第十八話
「……百合」
腕の中で、月島くんの声が震えていた。
抱きしめた彼の体は驚くほど冷たく、けれど胸の鼓動だけが早鐘のように激しく打っている。
「あのときは、ひどいことしてごめん……っ。君を傷つけたくなくて、どう接したらいいか分からなくて……避けていたんだ」
消え入るような声で紡がれた言葉。
あの日私を恐怖に陥れてしまった罪悪感と、拒絶される恐怖に怯えていた彼の本心が、痛いほど伝わってきた。
「ううん……私のほうこそ、ごめんなさい。……ずっと、会いたかった」
胸元に顔をうずめて囁くと、月島くんの瞳から一筋の雫がこぼれ落ち、私の肩を濡らした。
私を愛おしそうに強く抱きしめ返してくれた。
けれど——月島くんは悲しそうに目を伏せると、意を決したようにゆっくりと私の身体を離した。
「……でも、だめなんだ。僕はもう、君と一緒にいられない」
「え……? 月島くん……?」
差し伸ばそうとした私の手を、彼の手が静かに制する。
「僕は……『夜』にしか存在できないんだ。太陽の下へは、君を迎えに行ってあげられない…」
昼の学校の名簿にも存在せず、誰の記憶にも残っていなかった理由。
彼は現実から追放され、この夜の闇と、あの壊れかけた時間の中にしかいられない存在になっていたのだ。
「だから……百合。君は『現実』に帰るんだ。僕のことなんて忘れて……幸せになってほしい」
私を愛しているからこそ、自分の気持ちを押し殺して、私を解き放とうとする彼の優しさ。
「……ふざけないでよ!!」
私の叫びが、静まり返った夜の温室に響き渡る。
「月島くんがいない世界なんて、私にとっては意味がない……お願いだから、私を置いていかないで!」
私はすがるように、彼の手を強く握りしめた。
「……百合……」
目の前の月島くんは——私を突き放すことができず、震える手でゆっくりと、私を再び深く抱きしめ返した。
「……後悔するよ。僕を選べば、君はもう『現実』には戻れなくなる」
「後悔なんてしない。私のそばにいて月島くん」
月光が、二人の影を長く深く引き伸ばす。
夜の果実を分かち合うように、私たちは静かにキスをした。




