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ノルヤード王国の大使夫妻を迎えての晩餐会に出席するため、ローゼンフェルト公爵令嬢はワイン色のベルベット生地のイブニングドレスに着替えた。それはもうとてもよくお似合いで、大輪の薔薇のような艶やかさ。
(王太子妃になる人はかくも美しいのね……)
騎士道に進んだ元悪役令嬢、現在は護衛騎士の私が着ることはないだろうグラマラスなイブニングドレスだった。
「ではローゼンフェルト公爵令嬢、晩餐会の行われる琥珀の間に参りましょう」
ローゼンフェルト公爵令嬢をエスコートするリック王太子殿下はミッドナイトブルーのテールコート姿で、これまた悪魔レベルのカッコよさ。
(もはや人智を越えたイケメンぶりで、婚約者(仮)がいようと口説いて欲しいと伏して願いたくなってしまう。だからこその悪魔レベル! 悪魔の誘惑万歳であるけれど、ローゼンフェルト公爵令嬢をエスコートすると……)
そこはもう絵に描いたような美男美女カップル。この二人に割って入るなど無理と圧倒されてしまう。ロイド卿はリック王太子殿下の護衛騎士と共に先導で、私はこの二人の後に続くことになるのだけど……。すれ違う貴族達が見惚れるというより、次々とお辞儀してしまうのは、二人の圧倒的なオーラのせいだと思う。
そんな二人に付き従い、晩餐会の会場となるホールに入り、「げっ」と呟きそうになるのを呑み込む。会場には私に婚約破棄をつきつけた第二王子のモートン殿下と新たなる婚約者に収まったヒロイン、ユイ・マーコックもいたのだ。
(円満な婚約破棄だったし、断罪もされていない。変に意識せず、ここは普通に!)
二人のことは気にしないようにして、護衛騎士の指定位置である壁際へと向かう。
(これから約三時間の晩餐会が始まる。長丁場だけど、国賓もいるわけだから、気が抜けないわ)
そこで背筋を伸ばすと、隣のロイド卿が秀麗な顔でクスクスと笑う。
「アニエス卿、今からそんなに気合いを入れては持たないですよ」
「そ、そうですか」
「もう少し肩の力を抜いても大丈夫ですよ。この会場には陛下の近衛騎士もいますし、各王族の護衛騎士もいるのです。刺客が現れようものなら、それは袋のネズミも同然。むしろここで意識すべきは――」
そこでロイド卿の眼光が鋭くなる。
「毒です」
「毒……。ですが毒味は全てされた料理が提供されますよね?」
「建前はその通りです。ですがスパイが給仕に化けていたら、毒味が済んだ料理にこっそり毒を入れることも……できてしまいますよね」
「それは確かに……!」
「そうはさせないために要所要所で目を光らせています。でもさすがに料理を出す直前までは……。ここでローゼンフェルト公爵令嬢を見守りつつ、出される料理に細工がないかを確認するのも重要です」
「なるほど。そちらの警戒の方が重視されるのですね」
「その通りです」
先輩護衛騎士であるロイドの言葉に頷き、私は給仕の男性達に目をやった。
(皆、使用人だけど、晩餐会の給仕をするのは貴族の令息ばかり。みんな身元はハッキリして怪しい人物は紛れ込めないはずだけど……)
そこで侍従長がベルを鳴らし、国王陛下夫妻とノルヤード王国の大使夫妻が入場した。給仕の男性が一斉に着席している招待客のグラスにシャンパンなどの飲み物を注ぐ。私はローゼンフェルト公爵令嬢のグラスに注がれるシャンパンに目をやるが、給仕の男性が怪しい行動をとったり、グラスに何か細工している様子はない。
(大丈夫そうね)
そこで国王陛下とノルヤード王国の大使が順番に挨拶をして、乾杯となった。
「「「乾杯」」」
楽団による生演奏が始まり、一斉に前菜が出された。
ボイルしたエビのゼリー寄せは宝石のようで、見た目も美しい。添えられているホワイトアスパラガスは高級品で、春の到来を感じさせた。
前菜と共に白ワインも提供され、シャンパンのお代わりを頼む人もいて、会場はがやがやと賑わう。各テーブルでは会話が始まり、華やかな雰囲気に会場は包まれたが――
突然の悲鳴にロイド卿と私はハッとして、声がする方へと目をやった。
「えっ!」
思わず声が出てしまったのは、声の主がヒロインことユイ・マーコックだったからだ。
(ええっ、どうして!? まさかのヒロインの毒殺!? え、そんなことある? だって今はもう、アフター・ハッピーエンドの世界なのに!)
「ローゼンフェルト公爵令嬢、今、食べた物を吐き出してください」
ロイド卿がローゼンフェルト公爵令嬢に駆け寄り、もしもの事態に備えているのを見て、私はユイが何を食べたかを確認する。
(まだ前菜しか出されていない。その前菜はボイルしたエビのゼリー寄せよ)
そこで気が付く。
(……ユイはシャンパンを飲んだの……?)
そこで思い出す、ヒロインの誕生日を。
(そうか。ヒロインは四月二日生まれで、二十歳になっていた。だからシャンパンも飲んでいたのね)
この世界で、前世の高校にあたる王立学園は五年制。卒業後、ヒロインのようにすぐに二十歳を迎え、お酒が飲めるようになっている子は結構いるはずだった。
(乾杯でシャンパンを飲み、前菜を食べ、お代わりでもらったシャンパンをまた飲んだ。その直後で急に具合が悪くなった……)
お酒の影響かと思ったが、倒れたヒロインの様子を見ると、蕁麻疹が出ており、呼吸も苦しそうだった。
(急性アルコール中毒の症状とは違うと思う)
前世で大学時代の飲み会で、飲み過ぎた後輩が急性アルコール中毒になったが、その時の症状で蕁麻疹はなかった。
(そうなるとこれは……)
「これは毒を盛られたのか!?」
モートン殿下が絶望的な声で叫ぶ。
「そうかもしれません。すぐに瀉血を」
すぐさま駆けつけた宮廷医が沈痛な面持ちとなった。
「お待ちください!」
私は宮廷医に待ったをかけた。
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