第十九話
「……百合。また君は、同じ禁忌を犯すのか?」
静寂を切り裂くように、木々の影から低い声が響いた。驚いて振り返ると、そこには夜の闇に紛れるようにして立っている神代くんの姿があった。
昼間の優しく穏やかな「彼氏」の顔は、どこにもない。月光に照らされたその瞳は、まるで冷徹な裁きを下す神のように、冷たく澄み切っていた。
「神代くん……? どうしてここに……」
「戻ろう、百合。そいつは君を傷つけた。君を偽りの光で包み、何度だって『秩序』から引きずり降ろそうとする存在だ」
神代くんは静かに歩み寄り、刺すような視線を月島くんに向けた。
月島くんは私を庇うように背中に押し込め、黙って神代くんを睨み返している。
その身体が、夜の風に小さく揺れていた。
「秩序……? 何のこと……? 私はただ、月島くんに会いたくて——」
「君はいつもそうだ」
神代くんは静かに頭を振り、哀れむような、けれど逃げ場のない言葉を投げかけてくる。
「何が『正しい』かも忘れ、自分から罰を受け、光を失っても……君はまた、そいつの手を取るんだね」
頭の奥が、ズキンと激しく痛んだ。
神代くんの言葉の意味は、今の私にはひとつもわからない。
けれど——私の奥底にある何かは、最初から答えを知っていた。
たとえ世界全体が神代くんの言う「正解」で満たされていたとしても。
事故から目覚めた冷たいベッドの上でも、放課後の誰もいない庭園でも、私が求めていた温度はひとつしかなかった。
私は月島くんの服を握りしめる手に、さらに強く力を込めた。
胸元のルビーのネックレスが、私の決意に答えるように、じん、と熱を帯びた。
「理由なんて、関係ない」
まっすぐに神代くんを見つめ返し、はっきりと告げる。
「神代くんが何を言っているのかわからない。でも……私は、月島くんと一緒にいる。たとえそれが間違いだとしても、私が選ぶのは月島くんだよ」
「……百合」
月島くんが、息をのむ気配がした。
けれど、その表情には喜びだけではない、わずかな戸惑いが浮かんでいた。
——「また」とは、どういう意味なのだろう。
神代くんは静かに目を閉じ、深く、悲しげな息を吐き出した。
「そうか。……なら、引き止める術はないのかもしれないね」
そして、ゆっくりと目を開く。
その視線は、私ではなく——私たちの背後にある大樹へと向けられていた。
「どれほど世界が塗り替わろうと、君たちの運命は最初から狂っていたんだから」
月明かりの下、大樹の枝がざわりと揺れた。
その枝先には、いくつもの赤い果実が実っている。
ひとつだけ。
他の果実よりも深く、鮮やかな赤に染まった実が、まるで私を誘うように揺れていた。
私は、なぜかその果実から目を離せなかった。
(……あれを、知っている)
胸の奥で、何かが小さく囁いた。
——『食べて』




