。
ヘレンに入れられるのとは違い、痛いくらいに磨かれ、
湯から上がった後はひらひらとレースがついたドレスに着替えさせられた。
……重いし動きにくい。
こんな重いドレス着たくないのに。
不満に思っていたけれど、連れて行かれた先で理由がわかる。
私を待っていたのは薄茶色の髪の美しい女性だった。
どうしてなのか、私をにらみつけている。
「あなたがルシール?」
「ええ、そうよ」
「……今日からあなたは私の義娘です」
「義娘?」
話を聞けば、この女性はペルラン公爵夫人らしい。
実の父親の妻。だけど、私の実の母親ではない。
「まったく……あんな同盟さえなかったら、
こんな娘を引き取らなくてもよかったものを」
この人は私を嫌っているようだ。
私としても無理やりこんなところに連れてくる実の父親をよく思っていない。
食事に毒を入れられたことも、無理やり食べさせられたことも恨んでいる。
嫌なら、帰してくれないかな。
ため息をついたら、ぱぁんと音がして身体が飛んだ。
「奥様!おやめください!公爵様に叱られます!」
「あぁ、そうね。陛下の妃候補にするのに傷をつけたらまずいわね」
「……妃候補?」
床に倒れながら、疑問を口にする。
頬は叩かれた痛みでじんじんしている。
こんな風に叩かれたのは初めてで驚いてしまった。
「あなたを引き取ったのは陛下の正妃にするためよ。
正妃を出したとなれば、筆頭公爵家になれるわ。
私の息子のためにせいぜい頑張る事ね」
叩いただけで満足できなかったのか、倒れたままの私の手をぎゅうっと踏まれる。
「っ!!」
あまりの痛みで叫ぶこともできないでいると、夫人は部屋から出て行った。
「……手当ていたしましょう」
使用人が黙々と手当てをしてくれるけれど、私はどうやったらここから逃げられるか、
それだけを考えていた。
それから何度か逃げようとしたけれど、すぐに見つかって捕まえられる。
お仕置きだと背中や腕を叩かれ、部屋に戻される。
それでもこりずに逃げようとした結果、食事や水にまた毒が入れられるようになった。
「……私を殺したいなら、逃がしてもいいじゃない」
「これは毒ではありません。気持ちを落ち着かせる薬です。
これで死ぬことはありませんよ」
そう言われても安心できるわけはない。
日に日に薬の量は増えてきている気がする。
「お嬢様が逃げ出したりしなければ、薬は必要なくなるんですけどね」
使用人たちもうんざりしているのかため息をついた。
私はただ嫌だと言っているだけなのに。
私を利用するために引き取った実の父親と、
私を憎んでいるような義母の言うことなんて聞きたくなくて。
それでも薬のせいで抵抗できず、ついに王宮に連れていかれる日が来た。
念入りに磨かれ、叩かれたあざなどは治療で消され、
動きにくいほど豪華なドレスを着せられてしまう。
待っていたのは、久しぶりに会う実の父親だった。
「ほう。見た目だけは王族並みに美しいな。これなら陛下も落ちるだろう」
満足そうな実の父親に文句を言いたいが、
いつも以上に薬の量を増やされて、歩くことすらできない。
結局、使用人が抱き上げて馬車に乗せる。
王宮に着くと、実の父親が私を抱き上げて歩く。
すれ違う人に人見知りが激しくて、なんて言いながら。
……公爵家の屋敷でないのなら、逃げられるだろうか。
そんなことを思いながら、国王に謁見する部屋のドアが開けられるのを見ていた。




