35.月に一度の面会(レオンハルト)
膝の上に座っていたルシールがするりと降りた。
とたんに軽くなってしまった膝がさみしい。
「ほら、レオン、もう行く時間だって言ってるよ?」
「はぁぁぁぁぁぁ」
「またため息ついてる……平気?」
「ああ、仕方ないことだからな。行ってくる」
「気をつけて」
ルシールに見送られ、執務室を出る。
俺が後宮に行く間はルシールはユリウスとジニー、
ガイオと共に執務室にいてもらうことにした。
本当はユリウスがいるだけで安心なのだが、他から見ればそうではない。
ルシールとユリウスには血のつながりがないのだから。
当然、俺がいない間に私室にいさせるわけにもいかず、
護衛もつけて執務室で仕事をしていてもらうことにした。
もうすぐ十一歳になるルシールは、妃教育が終わっている。
これまで俺が国王と王妃の仕事をすべてこなしていたけれど、
王妃の仕事は少しずつルシールに任せていくことになる。
これでルシールの立場も強固なものになっていくだろう。
幼いながらもしっかり指示を出しているルシールを見ているのは楽しい。
それとは別に、これから行かなくてはならない後宮のことを考えると頭が痛い。
一人一時間。四人の側妃候補がいるので、四時間も後宮にいなければならない。
別の日にすることも考えたが、嫌なことは一気に終わらせたい。
「レオンハルト様、誰の部屋から行きますか?」
「誰からでもいい。端から順に行こう」
「わかりました」
俺に付き添うユウリとラルフもめんどくさそうな顔をしている。
もとから社交を嫌がるような二人なので、側妃候補と関わるのは嫌そうだった。
だが、ユリウスはルシールの後見で義兄だし、
ゴーシュは妹が側妃候補になっている。
後宮のことに関わらせるわけにもいかない。
仕方なく二人に命じれば、露骨に顔をしかめていた。
「じゃあ、最初はルリアナ嬢ですね」
「ゴーシュの妹か」
後宮と王宮をつなぐ扉には常時近衛騎士がついている。
絶対に側妃候補を王宮内に入れないようにと命じているのは、
ルシールに危害を加えられることがないようにだ。
俺に相手にされないとわかった側妃候補たちは、
きっとルシールを恨むようになるだろう。
ガシャンと大きな音をたてて鍵が解かれる。
重い扉は近衛騎士が二人がかりでようやく動くように作られている。
開けられた扉の向こうでは、後宮女官長であるアミーナとルミエが待っていた。
「お待ちしておりました」
「ああ、案内を頼む。
レオンハルト様はルリアナ嬢から順に回るそうだ」
「かしこまりました」
ユウリから指示を聞いたアミーナの表情が少しだけ曇る。
これは何かありそうだな。
「アミーナ、何かあるのなら先に言っておけよ」
「……申し訳ございません。
実は、先ほどデュクロ公爵家の使用人から賄賂がありました」
「デュクロ公爵家か。先に回れと?」
「一番先に訪問されたいと」
もうすでに賄賂を渡しに来ていたとは。
公爵家としては、側妃候補の中で一番に優先されたいのはわかる。
面子をつぶしてやるのも面白いが、
ここはアミーナが賄賂で言うことを聞くと思わせておいたほうがいい。
「わかった。デュクロ公爵家から行こう」
「はい。こちらです」
すべての区画が同じなため、どこに誰がいるのかわかりにくい。
アミーナとルミエに案内させてついていく。
部屋に入った瞬間に香がたかれているのに気づく。
それほど強い匂いではないが、魔力が揺れ動くのがわかる。
媚薬か?それとなくユウリに指示を出す。
俺がお茶を飲んでいる間に香の成分を確認できるといいんだが。
一時間では足りないかもしれないな。
お茶などに混ぜることは予想してきたが、香は意外だった。
関係ないかもしれないが、魔力が動いたということは何かある。
俺を迎え入れたリリアナ嬢は満面の笑みを浮かべていた。
「いらっしゃいませ、レオンハルト様。
お待ちしておりました」
「ああ」
名前で呼ばせる許可は出していないが、そこまで冷たくする理由もない。
完全に断ち切ることができるのなら、最初から後宮など作らない。
こちらは譲歩したが、側妃候補が自滅した、という形にしなければいけない。
ソファに座ると、リリアナ嬢が隣に座ろうとする。
それを止めたのはラルフだった。
「リリアナ嬢、それははしたないですよ」
「なんですって?」
「婚約者でもないのに、異性の隣に座るなどはしたないと言ったのです。
デュクロ公爵家はそれが常識だと習うのですか?」
「あなた失礼だわ!子爵家の癖に!」
「リリアナ嬢、ラルフの言うとおりだ。
それにラルフが俺の側近だということを忘れたのか?」
「い、いえ……申し訳ありません……」
ラルフが子爵家の出身であったとしても、
俺の側近となった時点で侯爵位を与えている。
領地なしではあるが、侯爵は侯爵だ。
公爵でも嫡子でもないリリアナ嬢よりも身分は上になる。
ただ、ユウリもラルフもちっとも社交しないために、
子爵令息だった時の印象のまま思われていることが多い。
だからリリアナ嬢も二人を見下してしまっているのだろう。
注意を受けたリリアナ嬢は仕方なさそうに向かい側に座る。
その隣にはマリアンヌが座った。
「リリアナ嬢、使用人を隣に座らせる気か?」
「お義姉様は相談役として連れてきたのです。
ただの使用人として扱う気はありません」
「陛下、まだ若いリリアナでは会話が続かないこともあるでしょう。
私のことはあまりお気になさらずに」
「そうか」
リリアナ嬢とだけ一時間話すよりも、複数人で話す方が楽ではある。
そちらがその気ならばと、ユウリも座るように命じる。
「ユウリも後宮内が快適がどうか気になるだろう。
ここはお前が設計したのだから」
「そうですね。実際に住んでいる者に話は聞きたいと思っていました。
いずれここは改築しますしね、その時に参考にしたいんですよ」
「改築ですって?」
「ええ。後宮として使われなくなったら、離宮にする予定なんです。
他国からの使者などが来た時の宿泊場にするんですよ」
「後宮をなくす予定なのですね?
では、側妃はどちらに住まわせるのでしょう?」




