37.残りの候補たち(レオンハルト)
部屋に入ると、人形のように着飾ったティナ嬢に迎え入れられる。
「ようこそお越しくださいました」
「ああ」
ソファに座るとおとなしく向かい側に座る。
この令嬢はまともなようだと思ったが、それから一言も話さない。
うっとりしたような顔でずっと俺のほうを見ている。
「……」
会話もなくずっと見つめられているのも気まずい。
ユウリに話すように目で合図すると、コホンと咳ばらいをする。
「あの……ティナ嬢?レオンハルト様と話さなくていいのですか?」
「え?……お話ですか?何を話したらいいのかわからなくて」
「聞いてみたいこととかないのですか?」
「もうお顔を見られただけで胸がいっぱいで……」
俺のことが好きなのはわかるのだが、こうも一方的に想いをぶつけられると。
応える気が全くないがゆえに申し訳ない気持ちになっていく。
まだ十三歳なのに、こんなところに来て、
月に一度のお茶会ですらまともに話すこともできない。
かといって、この令嬢だけ家に帰すわけにもいかない。
お茶を飲んでも、ため息をついても、ティナ嬢の視線がまとわりついてくる。
一時間たつ頃には背中に嫌な汗をかいていた。
「また来月、お待ちしております」
「……ああ」
できればもう二度と来たくないけれど、そういうわけにもいかない。
月に一度の面会を言い出したのは自分なのだから、どこにも怒りをぶつけられない。
「レオンハルト様、大丈夫ですか?」
「ああ、あと一人だからな。早く終わらせて帰りたい」
「もう少しの辛抱ですから」
ユウリとラルフになぐさめられながら次の部屋に向かう。
最後はモーリア侯爵家のマノン嬢の部屋だった。
こちらも念のため、先にアミーナとルミエに入ってもらう。
安全を確認させてから入室すると、清楚なドレスを着たマノン嬢に迎え入れられた。
「お久しぶりです、レオンハルト様。
お待ちしておりましたわ」
「ああ」
「こちらへどうぞ」
テーブルの上には様々な種類の菓子が並べられていた。
他の部屋でも茶菓子は置かれていたと思うが、これほどではない。
マノン嬢はそれほど菓子が好きだっただろうか。
疑問に思っていたら、マノン嬢が説明する。
「これは覚えていないかもしれませんが、
レオンハルト様と食べたことがある菓子です」
「俺と食べた?」
「ええ。執務室にお邪魔させていただいた時に、
差し入れで持って行ったものの中で、
レオンハルト様が食べたことがある菓子を用意させました」
「そういうことか」
俺の好みがわからないから、食べたことがある菓子をすべて用意させたと。
面会の時間は一時間。
本当ならお茶も口にしたくないのだが、それでは罠がしかけられない。
お茶や菓子に媚薬などを仕込ませるために、
毎回いくつかは口にしておかなければならない。
媚薬も毒も、幼いころから慣らしているため、
ほとんど効くことはないけれど、あまり気持ちのいいものではない。
ため息を押し殺して、お茶を口にする。
とりあえず、このお茶には何も入っていないようだ。
手前にある焼き菓子に手を伸ばして口に入れる。
のんびりと咀嚼しているとマノン嬢が口を開いた。
「……私、反省したんです」
「反省とは?」
「ずっとリアーヌ様にあこがれていました。大好きだったんです。
だから、リアーヌ様の代わりになりたかったんだと思います」
「ああ」
「そのうち、リアーヌ様のように素晴らしい令嬢でなければ、
レオンハルト様の妃にふさわしくないと思うようになって。
リアーヌ様の代わりに正妃様を見極めなくちゃって……。
リアーヌ様に言われたわけでもないのに、思い込んでました」
「そうか」
意外にもリアーヌに言われたことはなかったと認めた。
本心かどうかはわからないが、反省しているようには見える。
お茶会や夜会で警告したことで侯爵から叱られたのかもしれない。
「……もう、リアーヌ様はいないのですものね。
あこがれている気持ちは変わりませんが、
私は私としてレオンハルト様と向き合いたいと思っています」
「ん?」
俺と向き合う?
「レオンハルト様とはずっとリアーヌ様のことばかりお話ししていましたが、
これからは私のことを少しずつ知ってほしいと思います」
「……そうか」
リアーヌのことを言わなくなるのなら気は楽だが、
自分語りをされるとなると、それはそれでめんどくさい。
いや、結局は苦痛な時間なことに変わらないのだから、
一時間黙って耐えるしかないのかもしれない。
マノン嬢は頬を染めながら、自分の趣味や好きなものを語りだした。
それでも、ティナ嬢が強烈だったからだろうか。
菓子をかじりながら話を聞いていれば、すぐに一時間は終えた。
「あ……もうお帰りになられるのですか」
「ああ。一時間たつからな」
「私、いつでもお待ちしていますね」
「……」
閨に呼べという事なのだろうが、それには返事をせずに部屋を出る。
後宮から王宮への扉を戻ってきたときには、
全員が大きくため息をついていた。
「ユウリもラルフも疲れただろう。
執務室に戻ったら帰ってもいいぞ」
「ありがとうございます……」
「そうさせてもらいます……」
二人ともぐったりしている。
後宮に来るときはこの二人を連れていく予定だったけれど、
もう何人か決めて、順番にした方がよさそうだ。
執務室に入ると、奥で楽しそうに話している声が聞こえる。
ルシールとユリウス、ガイオの声だ。
「何を話していたんだ?楽しそうだな」
「あ、おかえりなさい。……なんだか疲れている?」
「ああ。予想よりも精神的にきつい……。
もう来月は行きたくないくらい疲れた」
「まぁ……」
笑顔で出迎えてくれたルシールが同情したような表情に変わる。
俺が側妃候補と会う事で嫉妬したりするかもと思っていたけれど、
まったくそんな気持ちはないようだった。
心配しないでくれるのはありがたいけれど。
「レオン、ちょっとこっちきて」
「ん?どうかしたのか?」
「少しかがんでくれる?」
「このくらいか?」
ルシールの背と同じくらいになるまで膝を曲げると、
そっと抱き着いてくる。
次の瞬間、頬に柔らかい感触がした。
「!?」
「お疲れ様のご褒美?になる?」
「なる!!」
「陛下、お手軽だなぁ」
「ガイオは黙れ。ルシールが頬に口づけしてくれたんだぞ。
よし、来月も行こう。行ったら、ご褒美をくれるんだよな?」
「ふふ。こんなものでよかったら」
もう来月は行かなくてもいいかなと思っていたけれど、
ルシールからご褒美をもらえるのなら頑張れる。
いつまでもニヤニヤしていたからか、ユリウスから脇をどつかれた。
「それ以上はまだ許さないからな」
「わかっている……」
それでもしばらくは顔がゆるんだままだった。




